幕間:料理する大亮
結局あの後、甲冑蛙以外に大きなトラブルもなく、俺たちはその日の夜に休憩小屋まで辿り着いた。
事前に聞いていた通り、あまりこの湿原を横断する人はいないらしく、いくつかある休憩小屋に人の気配はない。どうやら俺たちだけのようだ。
まあこちらには女性もいるし、遠慮なく複数の小屋を使わせてもらおう。
シモンさんも、あの後俺たちに同行してソウエンまで行く事になった。
甲冑蛙の討伐に失敗したが、他に何匹か魔獣を狩ったのでその素材を売り捌きに戻るとのことだ。
ちなみに、タケフツさんが甲冑蛙の素材を分配しようとしたが、シモンさんは何もしていない自分が受け取るわけにはいかないと頑なに固辞していた。
冒険者というと荒くれ者のイメージが強かったが、この人は随分紳士的だ。
「や、やっと着いた……」
俺はというと、既に体力の限界にきていた。
湿原の中を歩くのは、普通の草原や道を歩くよりも体力を消耗するものらしいが、それに加えて魔獣の数が多かった。
大亮が言うには数が多いだけで、危険度は低いとの事で俺も戦闘に参加し続けたのだが……一日にこんなに戦ったのは初めてで、体中が悲鳴を上げている。
「情けないわね、あの程度で。アンタがもっとキビキビ動いてたら一、二時間は早く着けたわよ」
……ちょっとばかり優しい言葉を期待したが、ヒミカはそんな俺に鞭打つように叱責してきた。
しかし我々の業界ではそれもご褒美ですハアハア。ヒミカの整った顔で蔑むように睨まれ、罵声を浴びせられると何か目覚めてしまいそうだ。
「……一真って変態だったっけ?」
「いたってノーマルだ。そして心を読むな」
大亮がジト目でこちらを見ながら尋ねるが、俺はきっぱりとそれを否定する。
俺は決して変態ではない。ちょっとMに目覚めそうなだけだ。失敬な。
「じゃあ、今日はここで休んで明日七時には発とう」
「はーい」
「わかりました」
「ういうい~」
「りょ、了解……」
皆、それぞれに返事をして体を休める。
今日の夕食当番は大亮だ。
というか、先日までタケフツさんやヒミカが交代で調理していたのだが、何かのスイッチが入ったらしく最近はもっぱら大亮が調理担当だ。
二人の料理も普通に美味しかったが、食べることに関してはやたらとこだわる大亮が栄養バランスやらレパートリーやらに待ったをかけて現在に至る。
「ジャガイモを細切りにして炒め、そこに同じくらい細切りにした燻製肉を加え、その上に卵を乗せて目玉焼きにし、刻んだキノコとチーズを乗せ、しばらく蒸して塩コショウを振ったら『かくれんぼの目玉焼き』~♪」
「誰に説明してんだお前」
そしてなぜ料理名をネコ型ロボット風に言う。
調理中の大亮は普段よりもテンションが高めだ。よほど料理好きなのかよく鼻歌を歌っている。
たまに俺の好きなバンドを鼻歌で歌ったりしてるので、結構それで話が盛り上がったりもする。
なんでも大亮の兄がかなり音楽好きらしい。機会があればぜひそのお兄さんとは語り合いたい。
その他、和風スープとサラダ、米を用意して大亮はテーブルに並べた。
ちなみに異世界というと食べ物に米やら醤油やらが無かったりで苦労することが多かったりするが、何せここは和風な世界なので普通に米も味噌も醤油もあるのがありがたい。
食べ物にストレスを感じないというのは精神衛生上かなり大きい。
「むう……悔しいけど美味しいわね相変わらず」
「体にも良い食材や、傷みやすい食材を優先的に使っているのもありがたいな」
「いやあ、まさかソウエンまで同行してくれるどころか、こんな美味しい食事を御馳走してもらえるなんて、なんだか申し訳ないな」
皆からの評価は概ね良好だ。
もちろん俺も美味しくいただいている。いや美味いわコレ。
「大亮ってなんでこんな料理うまいんだ?」
「……うちの家族……女性陣が皆料理できなかったんだ……」
「あ……」
大亮が虚ろな目で遠くを見始めた事で俺らは全てを悟ってしまった。
ダメな姉を持って弟がしっかりしちゃったパターンだ。
よほどひどかったのか、どんどん大亮の目から光が抜け落ちていく。
「もういい、俺が悪かった。思い出さなくていいから大亮!」
「……はっ! 葵姉がホットケーキをガーリックステーキにした時の事を思い出してしまった……」
「どういうことだ!?」
この世にそんな錬金術を使える女性がいるというのか。いやいるわけがない!
大亮の見た幻覚だろうと信じたい。
とりあえず大亮の作った夕食は全員が完食する好評っぷりであった。




