自らが望む道
周囲がざわつく。迷うことなく歩みを進めるカイトに、兵士達は困惑を隠せない。
まもなく最前線に到達しようかというタイミングで、デュールがカイトを制止した。
「何をしている。下がっていろ。キミの出る幕じゃない」
デュールは厳しい視線でカイトを嗜める。
だが、もはやそんなことで怯むカイトではなかった。デュールの手を押しのけ、前進を続ける。
「おいカイト!」
「デュール殿、よいのです」
追いかけようとしたデュールを、今度はリーティアが呼び止めた。
「フューディメイム卿……? 一体どういうおつもりですか」
「ルーク・ヴェルーシェとは、カイトさんが戦います」
「そんな……勝てるわけがない。彼を殺す気なのですか!」
デュールが声を張ったのは、カイトを惜しむ故だ。出会って間もないとはいえ、戦いの手ほどきをした師弟の関係である。教え子であり仲間であり、そして国家の希望であるカイトを無駄死にさせることを、デュールは私人としても公人としても看過できなかった。
「クディカを止めなかったのです。それを口にする権利はありません。あなたにも、むろん私にも」
「将軍とカイトは違う!」
「何が違うのです。クディカなら勝てるとお思いですか」
「……私は将軍の強さを存じています。将軍が勝てなければ、一体誰が勝てるというのでしょう」
「その答えが、今からはっきりします」
リーティアは視線で会話を打ち切った。納得しないデュールを尻目にカイトの後を追う。
当のカイトは、やはりクディカの剣に道を阻まれてしまっていた。
「下がれ」
険しい声。
「生き急ぐなと言ったはずだ」
言わずもがな、彼女の耳にはデュールとリーティアのやり取りも届いていた。カイトが戦う決意をしたことも知っている。
「悪いけど、ここは俺に譲ってもらいます」
カイトにも退く気はない。戦うべき時に戦わないのは無謀に等しい。恐れることは何もない。あるとすれば、この場で自身の臆病に負けてしまうことだけ。
彼の心は強い使命感に満ちていた。クディカの言った生き急ぐという評価は正鵠を射ている。それは、半ば戦意の暴走であった。
リーティアが静かに杖をかざすと、カイトの全身が魔力のベールに包まれる。透き通った翡翠の光。純粋なマナの輝き。
「クディカ、こちらへ。あなたには軍を率いる責務があります」
「本気なのか?」
振り返ったクディカは、信頼する幼馴染に怪訝な声色をぶつけた。
「お前の考えが皆目わからん。ここで勝てばデルニエールを救えるのだぞ」
彼女にとって最も聡明で思慮深いはずの親友が、途端に不可解な存在に変わっている。これまでも意見の食い違いは多々あったが、話し合えば理解できる程度のことだった。ところが今のリーティアには、有無を言わせぬ底知れぬ迫力がある。
「リーティア。お前は……何を知っているのだ?」
「私は乙女の意思に従うまでです」
カイトの手がクディカの剣を押し下げる。
「なに……!」
抗い難い力に為す術なく、クディカは道を譲ることを強いられる。
最早クディカに、歩みを進めるカイトの背中を追うことはできなかった。
「カイト! これはお前だけの戦いではない! 国を背負っているのだぞ! わかっているのか!」
「国なんか背負っちゃいない」
ルークの正面に身を晒し、カイトは立ち止まる。敵の姿をまっすぐに捉えて。
「俺が背負うのは、命だ」
亡き妹と交わした約束。
それがカイトの戦う理由なのだから。
「悪いな。待たせちまって」
金の隻眼がカイトを射抜いた。
「白将軍ではなく、卿が相手か」
「ああ」
「……卿からは何も感じん。俺を謀る気か」
カイトには歴戦の気配も、強者の覇気もない。
形だけの一騎討ちに応じ、弱兵を犠牲に戦力を温存する。ルークの目にそう映ったのも至極当然。誇りをもって挑んだ一騎討ちを、軽んじられ、愚弄されたと感じたに違いない。
「やはり人間」
その一言には、種族に対する侮蔑が凝縮されていた。誠意を欠き、矜持を持たず、信念を捨て要領を追い求める。人間の持つ汚点に、ルークは落胆を隠さない。
「興醒めだ」
故に彼は一切の手心を捨てた。音を置き去りにし、十数歩先に立つカイトを一刀のもとに斬り捨てんとする。
クディカの目もデュールの目も、ルークの初動を捉えることはできない。強化された将の動体視力すら凌駕する速度。そこに敵の目を欺く技術などなく、ただ速さのみがあった。
誰もがカイトの死を予感しただろう。
「速ぇな」
横薙ぎに迫る漆黒の大剣。カイトは鞘から露わにした僅かな剣身で、殺意に満ちた初撃を受け止めていた。
轟いたのは爆音。刃を交わす音だとはおよそ想像もつかない響き。
意想外の防御に見開かれる金の隻眼と、全神経を集中させた黒い双眸が、刹那の間隙に絡み合う。
一拍遅れて、激突の衝撃が一帯に波及した。
突風の如き衝撃波は軍の兵馬らを煽り、吹き飛ばし転々とさせる。余波に耐えられたのは一部の実力者のみ。
「クディカ、デュール殿。皆を退避させてください。巻き込まれます」
臙脂のローブを靡かせるリーティアが、激突する二人から目を離さず言った。
「退避後は迂回してデルニエールへの進軍を再開してください。カイトさんが敵を抑えているうちにできるだけ先に進むのです」
「お前はどうするのだ」
「カイトさんの後衛術士として、ここに残ります」
「……わかった」
こうなってしまった以上、カイトに全てを委ねるしかない。リーティアが下した判断を最も理に適っていると信じる他なかった。
「デュール! 急ぐぞ!」
「はっ!」
彼らは迅速だった。頭を切り替え、次の手を打つ。
目的はルークの打倒ではなく、デルニエールの防衛なのだ。




