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卒業式

作者: 紀々野緑

卒業式っていろんな感情を抱きますよね。

この作品は、卒業式に対してあまり良い感情を抱かない人にお勧めです。

特に、卒業式は大嫌いとか、楽しくないとか、思い出すだけでも穴に入りたいって人に。

読了後、読者の方が、経験された卒業式に新たな意味づけや印象を抱いていただけたら幸いです。

3月1日金曜日は俺が通っている高校の卒業式だ。今日は2月14日木曜日なので、あと2週間したら俺は高校生じゃなくなる。大学の合格発表は、卒業式から1週間後に行われる。つまり、それまで俺は何者でもなく、どこにも所属していないただの18歳無職の男ということになる。センター試験は終わったし、2月21日の前期日程の大学入学試験が終われば俺は自由になれる。

 とはいうものの、全く勉強はしていない。試験は小論文だけだから。小論文は推薦入試の際に徹底的に鍛えたから大丈夫。推薦入試の結果は不合格だったけど。しかし、前期日程の試験の合否判定にはセンター試験の結果が加味されるから、俺には余裕がある。日頃の行いがよかったからなのか、センター試験の合計得点は8割を超えた。だから、小学生の読書感想文レベルの小論文を書いたとしても、合格はできるだろう。

 だから、今試験のことは全く考えていない。今考えているのは、どうすれば卒業式をぶっ壊せるのか、ということだ。

 俺は、あの高校が好きだ。3年間、バレーボール部に所属し、日々練習に取り組んできた。他の部員とは不仲だったけど、最後の試合はよく憶えている。あのとき、本当にあいつらとバレーができてよかったと思った。

 あと1点取られたらゲームセット、試合終了、そして引退という状況で、俺は不思議と涙が止まらなかった。監督が審判にタイムを申し入れてくれた。俺の様子がおかしいと感じ、配慮してくれたのだろう。タイム終了前、ある1人の部員が俺に声をかけてくれた。「試合を楽しんでいるか」と。この一言で、俺は気が付いた。自分はバレーを楽しむために、入部したということに。しかし、その瞬間は楽しんでおらず、引退することをただ悲しんでいた。最後くらい、泣いて悲しむのではなく、笑って楽しんでバレー生活を引退しようと思えた。

 こういうわけで、部活動は充実した高校生活を俺に与えてくれた。恋もしたし、クラスの連中ともそれなりに楽しんだ。

 だから、俺はあの高校が大好きだし、入学してよかったと心から思っている。嘘だったら針千本飲みます。でも卒業式には出たくない。嫌だ。絶対に、卒業式を中止させてやる。家に卒業証書を郵送すればいいじゃないか。

 今日は、大嫌いな卒業式を破壊するにはどうしたらよいか、考えるために学校を無断欠席した。1週間前から欠席しているので、先生は親だけじゃなく俺にも電話せてきた。実際、卒業式が迫っているので俺の精神は不安定だ。話すとき、声が震えるし、つっかえたり、第一声が出にくいことがある。電話でもそんな感じだけど、先生は俺の気持ちに察しがついたのか、休んでも怒らなかった。

 電話越しでも、俺の発するオーラとか空気を読んだのだろう。さすが、2年のときから担任をやっているだけのことはある。

 ただいまの時刻は午前10時。そろそろ出かけよう。家では考えることに集中できないから、1週間の間、毎日同じ公園に行って卒業式破壊計画を考えている。

 そこは、家から自転車で15分のところで、初デートの場所でもある。学校の次に好きな場所だから、なにかいい案が考えられそうなんだ。警察に発見されないことを祈りながら、イヤホンから流れる今お気に入りのアニメの曲を楽しみつつ、自転車のペダルを漕いでいた。すると、あっという間に公園に到着した。

 しかし、車で音楽を聴くのはよくて、自転車ではなんでダメなんだろう。大人は差別はよくないことだというけど、差別しているじゃないか。差別ではなく区別という人もいるけど、それは詭弁だ。異なる取り扱いをしているんだから。

 こんな不毛なことを考えるのはやめよう。今日は重大な任務が課せられているのだから。

 今日も、ニューヨークにありそうな木製のベンチに座って、じっくり考えよう。あそこは、そばに大きな木があるので真昼間でも眩しくない。考え事にはうってつけだ。

 自転車は、芝の上では走りにくいから、押しながらそのベンチのもとへ向かった。ここの芝はすぐに膝の高さまで伸びる驚異的な成長力を持っているので、1年に4回も芝刈りをするらしい。直近だと、2週間前にかったばかりなので、草を刈るときに漂うあの独特な香りが今も残っている。

 なんで草って伸びるんだろう、と考え、草の香りを楽しみながら行進していると、ある異変に気付いた。俺の座るつもりのベンチの右半分に、20代後半ぐらいの男が座っている。 

 そして、手に持っているスケッチブックにはこう書かれている。「人生相談受付中。秘密厳守。力になります。」と鮮やかな色彩で、思わず視界に入る。

 隣に誰がいようと関係ない。あそこは俺の居場所なんだ。話しかけられても無視すればいい。とにかく、座ったら心が落ち着き、穏やかになれるベンチを目指して、俺は自転車を押すスピードを上げた。ギアを2から4へシフトチェンジ。

 ベンチに座ったら、なんだか気まずい感じがしてきた。ここに来るまでは、音楽に集中していたから別になんとも思ってなかった。でも、ベンチに座り、イヤホンを外して、さあ卒業式破壊計画を考えよう、となると全く集中できない。

 だって隣に不審者がいるんだもん。公園で人生相談を聞く人なんか生まれて18年、見たことも聞いたこともない。俺が無知なだけで、最近の流行として皆やっているのかな。

 話しかけられると思って、びくびくしながら座っていたけど、一向に話しかけてくる気配がない。来るもの拒まず、去る者追わずというスタンスなのだろうか。それには好感がもてる。

 もう一つ好感が持てるのはこの人の服装だ。黒のパンツに、紺のコート。とてもシンプルで、かっこいい。この人とはうまいカフェオレが飲めそうだ。未成年なので。

 そういえば、いつからズボンをパンツというようになったのだろう。下着のパンツとズボンという意味のパンツは、発音が違うので言葉にすれば区別できる。でも、文章の中のパンツはどうやって見分けるのだろうか。文脈かな。例えば、「俳優の〇〇の私服は白のパンツ」と書かれている場合、どっちのパンツなんだろう。

 パンツのことを考えるのはやめだ。俺には時間がない。でも、少しはある。この不審者と話す時間ぐらいは。相談することはないけど、この人と話してみたい。内向的で人見知りな俺が不思議だけど、そう思えた。

 「こ、コホッ、コホッ」

 恥ずかしさと緊張のあまり、「こんにちは」って言えなかったぞ。咳をするふりしてごまかしたぞ。精神が安定していないこともあって、知らない人に話しかけるのは緊張するな。こんな時は深呼吸だ。コオオオ。

 「こんにちは」

 よし、何とか言葉にできた。これで、会話につながるはずだ、と思っていた。

 「こんにちは」

 あれ、これから天気の話題に移って、この不審者のことを聞こうと思っていたのに、この不審者は、笑顔でこちらを向き、「こんにちは」と一言発しただけで会話には発展しなかった。母親が子供に向けるような、あったかい笑顔だった。

 そのあと、この不審者はまっすぐ、青く、そして雲一つない空を見つめていた。

 ここでずっと沈黙していても仕方がない。話がしたいなら、勇気を出して自分から相手に働きかけるんだ。

 「あ、あ、あの、ここで何してるんですか?」

 スケッチブックを見てわかってるのに、どうしてこんな質問をしたんだ、俺は。

 「人生に迷っている人を待ってるんだ。この公園は不思議な場所でね。何か、大なり小なり悩みを、それも身近の人に相談できないような悩みを抱えている人を引き寄せる力を持っている。実際、君が来てくれたじゃないか」

 いきなり何を言い出すんだ。俺がこの公園に引き寄せられただって?それは違う。俺はこの公園を小学生のときから知っていたし、遊びに来ていた。当時は悩みなんてなかったから、引き寄せられるわけがない。

 自分の意思でこの公園で遊んでいたし、今日だって自分の意思でこの公園にやってきたんだ。

 「な、なな、なぜ、そう思うんですか?どうして、俺がこの公園に引き寄せられたって言えるんですか?」

 「客観的で、科学的な根拠は提示できないよ。平日に、高校の制服を身にまとった君がここにいるってことは、学校、サボったんだろう?学校に行けないような悩みを抱えているから」

 図星だ。百点満点。

 「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕は村内亮介。大学で非常勤のカウンセラーをしているよ。K大学って聞いたことあるかな。今日は休みなんだ」

 何だって?K大学は俺が受験する大学じゃないか。こんな変な人を雇ってもいいのかよ。

 「俺は、お、お、大島良太っていいます。M高校普通科の3年生です」

 「3年生か。中学の3年間もあっという間に過ぎ去ったけど、高校の3年間はもっと時間が経つのが早いよね。定期テストに体育大会、文化祭やクラスマッチ。あと、修学旅行があったな。残すは卒業し…」

 村内さんは、卒業式という単語を最後まで言わなかった。「卒業」という単語を聞いた俺の様子の変化を感じ取ったのだろう。もともと表情が乏しい俺の顔が、さらに固く、生気が失われてしまった。

 こうなると、俺はなかなか声がでなくなる。相手が話していることに、質問したり、つっこみを入れたい気持ちはある。ちゃんと、頭の中で文章はできあがっているのに、声にならない。壊れたスピーカー状態と俺は呼んでいる。

 落ち込んだり、ネガティブに反応してしまうキーワードに触れたら、俺は壊れたスピーカーになる。卒業式以外だと、昔の恋人の名前や、その子が好きだったアイドル。あと、家族に関するキーワードを聞くと俺の心は不安定になる。そして壊れたスピーカーへ。

 村内さんが卒業式という単語を言いかけてから、しばらく沈黙が続いた。話したいことや聞きたいことはある。でも、今の俺には難しい。村内さんのほうから話しかけてくれないかな。

 「そういえば、大島くんは何か部活動に入ってた?」

 話題を変えてくれてありがとう。でも、俺のことじゃなくて、村内さんの話が聞きたい。どうして、休日にまで人生相談を受け付けているのか。

 でも、話しかけてくれただけでも感謝だ。バレー部に入ってました、踊りのほうじゃありませんよって返事をしたい。唇は動くんだけど、声がでないんだ。「卒業式」というキーワードは強烈だな。

 カップ麺がつくれるくらいの沈黙が続いて、

 「バ、バ、バレー部に入って、ま、した」

 蚊の鳴くような声で、やっと言えた。本当に小さな声だったけど、俺と村内さんの距離は近いので、何とか届けられただろう。

 「そうなんだ。バレー部なんだ。踊りじゃなくて球技のほうだよね?僕も中学から高校までバレーやってたんだ」

 さっきから、俺たちは正面を見つめながら話していた。ベンチに並んで座っているから必然的にそうなる。でも、このときは、あのあったかい笑顔で、俺のほうを向いて語りかけてくれた。言い終わると、また正面に広がる青空や草木に目を戻し、

 「ずっと補欠だったけどね」と付け加えた。

 なんだ、補欠なのか。社会的地位は村内さんのほうが上かもしれない。でも、バレーにおいては俺のほうが格上なんだ。中学ではあまり活躍できなかったけど、高校ではすごかったんだぞ。1年生からレギュラーになって、試合でたくさん活躍して、後輩からも慕われて。本当にあの頃はよかった。

 こんなことを考えていたけど、村内さんの言葉には反応できなかった。文章はつくっていたのに。ずっと黙っていると、また村内さんが1人で語り始めた。

 「補欠って、嫌だよなあ。バレーがしたくて入部したのに、できないんだから」

 補欠って、確かにバレーできないよな。練習だけして、試合にでられないなんて可哀そうだよな、と心の中で思う。思うだけ。

 「試合にもでられないのに毎日練習して、時間の無駄だったのかなって、時々落ち込むんだ」

 そうじゃない。時間の無駄じゃないんだ。補欠がいるからこそ、レギュラーのやつは追いつかれないように練習に励むんだ。俺も、試合にでるために一生懸命に練習していた補欠のあいつらがいたから、頑張れたんだ。

 「試合に出て、全く活躍できなかったんだよ。僕は。僕は、チームにとって不必要な存在だったのかなって悩んだこともあったよ」

 そんな、静かで悲しい口調で話すのをやめてくれよ。なんだか、俺が村内さんの人生相談を聞いてあげてるみたいじゃないか。

 「今はもう、そんなに悩んでないけどね。僕と同じようなことを経験して、苦しんでいる人の気持ちが理解できるから」

 すごく前向きで、ポジティブな人だ。辛かった経験にも、何らかの意味を与えている。俺には真似できない。

 「なんだか、僕が君に相談してるみたいだね。じゃあ、ついでにもっと話を聞いてもらっていいかな?」

 ついでってなんだよ。でも、カウンセラーは人に相談することが憚られるのかな。職業上、きっとそうなんだろう。たまには善行を積んでおくか。

 そう思って、俺は大きく首を縦に振った。

 あいかわらず、村内さんは前を向いて静かに座っている。スケッチブックを持って。でも、俺が頷いたことはちゃんと感じ取ってくれたみたい。今度はこちらを向かず、「ありがとう」と独り言を言うように呟いたのがその証拠だ。

 俺のほうは向いていなくても、感覚とか、心は俺のほうを向いていて、見つめてくれている、ということなのか。嬉しいな。一緒にいて、向き合って座っていても、心はスマホに向き合ってる人ばかりと遊んでいたから、ちゃんと俺を見てくれる人と一緒にいると楽しい。

 「僕の卒業式の話を聞いてくれるかな。別に、アドバイスとか、感想はいらないよ。ただ、君に聞いてほしい」

 卒業式というキーワードに反応したけど、今は大丈夫。俺が卒業式について話すわけじゃないし、感想も言わなくていいなら心に負担はかからない。ただ聞くだけでいいんだから。

 「さ、始めるよ。僕が話すのは高校の卒業式のことなんだけど…」



 卒業式と聞くと、君はどんなことを連想するのかな。厳格な校則から解放されて自由になれるとか、悲しいとか、他には卒業後の生活が不安でたまらないってことじゃないかな。

 多くの人は、卒業後のことを考えるだろう。卒業を悲しむのは、卒業後に皆と会うためにはスケジュールを調整したり、約束をしたりしなきゃいけない。卒業してしまえば、毎日同じ教室で顔をあわせることが、当たり前ではなくなる。そのことに気づき、悲しくなる。

 僕も、勿論卒業後のことを不安に思っていたし、悩んだ。でも、僕が一番悩んで心を暗くさせたものというのは、卒業式そのものなんだ。

 小学校の卒業式は、あまり印象に残ってないな。私立の中学に行く人を除き、卒業しても中学校で小学校の友人と会えたから。変化するのは、通学路と、先生と、生活スタイルと、身分くらいかな。だから、小学校の卒業式に対して、特に思うことはない。

 中学校の卒業式は、感動して泣いちゃったな。部活で、たくさん努力しても補欠だったけど。でも、その代わりにいい友人がたくさんできたから辛い練習も楽しめた。夏休みの午前中で練習が終わった日には、そのまま友人の家に行って皆で遊んだ。

 部活以外でも、本当に充実していた。1年生のときはクラスに馴染めなかった。2年生のときもね。でも、3年生のクラスでは、奇妙なんだけど男女問わず友人がたくさんできた。部活を引退した後、塾が休みの日には皆でカラオケに行ったり、友人の家に集まってゲームをして遊んだ。

 こういうわけで、本当に楽しく充実した3年間だった。小学校の6年間とは比にならないほどにね。だから、中学の卒業式はいい思い出として今でも僕の心の中に残っている。高校の卒業式もいろんな意味でね。

 高校3年生の僕は、とにかく卒業式にでるのが嫌だったんだ。台風が体育館に直撃して中止になればいいのになあって考えていた。でも、大人になって、働き始めた今の僕は、あのとき、頑張って卒業式に出席してよかったなあって思ってるよ。あのときの僕を、自分で褒めてあげたいくらいだよ。よく、そんな状況のなかで勇気をだせたねって。

 そもそも、どうして僕が卒業式にでたくなかったのか気になってるよね。そろそろ教えてあげよう。僕の家庭が普通じゃないからだよ。

 小学4年生のときに両親が離婚したんだ。親権は、母が獲得したと思う。でも、僕は母とじゃなくて祖父母と暮らすことを選んだ。母は、元夫との思いでがある町から離れたかったんだと思う。僕の推測だけどね。離婚が成立すると、父はもともと家族で住んでいた家に1人で残った。1人で暮らすには大きくて、掃除が大変だろうな。母は、市内の別の区に引っ越した。政令市だから、行政区があったんだよ。

 僕が母と暮らすことを選んだ場合、転校しなきゃいけなかったんだ。母は、「どうせ高校で別々になるんだから、いいじゃない」と言っていたけど、僕にとっては全然よくないんだ。

 高校から、それぞれが別の道に進むからこそ、できるだけ長く皆といたかった。それが僕の気持ちだ。

 祖父母と暮らせば、転校せずにすむので僕は無理を承知の上で頼んだ。通っていた小学校から近かったからね。断られたら、公園で暮らしながら学校に通うつもりでいたけど、意外とあっさり受け入れてくれた。孫を大切に思う祖父母を持てて僕は幸せ者だ。

 それから、中学での一定期間を除き、祖父母と楽しく生活していた。高校3年生になり、僕に恋人ができるまでは。

 高校3年生に進級する直前の春休み、遂に僕にも恋人ができたんだ。恥ずかしいから経緯は省く。デートを重ねるうちに、両親と会うことになったんだ。もともと会う約束をしていたんじゃなくて、彼女がいきなり連れてきたんだ。そのときに気づいた。僕の家族が普通じゃないんだって。

 自分の家族が他の人と違うことに気づいて、僕は少しおかしくなったんだ。彼女に依存的になり、愛情を求め続けた。そんな僕と関わることに疲れた彼女は、とうとう別れることを決断した。

 それから、さらに僕は彼女に対する依存心を高めた。当時は、寂しい気持ちから逃げるために、不必要なメールを彼女に送り続けていた。でも、そうじゃない。今ならわかる。どうして僕がそんな状態になったのか。その答は、「母親の愛情」を求めていた、ということだ。

 さっき、中学の一定期間を除いて、祖父母と暮らしていたって言ったよね?その一定期間は、母と暮らしていたんだ。母が、一緒に暮らしても転校しなくてすむ場所に引っ越してくれてね、嬉しかったよ。最初はね。母には新しい恋人がいた。身長は180センチぐらいで、少しぽっちゃりしている人。最初はその人ともうまくやっていたんだ。

 でも、本当に最初だけだ。1カ月もすると、その人は僕を虐待するようになった。仕事のストレスを僕を発散していたんだな。このとき、母は見て見ぬふりをしていた。今では悲しいと思うけど、当時は何とも思ってなかった。虐待という言葉も知らなかったし、どの家庭にもある出来事だと思っていたから。

 僕は、ストレスをぶつける相手がいないから、たくさん自分の腕を傷つけた。あと、この頃から白髪が増えたな。担任の先生は、僕の髪の色と腕の傷に気づき、何があったのか話を聞かせてほしい、と声をかけてくれた。

 ありのままを話した。殴られていることを。そして、自分の腕を傷つけることでストレスを発散していたことを。話し終えると、先生は一瞬、驚いた顔になって、それから悲しい顔になった。

 昼休みに話したので、あとは適当に授業を受けて部活を頑張れば、今日という日は終わる。あの男が、今日は家にいなかったらいいなあって考えてた。でも、その日はすぐに家に帰れなかったし、部活にも行けなかった。

 放課後、僕は担任の先生に校長室に連れていかれたんだ。校長先生に直接叱られるようなことはしていなかったから、とても困惑した。

 どんな話をされるんだろうと身構えていたら、「よく今まで頑張ったね」と褒められた。僕は、校長先生が褒めるようなことはしてなかったから、頭の中はハテナがたくさんあった。そして、

 「お母さん以外に、一緒に住んでくれそうな人はいるかな?」と質問された。

 意図がわからないまま、祖父母の存在を伝えた。すると、他の先生が祖父母に連絡して学校に呼び寄せた。それから、再び僕は祖父母と一緒に暮らし始めたんだ。なんでそうなったか、当時は理解してなかったけどね。

 母に捨てられ、寂しかったんだ。でも、自分はそれに気づいていなくて。恋人に依存して、愛情を求めていたのも、母親に捨てられたと心のどこかで感じ、寂しかったからだ。

 卒業式に出席したくなかったのも、他のクラスメイトたちは両親が来てくれるのに、僕だけ誰も来てくれないことがわかっていたからだ。祖父母は体が弱くて来られない。両親は、僕に愛情を感じていなかったかもしれない。実際来てくれなかったし。

 卒業式が終わり、そして最後のホームルームの時間も終わり、クラスメイトは両親のところに行き、話をしたり、写真を撮ってもらったりしていた。羨ましいなあって思っていると

「卒業おめでとう」と声をかけられた。人違いだと思い、無視してずっと椅子に座っているともう一度「卒業おめでとう」という言葉を聞いた。

 間違いない、これは自分に向けられた言葉だと思い右方向を確認すると、恋人だった彼女の両親がそこにいた。彼女の両親は僕の事情を知っていた。誰も卒業式に来てくれないことも。たくさん娘さんに迷惑をかけたのに、「卒業おめでとう」という言葉を僕に届けてくれた。このとき、僕は卒業式に来てよかったと心から思った。



 「こんなところかな。僕の話は」

 「俺も、卒業式に行きたくないんです。親はどちらも仕事で来れないから」

 滑らかに言葉がでてくる。それは、村内さんも俺と同じことに悩んだ仲間だからなのか。この人なら、俺の気持ちを理解してくれる。

 「大島くんもなんだね。誰も来てくれないのは寂しいよね」

 しばらく、村内さんはスケッチブックを置き、腕を組んで考え込んでいた。このとき、傷だらけの肥大腕が少し見えた。

 「じゃあ、僕が君の両親の代わりに卒業式に行ってあげよう」

 思いもしなかった提案に、俺は驚きつつも自然と笑顔になった。この瞬間、俺の壊れたスピーカーは直った。保証書はないけど、修理してくれる人がいたのだ。もう、この公園であのくだらない計画を考えることはないだろう。明日からは、またいつものように学校に行って、つまらない毎日が始まる。1週間だけ。残り少ない日々を、楽しもうと思えた。


いかがでしたか。

僕の、初めての小説ということもあり、登場人物の設定や心情の描写、景色の表現など至らない点ばかりだったと思います。

それは、初めてなのでご愛嬌ということで。

さて、読み終わったみなさんは卒業式に対する思いにへんかはありましたか?

もしなければ、あなたの卒業式は素敵なものだったか、あるいは僕の技術不足ということです。

ちなみに、村内先生の卒業式についての思いは、僕のものなんです。

僕を村内先生というキャラクターに投影しました。

村内先生のモデルは僕なのです。だから、あの辛い体験も僕のものです。

辛い経験を、小説という形に昇華して、みなさんに共感していただいたら、僕の経験も無駄にはならないなと思いまして。

それでは、改めまして、僕の作品を読んでいただきありがとうございました。

今後も何卒よろしくお願いします。

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