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異世界転移で無双したいっ!   作者: 朝食ダンゴ


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死闘

 リーティアもまた後衛術士として、一瞬の弛緩も許されない苦境に立っていた。

 魔法の影響を色濃く受けるカイトに対しては、杜撰な強化は命取りとなる。繋げた魔力の糸から伝わるカイトの肉体と精神の状態。敵との距離。周囲の環境。激変し続ける状況を見極め強度を調整する。それに加えて、猛烈な戦闘の余波に晒されながら、飛来する巨木や岩石などを魔法障壁で防がねばならない。

 戦い方を憶えたばかりのカイトが魔王軍第一の将であるルークと渡り合えるのは、リーティアの神業めいた超絶技巧の賜物であった。

 戦いを支える彼女だからこそ、カイトの妙なる才を肌で感じてしまう。

 壮絶な剣戟の中で、カイトの動きは急速に洗練されていく。一合また一合と剣を打ち交わす度、一足飛びの進化を続けていた。

 戦い方を学んでいるのではない。

 技術を身につけているのでもない。

 あたかも、もとより自らの内にあった力の使い方を、まさに思い出しているかの如く。


「いいぞ……最高だ! カイト・イセ! 我が友アーシィと! 再会したようだッ!」


 喜色に満ちた声。哄笑が響き、ルークの纏う漆黒の波動が濃密さを増していく。攻勢の圧力、剣筋の鋭さ、体捌きの切れ。カイト同様、彼も先刻までとはまるで別人だった。

 カイトがもたらす死の気配。それがルークを戦に酔わせていた。高揚した戦意と、研ぎ澄まされた五感。鬼神にも勝る苛烈さで、カイトの進化を上回らんとする。

 戦いが始まって僅か数分。

 いつしか周囲の草木は塵となって消え失せていた。起伏に富んだ大地は大きく削り取られ、地形さえも変化していく。翡翠と漆黒の奔流が天高く渦を巻き、粒子となって夜空を舞った。


「カイトさん。やはり、あなたは」


 この時リーティアの胸中には、揺るぎない確信が生まれていた。

 灰の預言書に描かれた一幕。翡翠の光を身に纏い、漆黒の闇に立ち向かう英雄の姿。

 カイトの特異な体質は、理屈の上でも最上の資質に他ならない。

 そしてなにより、いま目の前にある現実がなによりの証左である。

 異界の勇者。めざめの騎士。

 嘘から出たまことか。否、誰もが真実を見抜けなかっただけだ。

 だが、たとえそれが真実であったとしても、理想に繋がるわけではない。

 リーティアの確信をよそに、カイトはひどく疲弊していた。一時的な強さを手に入れただけに過ぎない彼の心は、休みなく圧しつけられる死の脅威によって急速に摩耗していく。自身の絶大な力に翻弄されながら尚ルークと斬り結べているのは、奇跡という他に形容のしようがなかった。

 反して、ルークの勢いは天井知らずに増長する。死闘に酩酊し悦楽に浸る彼は、疲れを知らないどころかむしろ気力に満ちている。

 吊り合っていた天秤が、徐々に傾きつつあった。

 カイトの精神はすでに限界を迎えている。すんでのところで彼を踏み留まらせているのは、確固たる強き一念。誰かの為に戦う決意。その誰かにあたる人々の名を胸に刻み、彼らの顔をはっきりと思い浮かべる。最も深いところには、亡き妹との約束があった。

 死角から迫った尾を打ち払い、正面より振り下ろされる大剣を受け止める。


「勝つッ! 俺はッ!」


「そうだ! その意気だカイト・イセェッ!」


 再三の鍔競り。圧力も余波も、初撃とは比較にならない。

 カイトの生命線であるリーティアも、近くに居続けるのは困難になっていた。彼女は膝をつき大地に杖を突き立て、辛うじてその場に留まらんとする。

 リーティアの些細な魔力の乱れはカイトにも伝わっていた。限界を迎えているのは、彼女も同じなのだ。

 このままじゃダメだ。ジリ貧にもほどがある。勝つためには、賭けに出るしかない。

 カイトは敵の防御を打ち破るべく、全力の一撃を備える。大上段に振りかぶった剣。明らかに集中力の欠いた大味な予備動作だった。

 ルークが見逃すはずがない。


「迂闊ッ!」


 晒した左の脇腹に、大剣の横薙ぎが放たれた。


「カイトさん!」


 リーティアが叫ぶ。同時に、カイトの左手が柄から離れた。たったそれだけの動きで、彼女はカイトの思惑を察知する。

 一瞬の判断であった。リーティアの強化魔法がカイトの左腕に集中する。そして振り下ろしたその腕が、ルークの大剣を受け止めたのだ。

 見開かれる金の隻眼。カイトの上腕に直撃した刃は、骨に食い込むも断ち切れず、押すことも引くことも叶わない。


「痛っ、てぇな!」


 叫びつつも痛みはない。剣を振り下ろすカイト。右手に握る剣が、一層強い翡翠に包まれる。

 剣を封じられたルークは、自在に動く尾をもってカイトの剣を受け止めんとした。

 邪魔な尻尾だ。しゃらくせぇ。ここまできたら尻尾ごと斬り捨ててやる。

 すでに思考の精彩を欠いていたカイトは、握った剣を力任せに叩きつけた。

 だが、届かない。

 衝撃の直前。剣から輝きが失せ、一切の強化が途切れた。次いで響いたのは鉄の悲鳴。ルークの尾に触れた瞬間、カイトの剣はその中ほどから折れ、刃の破片をまき散らしていた。


「あ」


 切っ先が宙を舞う。その光景は、絶望にも等しい。

 剣とは象徴だ。

 成功と実現。そして勝利。

 カイトの手にある象徴が、音を立てて砕け散った。

 リーティアが倒れたのか。魔力の糸が切れたのか。

 違う。

 この身体は今も強化魔法の恩恵を享けている。翡翠の光を纏い確かな強さを保っている。

 ならば何故。

 折れた長剣が、にわかに輝きを取り戻す。

 ああ、そういうことか。カイトはようやくリーティアの意図を察した。

 強化を消し、あえて剣が折れるよう仕向けたのだ。折れて短くなったことで、剣はルークの尾をかいくぐる。

 死にかけていたカイトの目に、再び強き火が灯る。


「こいつで」


 折れていようと剣は剣。


「終いだ!」


 カイト渾身の斬撃が、ルークの鎧を貫いた。

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