第2話 アプローチ大作戦
作戦を立てた翌日、二時限目の数学の授業終了後──
里原はスマホを通信機のように見立てながら、目の前の席にいる私に低い声で囁いた。
「それでは桃瀬よ。まずは作戦一つ目だ。準備はいいな?」
「分かってるわよ。里原……じゃなくて隊長」
「ふん。無事に戻ってこいよ。この戦いが終わったらお前、ジュリアと結婚するんだろ」
「ちょっと、フラグ立てるのやめてよ。つーかジュリア誰よ」
「行け! 我が戦友!」
妙な茶番を演じた後、里原に背中を押され、身体のバランスを崩しかけるも前を向く。教壇の上に皆のノートを集め「早く提出してねー」と呼び掛ける北山君の姿が数メートル先に。彼の笑顔は天使を呼び寄せてしまうのではないかという程に、眩しい、美しい、尊い。
あぁ、同じクラスにこんなイケメンがいたなんて気付かなかった! 私の馬鹿!
「早く進め!」と後ろから聞こえる隊長の急かす声。汗ばんだ手で数学のノートを握り締め、一歩ずつ北山君がいる方向へと足を進めていく。
あぁ、北山君が近付いてくる。いや、実際に近付いているのは私だけどさ。
北山君の距離まであと少し──逸る心臓を抑えるかのように胸元を握り締める。『良かったら職員室まで一緒にノート持っていくよ!』この一言さえ言えれば勝利は私のもの。
さぁ、言うんだ私!
「北山く──」
北山君の視線が此方へ向きかけたその時、彼との間を阻む障害物が──
「りょーちゃん! 良かったら手伝うわよ!」
目の前に現れた金髪の長身の男……北山君の親友、西城戸智哉の姿がそこにあった。彼の高過ぎる身長のせいで、完全に北山君の姿は見えなくなってしまう。
「ああ、助かるよ。量が多いからさ」
「んふふ。いいのよ」
西城戸君は一瞬此方に目を向けると、口角を上げてニヤリと笑った。まるで何かを勝ち誇ったかのような彼の顔に、私は金魚のように口をパクパクさせる。
「邪魔よ。あんた」
「ぶべらっ」
その場に呆然と立ち尽くしていると、西城戸君はノートを持った強靭な腕で私を突き飛ばし、北山君と共に教室を去っていってしまった。肝心の北山君は私に見向きもせずに。
「あーあ。西城戸に邪魔されちまったかぁ」
北山君達が去っていった跡を唖然と見つめていると、後ろから里原の手が肩に置かれた。
「な、何なのよあの西城戸は……!」
「北山のボディーガードってところか。あんただけじゃなくて、北山を狙ってる女は他にもいるのよ」
「んぐぐ……!」
何もせずに終わってしまうとは……桃瀬、一生の不覚!
『ドキッ!? ノートで彼に大接近作戦!』はこうして失敗に終わった。
しかし、次こそは……!
「それでは次の作戦を始める。準備はいいな?」
「了解だ。隊長」
学校の最寄りの駅のホーム──
一人、電車を待っている北山君を、里原とベンチの裏にコソコソと隠れながら見つめる。
「桃瀬よ。実はお前に話したいことがあるんだ」
「何だ隊長」
「お前に婚約者がいることは知っている。しかし、俺は……いや、この話は戦いが終わってからにしよう」
「またフラグを立てるんじゃないよ!」
「さぁ、行け! 我が戦友よ!」
再び背中を押されてその場を立ち上がり、北山君を見つめる。彼は此方には一切気付かず、手元の本に夢中になっている。
電車を待ちながら本を読む北山君の横顔。美しすぎる。あぁ、絵になる人ってこういう人を……
「ママー。アイスおいしー」
「あらあら。良かっ……あ、太郎! 前!」
後ろから親子の会話が聞こえる──と思ったのも束の間、お尻に冷たい感覚が走り「うひゃっ」と口から変な声が漏れた。
「あらやだ大変! どうしましょう!」
後ろを振り向くと、顔面蒼白になっている男の子の母親、ベンチの裏で笑いを堪える里原が視界の隅端に見えた。
「あー。う○こだー」
鼻水を垂らしながら私のお尻を指差す男の子。
──まさか、と思い、首を捻らせて自分の尻部分を確認する。そこにはスカートにベッチョリとついたアイスクリームが。
ちょ、よりによって、チョコレートアイスクリームかよ!!
慌てふためく間に、やって来る電車。北山君は手に持っていた本を鞄に仕舞い、開いた扉から電車の中へ乗り込もうとした。
あかーん! 北山君が行ってしまう!!
スカートにうん……ではなくチョコレートアイスクリームをつけたまま、全速力で彼の後を追う。
「北山君……待っ……!」
──悲劇とは、どうしてこうも重なるものか。
悲運にも北山君が乗り込んだところで扉は閉まり、それだけでは留まらず、勢い余って扉の前で躓いてしまいそのまま──
「ぶべらっ!!」
扉のガラス部分に強打する顔面。後ろで鳴り響いた鈍い音に、北山君は振り返り、ガラスに顔面を張り付けた私を目を丸くして見つめた。
そして無情にも発車する電車──
強打した顔面を片方の手で覆いながら、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込む。
「何で、こうなるのよ……」
頬を伝い、地面へと落ちていく大粒の涙。私の元へと駆け付けた里原は、一切笑うことはせず、無言でスカートについたチョコレートアイスクリームをハンカチで拭き取るのだった。
※電車の飛び込みは大変危険です。絶対に真似しないで下さい




