魔王という存在 ①
「魔王」
「そうです。魔王です」
語気を強くするヘイス。カイトは顎に手を当てる。
「ちょうど一年くらい前です。魔王は何の前触れもなく、この国に宣戦布告の書状を送りつけてきました。戦争が始まったのは、それからです」
女神の次は魔王ときたか。カイトにとっては慣れ親しんだ、まさにファンタジーの定番ともいえる役者達。女神の加護を享けた勇者が、人々を苦しめる魔王を討つ。カイトの頭に浮かんだそれは、まさに王道というに相応しいシナリオである。手垢がつきすぎた筋書きとも言えるが、王道が王道である所以は人の心を打つに効果的であるからだ。
正義の勇者が悪の魔王を打ち倒す。カイト自身、そんなわかりやすいストーリーに憧れた少年の一人である。
「強い魔王が生まれたもんだから、調子に乗って戦争を仕掛けてきたと」
「そう考えるのが自然だと思います。っていうのも、カイトさまが戦ったあの黒い獣。あれは魔王が生み出したものなんです。次から次へと湧いて出てくるあの獣のせいで、ボク達の前線はどんどん後ろに追いやられています。不落の要塞と言われたモルディック砦も落ちてしまいましたし、これから先どう戦えばいいのか」
「そんなにまずい状況なのか?」
「デルニエールが落ちたら、あとはもう王都だけです。他は小さな町や村ばかりで、戦う力はほとんどありませんから」
「それはやばいな……」
どこか他人事のように呟くカイトであったが、危機感を覚えない理由は異世界人だからというわけではない。
「その割には、街の人達は普通に暮らしてるけど」
窓の外に目をやって、カイトは眉をハの字にした。
魔族が目の前まで迫っているというのに、デルニエールの街は平和そのものだ。襲撃を恐れる人もいなければ、戦おうと奮起する者もいない。
「公爵様が緘口令を布かれているんです。むやみに民の不安を煽ることのないように、と」
「誰も知らないってのか」
カイトの表情が途端に険しくなった。
なんと無責任な領主だろうか。隠してどうにもなるようなことでもあるまい。ここまで来たら、むしろ事実を公開して民衆を王都に逃がすべきだ。そうすれば、無力な住民の命も救われるし、気骨ある者が街を守ろうと軍に志願するかもしれない。
「その公爵とやら、とんだ大バカ野郎だな」
権力者というものは、どうしていつもこうなのか。民衆の為と口にしながら、腹の中では自身の保身しか考えていない。
「カイトさま、しーっ!」
ヘイスが慌てて人差し指を立てたのを見て、カイトは知らず声を大きくしていたことを自覚した。ヒートアップした頭に手を当て、努めて冷静さを取り戻す。
「悪い。口が滑った」
別に権力者に恨みがあるわけじゃない。でも、こんな状況になってまで何も知らされない人々のことを思うと、不思議と怒りが込み上げてきた。誰かの為に戦うと決めたカイトにとって、誰かとは特定の人物を指すのではない。顔も名も知らないとある一人も含まれるのだから。




