第12話 マジで着替える5秒前
西城戸君がプリケツ爽やかボーイにフラれて数日が経過──
今日は日曜日。北山君と今度こそ二人きりでデートが出来る日だ。
顔のニヤニヤを抑えながら、バス停の前で北山君を待つ。左手には『現地に着くまで絶対に開けるな』と西城戸君に持たされた紙袋。
一体何が入っているんだろう──ふと気になってしまい、袋の中を覗き込もうとしたその時、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「桃瀬! お待たせ!」
顔を上げるとそこには──あぁ、覚悟はしてたけど、壊滅的なコーディネートの服装をした北山君の姿が。
「ごめんね。待った?」
今日は暖かいのもあるのか、薄手のトレーナー、そして相も変わらずズボンにイン。今度は虹のマークの上にHAPPY BOYの文字が大きく刺繍されているロゴマーク。北山君、君はます○おかだの回し者か何かなの?
「あっ。丁度バス来たみたいだよ」
駅方面へと向かうバスが此方に向かってやって来た。休日で遊びに向かう人々も多いのだろう、外から窓を通してバスの中を覗いた感じ、かなり混んでる気配がする。
「何か座れなそうだね」
「この時間帯、駅方面は混むから仕方ないね」
バスに乗り込み、Sucicaをタッチ。見事に席は埋まっていた為、北山君と並んでつり革に掴まって立つことに。
「そう言えば行く場所って何処なの? 西城戸君には北山君に聞くように言われたんだけど……」
「ん? ああ、行き先は……」
北山君が喋りかけたその時、突然バスが急停止。身体のバランスを崩してしまい、北山君に全体重で体当たりする勢いで寄り掛かってしまった。
「ご、ごめ……!」
「いや、だいじょ……」
笑いながら答えた北山君だったが、ふと途中でその笑顔が消え、顔面蒼白に。
まさか、打ち所が悪かったの!?
北山君の顔を覗き込み、然り気無く目線を落としたその時、衝撃的な光景が目に入ってしまった。
……北山君、お尻揉まれてる。
バスが揺れた勢いに紛れて、サラリーマンのおっさんに揉まれてる。
偶然触れちゃったとかそう言うレベルの触り方じゃない。ガッチリお尻掴まれてる。
生まれたての小鹿のように震える北山君、遠慮なく人混みに紛れて尻を揉み続けるおっさん、そしてそれを眺める私。
一瞬思考停止してしまったが、咄嗟に息を乱すおっさんの腕を掴み、尻揉みを止めさせた。おっさんは気付かれると思っていなかったのか、私を見るなり顔を青ざめさせた。
「何してんの、おじさん! 今痴漢してましたよね!?」
「し、してねえよ!」
否定するおっさんの左手の薬指にはキラリと光る物が。
「け、結婚してるのに男子高校生のお尻揉んで何やってるんですか! 恥ずかしくないんですか!?」
「う、うるせえ!!」
「ぶべらっ」
勢い良く私の身体を突き飛ばすおっさん。バス停に止まったせいで丁度タイミング悪く開いてしまったバスの入り口から、おっさんは飛び出して逃げてしまった。
「あ! 逃げ……」
「桃瀬!」
痴漢を捕まえようと追いかけようとした私の肩を北山君は掴み、無言で首を横に振る。
「北山君……!」
「彼も疲れてたんだよ。きっと俺を女性と勘違いしたんだと思う」
いや、多分違うと思う。
そういう趣味の男の人だっているんだよ。
じゃないと、痴漢された北山君の隣にいた私は何で痴漢されなかったのかってなるよ。
……いや、そうだよね? 誰かそうだと言ってくれええええ!
そんなやり取りをしている間に再び進み出すバス。
『次は公民館前──公民館前──』
車内のアナウンスに北山君は顔を上げると、荷物を持ち直し前方へ進み始めた。
「北山君? 駅はまだだよ?」
「いや、いいんだよ。だって次降りるし」
バスは公民館前のバス停に到着し、扉が開く。行き先が何処かも分からず、北山君に背中を押されるがままにバスから降りた。
「よし。じゃあ行こうか」
迷うことなく進み出す北山君の後を、小走りで追い掛ける。
「北山君。行く場所ってど──」
尋ねかけた途中で北山君が足を止め、ある建物の方向に視線を向けた。
「ここだよ」
北山君が指差した先の建物前の看板。
そこに書かれていたのは『温水プール』の文字。
「は、はひ?」
お、温水プール?
何故? Why?
瞬きを繰り返し、目を擦りながら看板の文字を見つめる。しかし、何度見たって文字は変わる筈も無い。紛れもない、温水プールだ。
北山君は看板の前から微動だにしない私の顔を覗き込むと、着替えが入っているであろう自分のバッグを見せた。
「先に着替えて待ってるね。ゆっくりでいいからおいで」
呆然とする私に対し、北山君は屈託のない笑顔を見せると、一人温水プールの建物の中へと向かっていた。
その場に取り残された私の心拍数は何倍にも増加、首筋を冷たい汗が伝う。
ゆっくりと視線を手に持っていた紙袋へと移し、震える手で開封して中身を確かめた。
「あ……あ……」
中から出てきた物、それはそれは可愛らしい水着──
もしかして西城戸君は私を貧乳だと知った上でこの残酷な計画を……
デートで置き去りにした復讐として……!
「に、に、西城戸ぉぉぉぉぉ!!」
温水プールの建物の前、怒声にも近い叫び声が空高く響き渡った。
男でも痴漢されることはありますよね。
私は自転車置き場でおじいさんに「うへへ」と言いながら尻を叩かれたことあります。
痴漢、ダメ、絶対。




