異世界転移! ②
「生と死の狭間、みたいな? いや神々の世界って可能性もあるな」
噛み締めるような口調に、隠しきれない高揚がそのまま表れている。
「どう? 合ってる?」
「どう思うのも自由と言った」
少女の瞳は底の見えない深い闇色だ。身長差のせいで上目遣いになっているせいで余計にそう感じる。華奢な体型のわりにその美貌はどこまでも女性的であり、顔の造りは幼く、けれど表情は大人びていて、そのギャップがカイトをくらくらさせた。
「伊勢カイト」
「お、おう!」
名を呼ばれ、カイトは思わず居住まいを正す。
いよいよ異世界への旅立ちか。
「なんだ? 俺は一体どんな世界に飛ばされるんだ? そこで何をすればいい? なんでも言ってくれ。あんな世界とおさらばできるなら、どこだって大歓迎だ」
「あなたが生まれた場所は、そんなに不満だった?」
「ああダメだったね。ダメダメだ」
現代日本ほどつまらない世界はない。
高校生活は死ぬほど退屈で、教師は疎ましく、同級生達は遊びや恋愛に現を抜かす馬鹿ばかりだ。世間では不快なニュースが飛び交って、社会の汚さを露呈している。
一心に打ち込める趣味も見つからない。娯楽には困らなかったが、時折虚しく感じることもある。漠然とした将来の不安は、まるで他人事だ。
繰り返しの日々。生きるだけの毎日。
だから、しみじみと思う。
「生まれてくる場所か、もしくは時代を間違えたんだろうってな」
「そう」
まるで興味がなさそうな相槌だった。
「それに比べて、異世界ってやつは最高だよな。最高」
異世界がいかに希望に満ちていて、心躍る場所であるか、やろうと思えば何時間だって語れる。個性豊かなキャラクター。剣と魔法。強力で奇抜な能力。ダンジョンに冒険者。魅力的な社会制度。
「俺が自分らしく生きられるのは、やっぱ異世界なんだよな。うん、絶対そうだ」
この窮屈な日常を脱し、幻想に溢れた異世界に行けたならば、なんと嬉しく楽しく、幸福なことだろうか。
「俺の願いを聞き届けてくれたんだろ? なんたって女神様だもんな」
少女は肯定も否定もせず、ずっとカイトを見つめていた。
「異世界で生きられたら、あなたは満足?」
「そりゃそうだよ!」
少なくとも、今までのような退屈に殺され続ける人生になるわけがない。
「未練はない? あなたの世界に、大切なものはない?」
「……ないよ。もう」
脳裏を過ったのは家族の姿。口うるさい両親も、小生意気な下の妹も、今となってはどうでもいい。
少女はよく見ていなければわからないくらいに小さく頷く。
「なら、好きにすればいい」
淡々と言われて、カイトは首を傾げた。