伝説の序章
「全く、まだ武器なしってのは辛いなぁ。まぁ剣も銃も使えんからしょうがないんだけどさ」
ゲゲロロッ
青年は今、『貪欲の沼地』と呼ばれる飢えた化物の巣窟でおよそ10メートルほどのカエルと戦っている。
このカエルは人間を50人喰い殺した獰猛なカエルだ。その獰猛さに100万の懸賞金がかけられている。
青年は剣も銃も使えない。強いて言うのなら左手に赤い布を巻いたただの握りこぶしだ。
カエルは武器を持たない彼を「コイツはただの餌だ。餌が自分からのこのこやってきやがったぜ!」と調子に乗りながら舌を伸ばし青年を捕食しようとする。
青年はニヤリと笑いながらゆっくり左手を強く握りしめる。カエルが舌を伸ばして捕らえた青年を口の中に入れた時には、もう遅かった。
喉に強い衝撃が走り、後ろへ吹っ飛んだ。
カエルは何が起こったのか分からなかった。
思わず衝撃で青年を吐き出してしまった。青年はヤツの喉に力いっぱいのパンチを撃ち込んだのだ。
更に飲み込む時の速度がパンチの威力を増大させたので吹き飛ばすほどの威力を発揮したのだ。
そのパンチのせいでカエルはもう二度と起きることはないだろう。
青年はひと仕事終えて大地に座り込み、勝利をたたえてくれているような太陽の光で晴れ晴れとした空を見上げて、ため息のように一言呟いた。
「俺にも武器が欲しいなぁ」
スタリエイトという街の別名『始まりの街』と呼ばれる由来はある伝説からだった。災厄をまき散らす邪竜が2人組の賞金稼ぎに討ち取られる伝説だ。その2人が出会った場所がこの街だとされ、今では観光の名所でも有名だ。
「おぉ、今度はこっ酷くやられとるなエマちゃん」
エマ・アルトベリス、彼女の姿は光り輝く金糸の髪を左側頭部に純白のスイレンの飾りの着いた髪ゴムで束ねたサイドテール、エメラルドの結晶がはめ込まれているかに思える透明感のある瞳、手脚が長くウエストは程よく緩やかなカーブを描いた美しい体つきだ。
そして彼女は数少ないエルフ族の生き残りで現役のバウンティハンターである。
エマは今、武具屋「ホーリーナイト」に戦闘で壊れた剣の修理を依頼しに来ている。
昨日まで髪の毛が艶のある長い白髪の老人だった加工修理担当のヨシミツさんが...現在は薄暗い部屋の中で稲妻でも落ちたかのような神々しく思わず目を瞑ってしまうほど眩しい光を放つ頭になって笑っていた。
「うん、今回の獲物は初の鎧ザルの討伐だったから...」
タックルでダイヤモンドを砕くほどの強度を持つ鎧ザルの全身の鎧は名刀でも斬れないと噂で有名な猛獣である。エマはそれを知らなかったので、後で知った時は床に手を着いて深く落ち込んだ。
「なんとかならないヨシミツじいちゃん?」
「お金はあるんか?」
「ちょうどさっき、腹いせで死刑囚捕まえて牢に放り込んできたからね!」
ヨシミツは少し顔を引きつらせながら愛想笑いをしながら防具の手甲の部分のようなものの設計図を眺めながら武器の加工作業を進めていた。
「それは防具なの?」
「いや...これは武器なんじゃよ。名付けるなら『鉄拳』じゃな」
「創作?」
「エマちゃんと同じ賞金稼ぎで若い青年の依頼じゃよ、設計図とか全てワシに放り投げてきたんじゃがな。報酬はバカ高くしてやるつもりじゃ。ガハハハ、じゃからエマちゃんの依頼はこれが終えたらかのぉ。その代わり、安くしとくからな」
「なんかその人に申し訳ないなぁ〜」
「エマちゃんが気にすることはない。あやつは1度痛い目に見た方が良いんじゃ」
たわいなく2人で話していたら古びた木材の床がミシミシときしみながら後ろから足音が聞こえてくる。
「噂をすれば来おったわ」
「ハゲたなジジイ、出来上がったか?」
「ジジイ言うなシルバ!お前さんの武器を考え続けたストレスで自慢の髪の毛が抜け落ちたんじゃぞ!」
気がつけばエマの横に青年が立っていた。
髪の毛だがまるで金属と見間違えるほどの煌めきを放つ銀色に先端は光沢のある黒色という変わった色をした短髪、額には血に染まった長い布を左の二の腕に巻いており、程よく日焼けした男らしい褐色の肌、獲物を狙う獣のような眼光を放つ紅い瞳、傷だらけで手足共に細身だがしっかり鍛え抜かれている頑丈そうな体だ。
だが不思議に何の武器も見当たらない。普通賞金稼ぎならナイフ1つ持っていてもおかしくないのだ。
「おや、先客がいたか」
「普通さっき気くでしょ...」
「悪い悪い。武器が出来上がるのが楽しみなんだよ」
エマは初めて会ったシルバ・ヴァルトシュタインという男から親しみのような不思議な感覚を味わった。
その後、2人とも武器の完成に時間がかかると言われ街を歩きながら暇を潰していた。
「し、シルバ...さんは武器持ってないんですか?」
「シルバで良いよ。持ってないじゃなくて使えないんだ。剣も銃もな。剣は振り回すだけで何もできん。銃は肩が外れるし照準が定められない。」
エマにとっては驚きの発言だった。猛獣や犯罪者に立ち向かう戦士が剣も銃も使わないなんて前代未聞のことだった。
「じ、じゃあいつも何を使って戦っているの!?」
そう言うとシルバは少し考え込み、ひとつの答えを出した。
「今日この街に化物が出て暴れてたら分かるかもな。まぁそんなことはないだろうけどな」
「あったとしても武器が壊れた今はやめて欲しいなぁ。予備に弓矢は持ってるけど...下手くそだし」
「エルフなのに下手なのかよ。お前珍しいヤツだな」
ほんの冗談のつもりだったシルバの言葉はエマの心を針で刺すように痛めつけた。
だが涙ぐみながら暗い顔になったエマを見たシルバは真顔のまま慌てる素振りを見せない。
「でもまぁ、いざって時は頼りにしてるぞ。ないと思うけどな」
「その言い方ちょっと悲しいんですけど」
頬を少し赤く染めながら子供みたいに膨らませるエマを見たシルバは思わず笑ってまった。
「お前怒ったら子供みたいだな」
「なにそれ酷〜い!」
少し時間が経つと街が突如として騒がしくなってきた。近くなるほど逃げ惑う人々が現れ、誰かの悲鳴も聞こえてきた。
「何かあったのか?」
「化物が出たんだよ!女、子供を次々とおやつみたいに喰い続けてる!大人達も立ち向かったが全員ヤツの爪によって無惨な姿になっちまったよ!お前たちも早く逃げた方がいい、殺されるぞ!」
「シルバ...武器もないしどうするつもり?」
不安に囚われたエマはシルバに助けを求めるように問いかけた。
「ちょうどいいや、金が手に入る。相手は多分、スタリエイトの怪獣だ。」
「スタリエイトの怪獣?」
「知らねえのか?10年に1度山から降りてくるデカい狼のことさ。未だに殺られてないから賞金も年々跳ね上がってるんだ。たしか...500万ゼルじゃなかったかな」
その賞金の額は相手がどれだけ危険かを教える情報でもあった。高ければ高いほど困難で危険な相手である証拠だ。
それを聞いたエマは酷く動揺した。高くても彼女は100万の懸賞金がかけられた化物としか戦ったことがないのだ。
「そんな怪物が...すぐそこに!」
そんなエマを差し置いてシルバは全く動揺せず、むしろ何を考えてるのか分からないほどの無表情だった。
すると何かを思い出したのか、シルバは泣き虫のように涙を浮かべるエマに問いかけた。
「そういや俺がいつもどう戦ってるか気になってたよな?」
「そ、そうだけど...街に化物が出たらわかる...って!?」
「ほら、出ただろ?」
「いやいや、あれ冗談だと思ってたんだけど!?」
「まぁ見てなって。映画を見る時程度にゆっくりな」
グルルル...
昔に捕えられたイリエワニと呼ばれる種がいる。そのワニは捕えられたもので最大7メートルを超えていたそうだ。
獣の唸り声と共に姿を現した黒い狼は、そのワニと等しい、もしかするとそれ以上の大きさの巨体だった。
身体からは血なまぐさい異臭を放ち、足跡は被害者の者と思われる肉片や血液が付着している。
ゴリッゴリッ
何か口の中で噛み砕く音だ。咀嚼する度にバキバキと音が鳴り響き、人間の腕のようなものが口の中からチラリと見える。
そのおぞましい光景はあたりの者を恐怖へと陥れた。それは賞金稼ぎのエマも例外ではなかった。これほど狂暴な怪物を見たことが今まで1度もなかったのだ。
しかしどれほど恐ろしい姿を見ても赤い眼で獲物を見据える銀のたてがみを持つ男がいる。
同時に二の腕に巻いている赤い布を左手に巻き付ける。
「一応これが俺の今の武器だぞ。念の為だが...弓矢を構えておいてくれ。」
指示で正気を取り戻したエマは腕に自信が全くない折りたたみ式の弓矢を手に取る。
「私...下手くそだって言ったよ?」
「エマはそう言うが俺は見たことがない。だからもし俺がピンチになったら...お前の腕に任せるぞ。目を狙えとかピンポイントで言わないけど、大雑把でいいから顔を狙ってくれ」
「そんな...無理だよ。私はエルフの面汚しだって...言われてきたんだから」
「じゃあ今日が名誉挽回の日だな」
「えっ?」
「自分に自信を持て。エマはエマだ。皆が出来て当たり前の方がおかしいんだよ。エマにも出来ることは必ずある。だから、自分を信じろ」
狼はしびれを切らして牙をむき出してシルバに襲いかかる。
だが進行方向を先に読み、強く握ったシルバの左手が狼の顔面を撃ち抜き、地面をバキバキとえぐりながら拳ごとめり込ませた。だがすぐに狼は起き上がり今度は刃のように鋭い爪を出した前足でシルバの胸部を切り裂いた。
「痛い。痛いなぁ」
感情のこもってない棒読みの言葉を言いながら平然と立っている。
エマも驚いたし傷をつけた張本人の狼も驚いていた。
何かスイッチが入ったのだろうか、急にシルバの表情が変わった。まるで鬼のような形相に
すると狼が一瞬で上に吹っ飛んだ。
エマは何が起こったかはすぐに分かった。
シルバの左手からは狼の血が滴り落ちている。
瞬時に狼の腹下に入り込み、そこから腹にめがけて拳を撃ったのだと
「あ...落ちてくるの考えてなかった」
これを好機と考えたのか、狼はシルバの首を噛みちぎろうと口を大きく開けた。
シルバは反撃しようとするが間に合いそうになかった。
ドスッ
狼の目を何かがつらぬき、シルバは飲み込まれずに助かった。
狼を見ると息はもうしていなかった。
目をつらぬくどころか空洞になっていた。まるでライフルで撃ち抜かれたように風穴が空いていたのだ。
狼の先を見れば建物の壁に矢が刺さっていた。
エマが弓で射抜いたのだ。
ピンポイントで的を射抜いたことに自分で驚いていた。
「お前...上手いじゃんか」
「えっいや...まさか、まぐれだよ。次やっても外れるよ...」
「でもこれで名誉挽回だな。お前がトドメをさしたんだ。手柄持ってかれたぞコノヤロー」
「ご...ごめんなさい」
「はぁ...もうちょっと自信持てよ。普通あそこまでの威力の矢を放つなんて無理なんだぞ」
「そうなの?よく器物損壊だってよく昔いじめられたんだけど...」
「お前苦労してんなぁ。少なくとも俺は、今日その器物損壊とまで言われた力に助けられたんだけど?これでも自分の力を嫌だと思うか?」
今まで何一つ取り柄がないと思ってきたエマだったが、自分にも人の役に立つ力があるのだと1人の人間に気付かされた。
「んでどうだったよ俺の戦い方は?」
「...正直驚きすぎて感想が出ないよ。まさかほんとに素手だなんて」
「おぉーそんなに驚いたか。でも俺もいつか...自分だけの武器が欲しい。」
すると後ろから誰かが近づいてきた。
「そんな貴様にプレゼントじゃ」
振り返るとヨシミツが太陽光で頭を輝かせながら何かを持っていた。
「誰かと思えばジジイじゃねぇか?」
「お主そのケガは大丈夫なのか?」
自分でも忘れていたシルバの胸元のケガをヨシミツは真っ先に気にかけてくれた。それを聞いたエマは「どんな人にも優しい人なんだな」と心からヨシミツのことを尊敬した。
「あぁ、思い出したらなんかめっちゃ痛くなってきた。」
「おいおい、まずは医者じゃな」
「てゆーかジジイ!その箱何だ?」
「自分で開けてみるとええわ」
恐る恐る箱の蓋を取ると、エマが加工場で見たさっきの鉄拳という武器が完成形で入っていた。
「戦闘の時は両腕に付けて戦うといい。お主のパンチの威力を増大させる武器じゃ。大事に使えよ」
シルバは念願だった武器を手に入れ、思わず声に出てしまうほど嬉しかった。
「やったぁあ!!ついに手に入ったぞー!!!」
「良かったねシルバ」
すると突然シルバが黙り込んだ。
「どうしたの?」
「明日は暇か?」
「まぁ特にないけど?」
「明日一緒に稼ぎに行かねぇか?」
「それ早く試したいってこと?」
「それもあるがお前にも見て欲しいんだよ」
いきなりの言葉にエマは戸惑った。
「な、なんで!?」
「いや、だって一応命の恩人だしな。あの時エマが矢を放ってなかったら多分死んでたからな」
「ま、まぁいいけど」
「とりあえずお主はその前に医者に行くぞ」
「おいおい俺なら平気だって」
「出血多量なのに平気なわけがあるか!」
ヨシミツは強引にシルバの服の襟を持って病院に引きずって行った。
エマはただその場で見送った。昔に囚われていた自分を救ってもらった恩人を
「明日待ってるからね。」
人生初の投稿です。
本当に当たって砕けろって気持ちで書きました。
何事も挑戦だと思ったので、さらに言えば今回は序章ですので続きはもっと面白い展開にさせたいとも考えております。
もう中身は簡単には考えているんですけどね。
応援していただけると嬉しいです。
最後まで読んでくださった方、誠にありがとうございました。