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8話 到着、学術都市ソウエン

 予定通り二日でナンビラ湿原を超えた俺たちは、街道をしばらく歩いてソウエンを目指している。ソウエンまではもうすぐらしい。

 この世界に来て大きな街を見ていない俺は、旅の疲れを感じながらも内心ワクワクしていた。


「大亮、ソウエンってどんな街なんだ?」

「んー? 南大陸で二番目に大きい都市で、学術都市の名前の通り色んな教育機関や研究機関がある街だよ。南大陸は割と緩い(・・)から亜人とかたくさんいるし、観光名所とか多いから色々楽しめると思う」

「アンタら何観光する気満々でいるのよ。ちょっと用事済ませたらさっさと列車に乗ってコクセキに行くに決まってるじゃない」


 大亮は「え? そうなの?」という顔で固まってしまった。

 旅の情緒を楽しむ大亮にとっては中々衝撃的な宣告だったらしい。


「まあ、ソウエンに着く頃には旅の疲れも出る頃だ。少しゆっくりしてもバチは当たらない」

「もう、兄さんまで……」


 ……大亮、その「もっと言って」みたいなジェスチャーやめろ。

 テレビのADみたいに「引っ張って」みたいなジェスチャーもやめろ。

 しかしタケフツさんにまで言われて、ヒミカも若干態度を軟化させたようだ。


「まあ、私も友達に会いたいし少しくらいゆっくりしてもいいけどさ……」

「ヒミカ、ソウエンに友達いるの?」

「私、十二から六年間ソウエンの学園に通ってたもの。寮生活してたから第二の故郷ね」

「ヒガン村を始め、周辺の村の子たちは皆ソウエンで学問や魔術、武術を習う。俺もそうだった」


 ヒミカもタケフツさんもソウエンの学園出身だったらしい。

 ヒミカがどこか誇らしげだ。


「兄さんは学園始まって有数の神童って有名だったんだから」

「人より剣の腕が立っただけだ」


 自分の剣術には自信を持っているタケフツさんらしく、そこははっきりと他人より上だったと豪語する。


「ヒミカさんの友達って、まだ学園にいるのー?」

「私と同い年だから、学園は卒業してるわよ。ただ、もっと魔術や魔道具の研究がしたいって研究機関に残って仕事してるはずね」


 十九かそこらで研究者なんかやってるとは随分インテリなんだなヒミカの友達は。

 俺みたいな平々凡々な学歴を送ってきた人間には、遠い世界の人のように思える。

 俺ももうちょっと真面目に勉強してたら、研究者なんかは無理でももうちょっと将来の選択肢があったよなぁ……。

 我ながらこの歳まであまりに受動的だった事が悔やまれる。やはり何事も自分の意思で動かないと未来は掴めないよな。

 これからだ、これから。


「お、見えてきたんじゃない?」


 前を歩いていた大亮の言葉に俺は反応した。


「え、ソウエン? 早くないか? 確か今日の夕方くらいに着くって……」

「ソウエンの手前にね、すごい観光名所があるんだよ」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「おぉぉぉぉ……」


 思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 けどこの光景を見てノーリアクションでいろというのは無理な注文だ。

 この大瀑布を目の前にしては。


「アシリベ大瀑布、大小二百を超える滝の集合体で、滝の迫力はもちろん周りの緑との調和が取れた風景から、南大陸でも屈指の観光名所だ」


 タケフツさんが俺に説明をしてくれる。

 大量の水が流れ落ちる轟音と水煙は、一言では言い表せない迫力で、自然と心が震える。

 高天ヶ原は文字通り異世界なのだが、別世界の光景だ。


「相変わらず凄い迫力ねー、ここは。いつ来ても飽きないわ」

「本当だね、僕もここには必ず寄ってしまうよ」


 ヒミカとシモンさんの二人が柵に寄ってアシリベ大瀑布を見下ろしている。

 その後ろに俺とタケフツさん、大亮は何故かあまり近づかない。

 なんだろう、実は怖いとか?


「見るのもいいけど、こうして音を聴くのが好きなんだ……目を閉じて聴くとなんか落ち着く」


 そういって大亮は原っぱに寝転んで目を閉じた。

 確かにそういう楽しみ方もアリだな。

 実際、ここには他にもかなりの観光客がいるが、大亮と同じように横になって休んでいる人も多い。


「ここからは貸し馬でソウエンまで行くぞ。馬で三時間もすれば着く」

「う、馬か……」

「一真は俺と一緒に乗ればいいよ。そんな走らせるわけじゃないし」


 初めて見る光景、乗馬、そして高天ヶ原で初めての街。

 俺は興奮を抑えるのに苦労しつつ、まずは目の前の景色を楽しんだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 一言で言うなら、壮大だ。

 俺が学術都市ソウエンへ来た第一印象はそう評さざるを得ない。


 ヒガン村や今まで訪れた村々が和風だったから、てっきりソウエンも和風な都市なんだろうと思っていた。

 しかし、随所に和のテイストが盛り込まれてはいるものの、そのほとんどは俺がイメージするファンタジー世界の都市そのものだ。

 外壁も石材? のような素材で建てられているものが多く、道行く人の服装も、和風のものからゲームに出てくるキャラクターのような西洋風まで幅広い。


 そして建物も、学術都市と言われるだけあって大小様々な研究機関や学校が立ち並ぶ。

 今まで訪れた村とのあまりのギャップに、俺は開いた口が塞がらなかった。


「驚いてるわねー」

「俺たちも村を出て初めてソウエンに来た時は、同じような反応だったな」


 俺の反応を見て、二人は昔を懐かしむように微笑んでいる。

 タケフツさんとヒミカにとっては第二の故郷だと言っていたし、色々と思い返しているようだ。


「もうすぐ夜になるし、早めに宿取って自由行動にしない? 俺も行きたい所あるし」

「僕もこの辺りで失礼させてもらおうかな。組合への報告もあるし、仲間にも会いに行かないと」


 そう言ってシモンさんは、俺ら一人一人に握手を交わす、


「皆本当にありがとう。君たちがいなかったら、僕はあのカエルの餌になっていたよ。感謝している」


 シモンさんは最後まで紳士的に、そして爽やかに礼を言って立ち去っていった。

 俺たちはその姿が見えなくなるまで見送る。


「あんな感じの冒険者もめずらしいわね」

「そうか? 確かに多くはないが、ああいった男もいるぞ」

「ふーん、そんなもんなのね」


 すると大亮がキョロキョロと辺りを見回し始めた。

 周りの人たちを観察しているようだ。


「なんか今日は兵隊さんが多いね、タケフツさんのお知り合いもいるのかな?」

「探せばいるかもしれないが……しかし確かに多いな。何かあるのか……」

「あれじゃない? そろそろ緑園祭(りょくえんさい)が近いから」

「ああ……そういえば、あと一週間もすれば緑園祭か」

「緑園祭?」


 俺が尋ねると、タケフツさんが回答してくれる。


「まあ、この街で行われる大きな祭だ。残念ながら俺たちの予定では祭に参加はできないが、街を挙げて大騒ぎするんだ」


 街を挙げてのお祭りとは随分と豪快だ。

 そりゃ警備に力も入るだろう。

 予定上、そのお祭りを見る事ができないのが本当に残念だ。


「でもまあ、出店とか大道芸とかは今からでもやってるだろうし、雰囲気ぐらい味わえるんじゃない?」

「そうだな、じゃあそろそろ宿を探すか」

「賛成、私ももうヘトヘト……」


 日も傾いた事で、俺たちは今日の宿を探す事にした。

 幸い祭りが近くても部屋に空きがあり、俺たちは無事に体を休める事ができた。

 村と違って街にはまだ活気があり、街灯も灯っていて賑やかだ。

 ヒミカはかなりはしゃいでタケフツさんと出かけていった。

 ……すぐコクセキに向かうとか言ってたのに、結局ヒミカが一番楽しんでいるような気がする。


 というわけで、今部屋には俺と大亮の二人だ。


「一真はどっか行きたい?」

「んー、行きたいけど正直疲れたかな。出発は明後日だろ? 今日は早めに休ませてもらうよ」

「そっか、一真も長旅で疲れただろうしゆっくりしなよ。今日は奮発して温泉宿だしさ」

「……前から気になってたんだけど、道中で結構宿代とか食材とか、お前がぽんぽん出してて大丈夫なのか?」

「こう見えて冒険者としても結構稼いでるので、意外とお金あるのだよ」


 こらこらお札を扇子みたいにしてあおぐのやめなさい。はしたない。

 う、羨ましいなんて思ってないんだからね!


「はっはっはー、羨ましかろー羨ましかろー」

「くっ、くそう……!」


 こんな時まで心を読みやがって!

 憎たらしいったらありゃしないっ!


「ところでさ、最近あまりゆっくりできなかったし、せっかくだから一真の話とか聞かせてよ」

「俺ぇ?」

「そうそう、そういえばあまり聞いてなかったなって思って」

「……あんま聞いて楽しくなるような人生は送ってないけどなあ……」


 俺はタケフツさんたちが帰ってくるまで、大亮と色々な話をして盛り上がった。

 その後温泉に浸かり、疲れがたまっていたこともあってすぐ深い眠りに落ちていった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 一真と、タケフツの寝息が部屋に響く。

 大亮は音も無くむくりと起き上がると、そのまま外へと向かった。

 一切の音も気配もなく、よほど注視していないとその存在に気づかないだろうほど、大亮は静かに移動を続けた。


 やがて、一軒の倉庫に辿り着く。

 人が多くも広いソウエンには、こうした人気のない場所がいくつか点在している。

 ここもそんな場所の一つだ。


「お待ちしておりました」


 倉庫の前には、夕方別れたばかりのシモンがフードを被って待ち構えていた。


「軍団長がお待ちです。中へどうぞ」

「ああ」


 二人は灯りも付いていない倉庫の中へと入る。

 後には静寂だけが残った。

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