14話 冒険者組合と依頼
俺たちは冒険者組合へとやってきた。
ナンビラ湿原で倒した甲冑蛙の討伐報告と、素材の売却に来たのだ。
中央広場から程ない場所にある3階建ての大きな建物があり、そこに様々な種族の冒険者が集まっていた。
いったいどういう体の造りをしてるんだと思う程筋骨隆々とした大男もいれば、大亮のように小柄で細身な冒険者も少なからず見受けられる。
さらには獣人も多い。先ほど研究機関に足を運んだ時も思ったが、獣人にもなんというか動物具合にかなり差があるようだ。
ケモ耳や尻尾がある以外は普通の人間にしか見えない人もいれば、完全に犬や虎っぽい頭の獣人もいる。
このあたりの差は何なんだろうか?
あとで大亮に聞いてみよう。
「久々に来たねー」
「わざわざ付き合ってくれてありがとうねククリ」
「待ってるのも暇だしね」
タケフツさんは軍属になった時点で資格を失ったそうだが、ヒミカとククリは現役の冒険者でもある。
なんでも在学中に冒険者登録をしてある程度仕事をこなすと、かなり成績に反映されるらしい。
組合の中は思ったより静かだ。
もっとガヤガヤしていて、血気盛んな冒険者があちらこちらで騒ぎ立てるようなイメージがあったのだが、意外と皆大人しいと言うかマナーがいい。
受付がいくつか有り、受付スペースの上にはそれぞれ『冒険者登録』『依頼受理・報告』といったプレートが吊るされている。
少し離れたスペースにはいくつもの掲示板があり、そこに依頼や討伐対象の魔獣の情報などが掲載されているらしい。
俺たちが倒した甲冑蛙の情報も掲載されている。討伐額は――
「弐中級だから結構高いね二十万銭だ」
「その銭って、日本円でいくらなんだ?」
「一銭十円くらいだから、日本円で二百万円くらいだね」
「にひゃ……!」
「命懸けで戦うんだから、危険度が高くなればこれくらいはねえ。一番等級の高い零上級になると一千万銭以上になるよ」
「……一億以上かよ」
やはり夢があるな冒険者。その代わり安定はしないし命の危険が付きまとうわけだが。
「大亮も冒険者なんだっけ?」
「一応登録はしてるよ」
「……大亮くらいになるとどれくらい稼いだりするんでしょう?」
「そんな精力的に活動してないからなあ……今回みたいに、たまたま倒したのが討伐対象だったっていうので、零級は討伐したことあるよ。九百万銭の龍」
「……スケールがでかすぎて逆にすごさがわからん」
たまたまレアボス級の相手とエンカウントしてさらっと討伐して大金ゲットするとかどこのチート主人公だ。
まあ軽く話してるけどかなり激戦だったんだろう。
「じゃあ、俺報告と換金に行ってくるから、皆は待っててよ」
「ああ、わかった」
俺はただ待つのも暇なので、掲示板を眺めることにした。
護衛やら採取やら人探しやら遺跡の探索やら、かなり幅広い依頼が所狭しと貼られている。
特に多いのはやはり危険な魔獣の討伐のようだ。素材の採取にもなるし人気のようで、全体の半分近くが討伐関係の依頼だ。
くいくいっ。
「……ん?」
不意に左腕の裾を軽く引っ張られ、俺はそちらへと目を向ける。
「……」
そこには大亮よりも小さい、おそらくヒガン村のユキよりも幼い十歳くらいの男の子が立っていた。
その子が俺の服の裾を引っ張り、じーっと俺を見つめていた。
「どうしたの? 迷子?」
俺が尋ねると、少年はふるふると首を横に振った。
そして力強く俺の目を見ると――
「お兄ちゃん、冒険者だよね」
「え、いや俺は――」
「組合にいるし、刀持ってるし冒険者でしょ? 依頼があるんだけど」
違う、と言い終える前に押し切られてしまった。
まだ小さい子なのに、その目には並々ならぬ気迫が宿っている。
俺がどうしたものかと困っていると、組合の職員らしきお兄さんがやってきた。
「こら坊主! まだこんなところにいたのか!」
「なんだよ、ここは冒険者組合だろ! 冒険者に依頼して何が悪いんだよ!」
そう叫びながらも少年は職員さんに首根っこを掴まれ、外につまみ出されようとしていた。
少年はそれを拒むようにジタバタと暴れているが、子供の力で振り払うことなどできない。
結局少年はズルズル引きずられて外へと放り出されてしまった。
「……なんだったんだ?」
「どうかしたのかい~?」
「うお!?」
いきなり眼前ににょきっとククリが現れ、俺は危うくすっ転びそうになった。
さっきまでヒミカと長椅子に座ってお喋りしてたのに急に現れたらそりゃ驚くさ。
「失礼だなあ、女性にその反応は」
「だ、誰だって驚くだろ今のは……!」
心臓が痛い。まだバクバクいってるよ。
「何か揉めてたけど、大丈夫?」
「ああ、子供に話しかけられて……依頼がどうとか」
「ん~何があったんだろうね」
ククリと話していると、程無く大亮が戻ってきた。
タケフツさんとヒミカもこちらへと集まる。
「騒がしかったけど、どうかしたん?」
「いや、実は――」
俺は今あったことをありのままに皆に伝えた。
「あー、たまにいるのよね。子供が無理難題じみた依頼しにきて追い出されるの」
「そうなのか?」
「親が大事にしていたモノを壊したからどうにかしてとか、宿題代わりにやってとか。確かに冒険者って何でも屋だけど限度があるし……」
「そもそも報酬を用意できないことが多くてな。子供のお小遣い程度の報酬だと、そもそも依頼として受け付けてもらえない」
「……なるほど」
さっきの少年も、既に何度か職員さんに注意を受けていたようだったし、取るに足らない依頼だったのだろうか。
……いや、それにしては随分と切迫してるような感じだったけど。
「……一真、気になるならその子のところに行ってみたら?」
「……いいかな? 正直気になって仕方ない」
「いいんじゃない? 多分まだその辺りにいるでしょ」
俺たちは組合を出て少年を探すことにした。
すると、また潜り込もうとしていたのか、すぐ近くで入り口を睨むようにしている少年をすぐに発見した。
その子に近づこうとすると、それよりも早くヒミカが少年の元へと向かった。
「ねえ、さっき組合に依頼をしようとしてた子だよね」
「あ……」
「どんなお願いをしようとしてたのかな? お姉さんに教えてくれる?」
……誰だあれ。
俺はあんな菩薩のような笑顔の女知らねえぞ。
「ヒミカは子供好きでな。村でもよく子供たちの面倒を見ていた」
「……ああ、そういえば」
初めてヒミカと森の中で会ったとき、気絶したユキを本当に大事そうに抱きしめた姿を思い出す。
普段からユキや村の人たちを大事にしているんだろうことが、あの姿から伝わってきた。
「……お姉ちゃん、冒険者?」
「うん、一応ね」
俺たちも少年へと近づいていく。
「あ、お兄ちゃんさっきの……」
「や。さっきは話を聞けなかったから、よかったら話してくれるかな? 力になれるかは、わからないんだけどさ」
そう言うと、少年ははっと花開くような笑顔を見せたが、すぐにばつの悪そうな顔になってしまった。
言うのを躊躇しているのだろうか。
「さっき……お金がないからダメだって……」
「あー、それで職員に追い出されちゃったのね」
「でも……オレどうしてもすぐにアレが必要で……!」
「アレ?」
少年は意を決したように顔を上げ、力強い目で俺たちを見ると――
「お願いです! オレを地下迷宮まで護ってください!」
大きな声でそう叫び、勢いよく頭を下げてきた。




