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9話 旧友との再会、そして——

 暗い倉庫の中を、わずかな灯りをともして歩いていく。

 だいぶ長いこと使われていないのか、埃とカビの臭いが暗闇で鋭敏になった嗅覚を刺激する。

 倉庫の端、一際大きな木箱の前でシモンは立ち止まる。


「少々お待ちください」


 シモンが木箱と壁の間に手を入れると、カチッと何かが押されたような音がした。


 ゴゴゴゴッ


「割と手がかかってるね」

「軍団長は用心深い御方ですから」


 二人がそう言っている間に、木箱のすぐ隣のスペース、その地面がゆっくりと開かれていく。

 そしてその入り口が完全に開かれたと同時に、シモンがハシゴでゆっくりと降りていく。


「私が先導致します。足元が暗いですのでお気をつけて」

「はいはい」


 シモンに続いて大亮がゆっくりとハシゴを下っていく。

 建物二階分も降りたところで明るく広い場所に到着した。

 前を向くと、随分と重厚な鉄扉が待ち構えるようにそこにあった。


「どうぞ、中で軍団長がお待ちです」


 シモンに促され、大亮は鉄扉の取っ手に手をかけてゆっくりと扉を開く。


「よぅ、久しぶりだなあ」


 そこにいたのは、三十代後半ほどの男性だった。

 短い山梔子(くちなし)色の髪に無精髭、見るからに筋骨隆々な体つき。

 その姿に隙はない。

 脱力したように長椅子に座るその男には、常人とは明らかに違う風格のようなものが漂っている。


「一年半ぶりくらいか? 『紅眼』の坊主」

「あんまりその呼ばれ方好きじゃないんだよなあ……久しぶりだね、リュウガさん」


 リュウガと呼ばれた男はカッカッカと実に愉快そうに笑う。

 そして大きな土徳利に入った酒をグビグビと豪快に味わった。


 中津解放軍。

 その名の通り、神族に捕らえられ奴隷となった中津人の解放を主目的に活動している反体制組織である。

 大亮はかつて、家族と共に中津解放軍に助力して多くの中津人を救い出した過去がある。


「お前さんたちの事を聞かなくなって、気にしちゃあいたんだよ。まあ、何かあってもくたばるような連中じゃねぇが、こうして見ると元気そうで何よりじゃねぇか」

「リュウガさんも元気そうじゃん。さっきのシモンって人、俺知らない人だよね?」

「あいつは古株だが、お前らがいた頃は北で活動してたからな」

「ああ、どーりで……」


 大亮はリュウガの向かいの小さな椅子に腰掛ける。

 足を組みながら頬杖をついて、強面のリュウガを前に全く物怖じしていない様子だ。


「他の連中はどうした?」

「一年前の事件からはぐれちゃって今わかんないんだ。皆、中津国にはいるみたいだけどね」

「そうか……まあ、生きてさえいればまた会えらぁな」

「……会えるかなあ」


 大亮は力なく呟いた。

 その姿は年相応な、弱々しいひとりぼっちの子供の姿であった。

 不安なのだ。

 一年、家族と離れてたった一人で戦い続け、旅を続けてきた。

 その先に家族との再会があると信じて。

 しかし、大亮はまだ十五歳の少年だ。

 自分の行動が正しいのか。

 本当に家族に会えるのか。

 迷いが生じないはずがない。


「なんだ、意外と子供らしいところもあるんじゃねぇか。安心したぜ」

「……会いたいなあ。……希望(のぞみ)章吾(しょうご)おじちゃん、永遠(とわ)兄ぃ……皆に会いたい」


 そう語る大亮の声は少し震えていた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 久しぶりに旧友とも呼べる存在にあって、ずっと張り詰めていた気が緩んでしまったのだ。


「……あの人形みてぇに無表情だったガキが随分と人間らしくなったなぁ……あいつら、よっぽど良い育て方をしたんだな」

「リュウガさんと初めて会った時だって、あれでもだいぶマシになったほうだったんだよ」


 苦笑いしながら大亮は涙を拭った。


「で、シモンさんから聞いたけど、俺に何か用があるんだって?」

「ああ……実はもうすぐ始まる緑園祭に際して、裏市で奴隷売買が行われるんだがよ……」


 これは別に珍しい話ではない。

 奴隷が歴史から完全に消えた例は無いし、それはこの高天ヶ原とて同じだ。

 もちろん表立った人身売買などは滅多に行われないが、裏市やこういった大きなイベントの裏では日常茶飯事だ。


「その中に、ちょっとドジった身内がいるんだわ。救出に手を貸しちゃくれねぇか」

「それは別に構わないけど……わざわざ俺を探してまで頼むほどの用? 解放軍だけで事足りそうな気がするけど」

「まあ聞け、実はもう一つあってな。そっちが本題だ」


 リュウガが酒をぐびりと最後の一滴まで飲み干すと、長椅子の隣に置かれた小机に空になった土徳利を置いた。


「最近ソウエンで『幽世(かくりよ)』の連中を見たって報告があってな」

「……幽世って、あの暗殺組合の幽世だよね」

「それも一件二件じゃねぇ。あの用心深い幽世がずいぶん慌ただしく街に出入りしてやがる」


 幽世は高天ヶ原の裏界隈では最も有名で腕の立つ暗殺組合だ。

 仕事は金銭の額ではなく、組合員それぞれが興味を持ったかどうかで引き受けるか判断する非常に特異な集団だ。

 過去大亮たちも、そしてリュウガたち『中津解放軍』も、幽世とは一戦交えた経験がある。

 組合員は皆、例外なく手練れである。


「あいつらが何の用でこの街に出入りしてるか知らねぇが、万が一やり合う事になったら今の戦力じゃ心許無くてな。お前さんがたまたま今南にいるって聞いて、それでシモンの奴を迎えに行かせたのさ」

「いきなり甲冑蛙けしかけられたけどね」

「腕が落ちてないか確認してこいとも言ったからな」


 にやりと笑うリュウガに大亮は苦笑いを返すのが精一杯だった。


「で、どうだ。頼まれてくれるか? お前にも都合があるようだから、強制はしたかねぇが……」


 大亮は少し考える素振りを見せ、やがて——


「……あの時の借りを返すいい機会だし、いいよ。明後日までに終わるならね」


 その依頼を、承諾した。

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