13話 合流
ミアの姿が消え、黎明亭には大亮、リュウガ、シモン、解放軍の二人、幽世の頭領、そしてもう1人の刺客と奴隷商サクロの亡骸が残された。
「……逃げられたか」
宝飾品のような青い曲刀を持った青髪の男、幽世の頭領が呟く。
その顔は苦虫を噛み潰したようだ。
「ねぇねぇお頭さん。あのミアだかアザミだかいう人の事は任せてもいーわけ? 正直俺もしょっちゅう付きまとわれたら、たまったもんじゃない」
大亮は二刀を納めながら、幽世の頭領にうんざりした様子で声をかけた。
「……ああ、これはこちらの不始末だ。これ以上他者を巻き込むのは恥の上塗りになる」
「じゃあ任せるよ。こっちも暇じゃないし」
ボリュームネックの服で口元を隠した少年、大亮はやれやれと肩をすくめた。
その少年の顔をじろりと幽世の頭領が見やる。
「ん……? お前確か……」
「お久しぶりー。ムガワ砦攻防戦で会って以来だよね。二年前だっけ?」
「……生きていたのか」
「しぶといのはうちのお家芸だよ」
「なるほど、アザミが気にいるわけだ」
幽世の頭領は曲刀を納める。
大亮たちにもこれ以上の敵意が無いことを察したらしい。
「解放軍の。悪かったな、迷惑をかけた」
「……」
「言い訳になるが、今回の件はあいつの独断と暴走だ。我らの本意と総意ではないことを理解願いたい」
リュウガは幽世の頭領をしばらく睨むように見た後——
「……まあ、実害はほぼ無かったわけだからな。これ以上やり合わねえってんならこっちは構わねえぜ」
どうやら頭同士、これ以上の揉め事は御免のようで、あっさりとこの件はここで終了となりそうだ。
「ねえ、あの女の人、二年前戦った時にはいた? 俺、会った覚えないんだけど」
「アザミはあの時ムガワ砦ではなく、ハクセキ城にいた」
「ああ、そっちか」
大亮は二年前の戦いを思い出す。
当時、高天ヶ原では中津解放軍のような反体制組織が最盛期にあり、至る所で大きな戦が繰り広げられていた。
大亮もその大戦に参加していた一人だ。
そして大亮の思考は、先ほどまで対戦していたミアへと移る。
現在の泰平以前の動乱を経験し、大亮とも互角に渡り合う戦闘力。
そして狂気的とも言える好戦性。
殺し合いという刺激をもって自らの人生を彩る女。
厄介な相手に大亮は興味を持たれてしまった。
「……ホントめんどくさくなりそうだなぁ」
誰に聞かせるともなく、大亮は小さく呟いた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「んー、久々に食べたけど美味しい!」
「ここの蕎麦は絶品……うまうま」
ククリに連れられて来た蕎麦屋で、俺た四人は昼食を取っていた。
どうやら皆が学生の頃から行きつけの店らしく、確かに美味い。タケフツさんなど、ざる蕎麦大盛りを二人前注文している。
ちなみに俺は天ざるだ。野菜の天ぷらが絶品すぎる。
「ヒミカたちは明日列車に乗ってコクセキに行くの?」
「うん、明日の昼過ぎの便に乗るつもりよ」
「せわしないね〜」
「俺は仕事に戻らないといけないしな」
そこで俺と対面に座るククリの目が合う。
彼女はじーっと俺の顔を見た後、にやにやと笑い出した。
(……なんだ?)
疑問に思ったのも束の間、ククリはヒミカとの会話に花を咲かせ始めた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
蕎麦屋を出た俺たちは、大亮との待ち合わせの為にソウエンの中央広場へとやってきた。
ククリも当然のようについてきている。
俺たちの旅についてくるというのは本気のようだ。
大亮はなんて言うだろう。
「まだ大亮は来ていないみたいだな」
「もう、あいつから二時集合って言っておいて遅れるなんて」
そう、肝心の大亮がまだこの場にいない。
大亮はああ見えて時間にルーズではない。むしろ律義に五分前行動するような奴だ。
俺は蕎麦屋を出た後、しばらく露店を冷やかしながら時間をつぶし、昼の二時ちょうどにここへとやってきたわけだが、大亮の姿を見つけることが出来なかった。
「……なんか珍しいですね、あいつが時間通りに来ないなんて」
「確かに珍しいが、まあそういうこともあるだろうさ」
タケフツさんはそう言うが……なんだろう、うまく言えない。
胸の辺りがざわざわとする。
これが胸騒ぎってやつなんだろうか。
「……それにしても騒がしいな」
「なんか憲兵が行ったり来たりしてるわね」
「ああ。……裏市の方面か? あの辺りなら揉め事も珍しくないが……それにしても妙に多いな」
そう言うとタケフツさんは近くの兵隊さんに声をかけた。
タケフツさんも軍人だし、向こうもすんなりと情報を色々話してくれたようだ。
「裏市で殺しだそうだ。しかも2人」
「やだ、物騒ね」
「殺人なんてここ最近ソウエンじゃなかったんだけどねぇ……くわばらくわばら」
「二人とも喉笛を鋭利な刃物で切り裂かれていて、おそらく同一犯による犯行だろうとのことだ」
胸が余計にざわついた。
大亮がやられるとは思えない。けど、何か関わってるんじゃないか。
何故かはわからないが無性にそんな気がしてならなかった。
「あ、あのっ……大亮は……」
「呼んだ?」
「うおわああっ!?」
急に後ろから声を掛けられ、かなり間抜けに大声で驚いてしまった。
しかもその声が、今まさに話題にしようとしていた奴の聞き覚えのある声だったから、なおさらだ。
俺が振り返るとそこには、トレードマークともいえるボリュームネックの服を着た大亮が立っていた。
「おいーっす。ごめんちょっと遅れちゃった」
「もう、遅いじゃない」
「ごめんごめん、顔なじみと会ってさ。話し込んで遅くなっちゃった」
俺の心配など知る由もなく、大亮はいつも通りの飄々とした感じだ。
「だ、大亮……!」
「ん?」
「な……何もなかったか?」
「何が?」
「いや、今あっちの方で殺人があったって……」
「……ああ、そうみたいだね」
大亮は憲兵さんたちがせわしなく向かっていく方を眺めて、心底興味なさそうに言った。
……関係……ないのか?
「あんたこれくらいで心配しすぎよ、私たちが学生の頃なんてもっと危険だったんだから」
「一年くらい前まではね~、反体制組織がそりゃもう高天ヶ原の至るところで大暴れしてたからねえ」
「中央軍が一斉掃討してからはホント平和になったもんよ。中津解放軍やアラツ義士団は弱体化したし、ホープレスや太陽旅団なんかは壊滅したし」
……何か知らないけど、どうも少し前まではこんな騒ぎは日常茶飯事だったってことなのか?
殺人やテロ行為が日常的にあるなんて感覚はいまいち理解が出来ないが、それは俺が平和に平凡な日々を過ごしていた証なのか。
「……で、一真。こちらの方はどちら様でせう?」
「あ、そうだ。えーっと、この娘はククリ。ヒミカとタケフツさんの友人で研究者さんだよ」
「どうも~リクドウ=ククリって言います。よろしくよろしく」
「どーも、瀬戸大亮です」
「……」
「……」
急に大亮とククリがお互いをその眠そうな眼で見つめ出した。
……こうして向かい合うとホント似てるなこの2人。
身長も同じくらいだし。
2人はしばらくお互いを見合った後、何かシンパシーが合ったのか急にギュッと固い握手を交わした。
……なんだこのやりとり。
「……んふふー」
そしてククリは、先程蕎麦屋で俺にしたようににやにやと大亮の顔を見つめていた。




