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異世界転移で無双したいっ!   作者: 朝食ダンゴ


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勝者の特権

「まさか」


 くすりと笑みを漏らすリーティア。


「私は灰の修道院の出身ゆえ、僅かながら乙女の秘術について造詣がございます。その知識を活かして既存の術式に応用を利かせただけのこと。乙女の御業には到底及びもつきませんわ」


「応用って言ったって……」


 灰の修道院。その名を出されてしまっては迂闊な追及はできない。乙女は不可侵であるとの暗黙の戒律が、理屈と感情の上に厳然と横たわっているからだ。

 一切が謎に包まれた、神秘に最も近い集団。灰の修道院に対する世間の共通認識を思い出し、ソーンは無理矢理自分を納得させるしかなかった。


「あー」


 擦れた咳払いが響く。 


「フューディメイム卿。無学な私にもわかるよう言ってくださらんか。何が何やらさっぱりわかりませんぞ。なにやら小難しいことを仰っているが、それがどうしてあやつが無害であるとの保証になるのだ」


 白い眉と髭を下げるジークヴァルドが、息交じりの低い声を吐き出した。


「かいつまんで申し上げますと、魔族の力を封じる術を作り出した、ということですわ」


「なんと」


 深い皴に囲まれた目が大きく見開かれる。


「大した発明ですな! それであれば、魔族との戦は勝ったも同然ではないか」


「そう単純な話でもないんじゃないかな。体内にルーンを刻むには、まず無力化しなきゃいけないし、どれくらい効果が持続するのかも気になるところだね」


 ソーンは椅子に座りなおして腕を組む。表立っての追及は避け、リーティアの言葉を待った。


「あくまで予想ですが、三日から五日程度かと」


「……そう」


 保留の余地はさほどないということか。


「わかった。修道院の出だというのなら疑うわけにはいかない。念の為、ソーニャ・コワールの状態は後で確認させてもらうとしよう。それで、もうひとつの懸念なんだけど」 


「すでに上奏文をしたためております。本日中には王都へ到着し、陛下にお目通し頂けるかと」


 俯いて目を閉じていたソーンは、間髪入れぬ返答につい顔を上げてしまう。


「はは。もう手を打っていたのか。抜け目ない人だ。感服するよ」


 嫌味や皮肉で言うのではない。ソーンは心の底から、リーティアの先見に感心していた。

 先を見据え、人の心を読むことは為政の基本だ。ソーンはそれをそつなくこなしてきたつもりだが、自分の行動を読まれるのは初めての経験だった。世界は広い。ソーンは自身の未熟と慢心を改めて実感する。


「神童と謳われる殿下にそのように仰って頂けるなんて、まこと光栄の至りですわ」


 礼を失せず腰を折るリーティアを見て、ソーンも何気なく姿勢を正した。


「あなたの書いた手紙なら、陛下もお認めになるだろう。ソーニャ・コワールの処遇は決まったようなものかな」


「ありがとうございます。殿下」


 感謝するのはこちらの方だ。手をかけず厄介払いができるのだから。


「話がそれだけなら、もう下がっていいよ。後であなた方の陣営を訪ねるから、何かあればその時にでも」


「お待ちしております。我らが英雄と共に」


 一礼を残し、リーティアはたおやかな所作で退室した。

 数秒の静寂の後、気の抜けた溜息を吐くソーン。


「将軍。どう思う?」


「聡明で気丈な女性ですな」


「けど、裏で何を考えているかわからない」


 終始崩れなかった微笑。この場所でのやり取りが全て想定内であるかのような佇まい。眼鏡の奥に光る緋色の瞳に、心の底を覗き見られているような心地だった。だが決して不快ではなく、むしろ安心感を覚えている。名状しがたい不思議な感覚だ。

 あるいはメイホーンなら、彼女の真意を読み取ることができたのだろうか。今更ながら戦場に出してしまったのが悔やまれる。


「灰の修道院出身だというのも、ホントかどうか怪しいもんだ」


 懐から取り出した干し肉を齧るソーンを、ジークヴァルドが意外そうに見つめた。


「我々を謀っていると?」


「そこまでは言わないけど、隠し事があるのは間違いないね」


「考えすぎではありませぬか。彼女は陛下に遣わされた援軍。英雄の後見人であるとも聞いております」


「昨日の今日だよ。僕達がお父上にしたことをもう忘れたかい?」


 主君の深刻な嘯きに、さしもの老将も口を噤んだ。

 敵は魔族だけとは限らない。往々にして、真の敵は盾の後ろにいるものだ。デルニエールが更なる発展を遂げるためには、この戦争が終わった後のことを考えておく必要がある。リーティア・フューディメイムの正体が何者であれ、今回の選択が間違いでないと灰の乙女に祈るばかりだ。

 ソーンは立ち上がり、窓から城の庭園を見下ろした。景色の端に白将軍の活気ある陣営が映っている。


「英雄カイト・イセ。どんな御仁なのか、ますます気になってきたね」


 いかなる人物であれ、故郷と民を救ってくれた恩人には変わりない。目一杯の労いと盛大な賛辞を送るのが領主の務め。勝利の余韻が醒めぬうちに戦勝パーティを催すべきだろう。


「将軍。約束通り、奥さんと娘さんにドレスを贈るよ。明日にでもお家に仕立屋を送るから、お二人に伝えておいてくれ」


「はっは。感謝いたしますぞ、若」


 背後からの声は喜色に富んでいる。

 眼前の脅威が去り、一時の安寧が訪れた。すり減った幼い精神にはしばらくの休息が必要だ。今だけは煩わしい物事を忘れ、無邪気に楽しみを待つのもいいだろう。

 それこそ、勝者の特権なのだから。

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