第20話 劇のシナリオ
昔々、ある所に仲睦まじい家族がいました。
父と母、そして五歳になる息子のハルト。
ハルトは普通の男の子とはちょっと違いました。
お人形遊びやおままごとが大好きで、色も青よりピンクが好き。一緒に遊ぶ相手も女の子ばっかりでした。
近所の人達はハルトのことを『普通じゃない』と口々に噂しました。しかし、ハルトの母親と父親は『それも個性だ』と言い、目一杯ハルトの事を愛しました。心から、誰よりも。
幸せに過ごしていた三人でしたが、ある日悲劇は起こりました。
ハルトの両親が事故で亡くなってしまったのです。
家族を亡くしたハルトは当時十四歳。
一人で生きていくには厳しい年齢でした。
そんな一人ぼっちだった彼を引き取ってくれたのは、父の遠い親戚のある家族。
夫を亡くしたニシキード夫人と、その娘達アナゴカシラ、ブブゼラ。この三人の家族の一員となった訳ですが……
『ハルト!? ちゃんとトイレの掃除したの!?』
廊下の拭き掃除をしていたハルトを大声で呼んだのは、アナゴカシラ。ハルトは雑巾を持って急いでトイレに向かいました。
『まだ埃が残ってるわよ! しっかり隅々まで掃除しなさい!』
『は、はい』
大きい鼻の穴を更に広げてアナゴカシラは息を吐き出すと、がに股でその場を去っていきました。
大きな溜め息を吐き、トイレ掃除を始めようとしたハルトですが……
『ハルト~!? 私の部屋全然片付いてないんだけど!』
今度は二階からブブゼラの声が。ハルトは掃除を中断し、二階へ向かおうと、トイレを飛び出しました。しかし──
『わっ!?』
目の前に立ちはだかった巨大な大木……ではなく、ニシキード夫人。彼女に思い切りぶつかった華奢な身体のハルトは、その場に尻餅を付いてしまいました。
『いたたた……』
痛がるハルトでしたが、ニシキード夫人はただ冷たい目でハルトを見下ろすだけ。
『ハルト。掃除が終わったら私達の夕食の準備を早急に始めなさい。いいわね』
ニシキード夫人は踵を返しそのままその場を去ろうとしましたが、ふと足を止め、視線だけをハルトに向けました。
『……男の癖に本当に女々しいのね』
小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、ニシキード夫人はトイレを後にしました。
そう、ニシキード夫人達はハルトを家族の一員として迎えた訳ではなく、家事云々をさせるだけの家政婦として働かせていたのです。
用意される食事は残り物、寝床は外の風が吹き付ける屋根裏部屋。出迎えてくれた相手も、住み処も最悪でしたが、ハルトは平気でした。何故なら彼には友達がいたから。
それは──
「「ちょっとストップ!」」
一晩で書き上げたという劇の台本のシナリオを声に出して読む里原。ファミレスのテーブルの向かい席に座っていた私と西城戸君、同時に彼女の朗読を止めた。
「登場人物の名前も引っ掛かるし、物語も似たような話知ってるんだけど! ○○ズニーに怒られるよ!?」
「貴方が創作と思えば此れは創作です」
「突然の悟り口調やめろ!」
思わず声に出して盛大に突っ込んだものの、里原は落ち着いた様子で小さく溜め息を吐き、首を横に振る。
「全部遥の為に考えたストーリーなのに。主人公のハルトもこれ、ハルカのことだからね?」
「はぁ!? ハルトってこれ男じゃん!」
「ハルトは見た目は女の子みたいに可愛いっていう設定だから。だいじょーぶ! 本番ではカツラさえ被れば、サラシ巻かなくても男の子になれるよ。ハルカなら!」
ウィンクをして白い歯を輝かす里原。
然り気無く人を馬鹿にしたな、この女。
馬鹿にされた箇所について口には出せず無言で里原を睨む。すると、待ってましたと言わんばかりに西城戸君が次の反論を唱えた。
「ねぇ、このニシキード夫人って明らかに私の苗字じゃない! 私が悪役ってどういうことかしら!」
「よし、じゃあ続き読みまーす」
「無視!?」
「ハルトが舞踏会に行くためにネズミ達の協力を得てドレスを作ったものの、姉達にドレスをボロボロにされて、西城戸に家に閉じ込められる下りはシン○レラと一緒だから飛ばすね」
「シンデ○ラって言っちゃってるじゃん! しかもニシキード夫人のこと普通に西城戸って言ってるよ!」
「嘆き哀しむハルトの前にビビデバビデブーおばさんが現れて、ハルトは素敵なドレス姿に大変身。ついでにチ○コも取れて女の子になります」
「いや、もう何処から突っ込んでいいか分からんわ!」
『いい? ハルト。夜中の十二時を告げる鐘が鳴り止むと、全ての魔法が解けて元通りの姿になってしまうわ。貴方が男だっていうこともバレてしまうから気を付けなさい』
『うん、分かった。ありがとう』
ハルトはフェアリーゴッドアオルリに礼を告げると、茄子の馬車に乗ってお城へ向かった。
城で待つキタヤーマ王子のことを想って……
「はいストーップ!!」
再びストップを掛けた私に、里原は如何にも嫌そうな表情を浮かべた。
「なーにもう。良いところで一々止めないで」
「王子役は何となく想像付いてたけどさ! キタヤーマ王子ってそのまま過ぎるでしょ!」
「大丈夫だよ。ハルトとキタヤーマは最終的に結ばれはするけど、それは役の上だけのお話であって、北山はきっとノンケだから」
「そんな事は聞いてねーわ! ていうか何!? 私と北山君が主役なのは決定事項なの!?」
「え? そうだけど。ネズミ役の方が良かった?」
「違う……そうじゃない……!」
今更になって里原に劇のシナリオを任せたことを大後悔。
唇を噛み締めながら小さく唸る私の傍ら、再び西城戸君が大きく手を上げた。
「この配役、私も反対よ! 男でいいなら私をシ○デレラ役にしなさいよ!」
「ダメ。北山と西城戸だと、最後のキスシーンが生々しくなっちゃうから」
「え!? キス……え!?」
想定外の言葉に金魚のように口をパクパクさせる私に、里原は何処か楽しそうに含み笑いを浮かべる。
「するかしないかはお任せするけどね~。堂々とするのも善し、した振りをするのも善し、した振りに見せかけて本当にするのも善しだよ~」
「き、キスなんて出来る訳ないでしょーが!」
「どうして?」
「キスする時どんな顔すればいいの? どのタイミングで目を閉じればいいの? 呼吸は止めた方がいいの? 何秒間くらいすればいいの?」
「する気満々じゃねーか」
慌てふためく私の隣──西城戸君はテーブルに肘を付き、ふと笑いを漏らした。
「馬鹿ね~。キスなんて女の子は男に身を任せとけばいいの。セッ○スする時と同じよ」
「セッ」
西城戸君に告げられた未知なるワードに、脳が完全に思考停止する。
「おーい。桃?」
「駄目だこりゃ。完全に固まってる」
「セッ○スって言っただけなのに。純情ね、この子」
「毎日のように男の尻を追い掛け回してる西城戸とは違うんだよ」
「人聞きの悪いこと言わないで! 今は週一に抑えてるわよ!」
「え? 西城戸彼氏出来たん?」
「ふふふ。帰り道にでも話すわぁ」
「おー、聞かせて。遥は固まったままだし置いていくか」
「そうね。桃、支払いよろしくね~」
西城戸君と里原、二人は本当にそのまま席から離れ、その場を後にした。
キス。
北山君とキス。
文化祭のことなど完全に頭からすっぽ抜けた私は、ファミレスの店員に声を掛けられるまで小一時間その場に立ち尽くしたまま固まっていた。




