第18話 北山君がおかしい。
転校生変態発覚事件が起きてから、北山君の様子が明らかにおかしい。
話し掛けても直ぐ様顔を背けられ、その場から全力疾走して去っていってしまう。西城戸君や里原、葵さんとは普通に話しているのに、私が加わった途端に毎回の如く逃亡する北山君。
これはもしかして……
「私、嫌われてる……?」
香ばしい匂いを漂わす鉄板上のお好み焼きを前に、水が入ったコップを握り締めながら小さく呟く。
すると、目の前に座っていた里原が大きな溜め息を吐きながら、お好み焼きにソースを塗りたくり始めた。
「遥ってさ、自分のことになると意外と鈍感?」
「や、やっぱり嫌われて……!」
「えー? 陵君は桃瀬さんのこと嫌いなんかじゃないと思うよー?」
まだ青海苔と鰹節を振り掛けている途中にも関わらず、隣に座っていた葵さんがお好み焼きを勝手に切り分け始める。
そして、丁度良く横を振り向いた私の口の中に熱々のお好み焼きをヘラでダイレクトイン。
「あっつぁ!?」
「うふふ。美味しい~?」
焼けるような熱さに涙目になりながら悲鳴を漏らす傍ら、葵さんは恍惚とした表情で私を見つめる。
何だこの娘は!?
只の変態のみならず、もしかしてドSなの!?
「あ、葵さん、お好み焼きは一度皿に」
「葵はやだ~。瑠璃って呼んで♪」
「……瑠璃さん。お好み焼きは一度皿に」
「さん付けいらなーい!」
「葵さん。お好み焼きは一度皿に置いて貰える? 熱いから」
思わずイラッとして敢えて苗字呼びに戻したその時、懐かしのプリケツ爽やかボーイがボウルの乗ったトレーを笑顔で此方に運んできた。
「お待たせ致しました! モチチーズもんじゃです!」
ボウルをテーブルに置き、そのまま去るのかと思いきや、何故かその場に立ち尽くしたままのプリケツ(以下略)。
何かあるのかと思い首を小さく傾げると、プリケツは小さく口を開いた。
「あ、あの、今日はこの三人なんですか?」
「え?」
「な、何でもありません! 失礼します!」
プリケツは頭を大きく下げると、逃げるようにその場を走り去った。
気のせいかもしれないけど、何か顔が赤かったような……
「ほほう。これは面白いことになりそうだねぇ」
何処か楽しそうな表情を浮かべ、里原はニヤニヤと笑う。里原はお好み焼きを鉄板の端に避けると、ボウルの中のもんじゃの具を焼き、土手を作り始めた。
慣れた手つきで出汁を土手の中央に流し込む様子を、葵さんは上半身を乗り出すようにして覗き込んでいる。
目を大きくして興味津々に眺める葵さん。何だか子供みたいだなぁ、と思ったその時、彼女の口からとんでもない一言が──
「何か、ゲ○みたい」
もんじゃを混ぜ合わせていた里原の手がピタリと止まった。
「ちょ!? 葵さん、それは言わない約束だよ!?」
「じゃあ吐○物?」
「言い替えれば良いってものじゃありません!」
「……何かもうゲ○にしか見えない」
口元を手で覆い顔色を青白くさせる里原。鉄板上のもんじゃに本物のゲ○がぶちまけられる前にと里原に手を伸ばしたその時、背後から馴染みのある声が聞こえた。
「よぉ、遥」
温水プールで聞いた以来のあの声。
背筋をゾッとさせながらも後ろを振り返る。そこにいたのは学ランを羽織った蓮池君。
何だか、前にお好み焼き屋で会った時と雰囲気が違う。あの時は人を貶めるのを楽しむように嗤っていたのに今日は真顔……
「話がある。付き合え」
「え!? ちょっと」
手首を掴み、無理矢理席から立たせようとする蓮池君。手を引き剥がそうと試みるも、力が強くて離せない。
助けを求めようと後ろを振り返った刹那、衝撃の光景が──
「ダーレ? ソノオトコ」
ホラー映画に出てきそうな呪いの人形の如く目を見開いて、首を傾げる葵さん。その恐ろしさに口から小さな悲鳴が漏れる。
あかん。顔が綺麗な分、怖さが倍増してる。
葵さんは視線を蓮池君の顔から掴まれた手首へと移し、次の瞬間、これでもかと言う程に更に目を見開いた。
「私ノ桃瀬サンニ触ルンジャナイワヨ!!!」
鉄板の上で熱を直に帯びていた熱々のヘラを手に取ると、葵さんはそれを迷うことなく蓮池君の掌──ではなく何故か手が滑り私の手首へ。
「あっ、やべ」という葵さんの声に覆い被さるように、声帯から雄叫びが放たれる。
「んぬおおおおお! どあちゃぁぁぁ!!」
「いっ!?」
余りの熱さに飛び上がると同時に頭が見事に蓮池君の顎に命中。蓮池君は顎を手で押さえながらその場で蹌踉めいた。
「うぐっ……! は、話はまた今度でいい! 今度のお前の学校の文化祭で会いに行くからな!」
蓮池君は捨て台詞のようにそう言い残すと、足をふらつかせながらも逃げるようにその場を去っていった。
「いやー、遥。あんたモテモテだねぇ」
テーブルの上に肘を付きながら、白い歯を見せて笑う里原。火傷を負った手首に氷水の入ったコップを当てながら「え?」と言葉を返す。
「遥も隅に置けないなぁって言う話よ。ねぇ? 葵っち……」
里原が葵さんに目を向けて尋ねるも、彼女の耳には何も聞こえていないようだ。蓮池君が去っていった出口を睨みながら、呪文のように何かを唱えて身体を揺さぶっている。まるで悪魔に取り憑かれた祓魔師のようだ。普通に怖い。
「そう言えばハスイケ君も言ってたけど、もうすぐ文化祭だよねぇ。うちのクラスは何やるのかな?」
「あー。明日ホームルームやるしそこで決めるんじゃないかな?」
首を小さく傾げながら答えると、里原は小さく手招きをし、上半身を前のめりにするようにして身体を此方に近付けた。
「ねぇ遥、知ってる? 後夜祭でね、告白が成功したカップルは永遠に結ばれるって言う噂だよ」
「ほえ?」
間抜けな声を出す私に、里原は口角を上げ、何かを企んでいる子供のような笑みを見せる。
「文化祭こそ、北山と大接近出来るチャンスよ! グイッと距離を縮めてそのまま後夜祭であつぅい初夜を過ごしちゃいなさい!」
「いやいや、先生に見つかったらどうすんの……って、そこじゃないわ。まず告白が成功しなきゃ駄目でしょ」
「無問題! 北山はきっと既にあんたに惚れてる! 私が言うんだから間違いない!」
親指を立てて自信満々に言う里原。
何処からその自信は来るのよ。里原に保証されても良い予感なんて全然しないんだけど。
「……まぁ、頑張ってみるよ。学校生活で最後の大きな学校イベントだしね」
「おう! 応援してるぜ! 北山と無事結ばれたら、お祝いに進撃の○人のブルーレイボックス買ってね!」
「いや、何で私が里原にお祝いしなきゃいけないの。普通逆でしょ」
「ねえ! 待って、結ばれるって何の話!?」
悪魔を祓い終えた葵さんが、私と里原に視線を交互に向けながら尋ねる。
「何でもないよ。文化祭楽しもうね、葵さん」
「あー! 絶対今、はるっち誤魔化したでしょ! でもそんなはるっちが好き!」
いつの間にかあだ名呼びをしている葵さん。片腕に抱き付くと、厭らしい声を出しながら頬擦りし始めた。里原と二人、そんな彼女を見て苦笑いを浮かべる。
もうすぐ文化祭か……
北山君と少しでも距離を縮められるように頑張らなきゃ!
喝を入れるように心の中で拳をグッと握り締め、焦げかけている熱々のもんじゃに舌鼓を打った。文化祭で何が起こるのかも知らずに……
お待たせしました!
次回から波瀾万丈の展開が待ち受ける文化祭編に突入致します。
お楽しみに~♪




