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7話 魔獣退治

 とんでもない勢いで冒険者らしき青年と、巨大なカエルの魔獣がこちらに向かって来ている。

 こちらに近づけば近づくほど、カエルの大きさがよくわかる。

 ……っていうかデカすぎね?

 明らかに二階建てのビルくらいあるような気がするんだけど。

 しかも、遠目じゃいまいち風貌がわからなかったが、カエルなんて可愛らしい見た目じゃないような気が……。いや、元々カエルが可愛いとは思ってないけど。

 まるで、岩のようにゴツゴツとした肌。

 鋭く濃緑に光る目。

 大きく裂けた口と、毒々しい紫色の長い舌。

 ポーズがカエルっぽいだけで完全にただの化け物じゃねぇかよ。


「初めて見る魔獣だな」

「タケフツさん東大陸行ったことないの?」

「中央と西なら何度かあるが……」

「アレ東大陸でよく見る甲冑蛙(かっちゅうかわず)だよ。あんな大きいのは見たことないけど……、ここの気候で育っちゃったかな?」

「何で東の魔獣が南にいるのよ」

「知らない。積荷かなんかに混じって流れ着いたんじゃない?」

「呑気に話してていいのかよ!? もう来るぞアレ!」


 とんでもない威圧感を放つ化け物が迫って来ているのに、三人はノンビリとその正体を分析していた。

 豪胆にも程がある。


「いや、なんていうか魔獣を見ると狩るっていう考え、良くないよね。どうだろう、ここは慈愛をもって見逃してあげるのは」

「慈愛をもって、必死に逃げてるあの人を助けてあげてください……!」


 急に悟りを開いたようにイイ顔をしだした大亮の肩を掴み、俺は精一杯の気持ちを込めて懇願した。


「しょうがないなあ……助けるよ。サンジョウ兄妹が」

「俺らかよ」

「どんだけ戦いたくないのアンタ……」


 二人は呆れながらもそれぞれ武器を取る。

 タケフツさんは長めの刀、ヒミカは対照的に小太刀を逆手に構えながら、体から緑色のオーラのような物を発し始めた。


嵐刃(らんじん)!」


 ヒミカが叫ぶと、甲冑蛙の周辺に竜巻が発生した。

 竜巻に触れた甲冑蛙の体から斬撃を受けたような音が鳴り響く。

 しかし、甲冑蛙の硬質な体皮にはほとんどこうかがないようだ。


「あらら、甲冑蛙とは相性が悪いね」

「……そうね、体皮が硬すぎて斬撃系はあまり効かないみたい。あまり得意じゃないけどカエル相手なら雷電系を使った方がいいかも……」


 するとすぐそばで、タケフツさんの刀からバチィッと激しい放電音が響く。

 魔術は相手に向けて放つだけでなく、自身や武器に効果を付与させる事もできる。

 タケフツさんは後者の魔術が得意なようで、この旅でも何度か披露していた。

 そしてタケフツさんはものすごい勢いで甲冑蛙に向かっていく。身体強化もしたのだろう、明らかに普通の人間の速さではない。


「ふっ!」


 甲冑蛙に斬りかかると、斬撃の音と放電の音がほぼ同時に響き渡った。

 ヒミカの強力な魔術でも少ししか斬れなかった甲冑蛙の体に見事な刀傷が刻まれる。

 やはり剣士としてタケフツさんはかなりの域に達しているようだ。

 甲冑蛙は電撃を喰らってその動きを止める。

 水棲系の魔獣だけあって雷は弱点のようだ。


「た、助かった! ありがとう」


 命からがら逃げて来た冒険者が、肩で息をしながらも俺たちに礼を告げる。


「うむ、苦しゅうない」

「アンタ何もしてないでしょうが」


 ぽかり、とヒミカが大亮の頭を小突く。

 そのままヒミカは、大亮に「二人のお守りは任せたわよ」と告げてタケフツさんと共に前衛に出た。


「大亮は行かなくていいのか?」

「カエル系の魔獣は遠距離から舌伸ばして来たり、魔術使ったりするから、俺が離れたら一真とこの人が危ないよ」

「そっか……あ、大丈夫ですか?」


 俺は逃げて来た冒険者に声を掛ける。

 見たところこれといった外傷はないが、念の為の確認も兼ねてだ。


「あ、ああ……大丈夫だ。肩を少しやられたが、問題ない」

「そうですか、よかった……」


 ほっと安堵したところで、落雷のような激しい音が鳴り響く。

 音のしたの方を向くと、ヒミカの魔術が甲冑蛙に直撃したようだ。甲冑蛙は激しく痙攣している。

 雷系は苦手とか言ってこれかよ。

 ヒミカの魔術の腕も相当なものなんだろう。

 その隙を逃さず、タケフツさんが甲冑蛙の後ろ脚を切り刻んでいく。


「さすがにちょっとは手伝うかー」


 大亮は指鉄砲を甲冑蛙に向ける。

 そして——


焔矢(ほむらや)


 高速の炎の矢が一直線に放たれた。

 タケフツさんの攻撃していた方とは逆の後ろ脚を焼き貫いていく。


「す、凄い……僕が手も足も出なかった|弐中級級の魔獣をこんなにも……! 君たちは一体……」

「鬼より強い子供と兄妹と、ただの一般人ですよ」


 俺は苦笑いして冒険者にそう答えた。

 両後ろ脚を損傷した甲冑蛙は、ほとんどその場を動けずにタケフツさんとヒミカの攻撃を受け続けることになった。

 甲冑蛙の硬い表皮に少し苦戦しつつも、徐々にそして確実に弱らせている。

 相手が反撃の素振りを見せると、遠距離から大亮が魔術を放って動きを止める為、甲冑蛙はほぼ無抵抗に圧倒されるばかりだ。


「グゴァァァァア!」

「お、キレたかな」


 甲冑蛙は命の危機を感じたのか、急に体を大きく振り回し始めた。


「くっ」


 さすがのタケフツさんとヒミカも距離を取り、様子を伺う。

 が——


「悪あがきするなよ。もう飽きた」


 いつのまにか甲冑蛙の頭の上に、大亮が乗っていた。

 そしてその頭に指鉄砲を突きつける。


「焔矢」


 紅蓮の炎の矢が、甲冑蛙の頭をいとも簡単に貫いた。

 甲冑蛙はその体をぐらりと揺らし、そのまま地響きを立てて倒れ、果てた。


「弱ったなら一気に倒してさっさと先に進むに限るね」

「……まあ、先を急ぐ旅でもあるしな」


 タケフツさんが渋々と刀を納める。

 顔にははっきりと「最初からやれ」という想いが表れていた。


「討伐対象の魔獣をこんなにあっさりと……」

「さ、剥ぐぞ剥ぐぞー」


 そう言って大亮は甲冑蛙の硬い表皮や肉など採取し始める。

 やれやれと言いつつタケフツさんやヒミカも採取を手伝い出した。


「一真とお兄さんも手伝ってよー」

「あ、ああ悪い」


 俺と冒険者の二人も慌ててその採取を手伝う。


「冒険者のお兄さん、お名前は?」

「ああ、僕はシモンという」

「そうなんだ、俺らはね——」


 大亮が冒険者に近づいて、俺らの紹介をしつつ作業を進めていた。

 ……あいつ他人にこんな話しかけるキャラだったっけ?


「こら、ボーっとしないで手を動かす!」

「あ、ご、ごめんヒミカ」


 ちょっとした違和感はすぐに消えて失せた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「シモンさんはなんでこんな所に?」

「決まってるだろ? 僕は冒険者だ。討伐対象の魔獣を狩りに来て……情けない事にこのザマだよ」

「へー、そうなんだ」


 一真らと少し離れた場所で、大亮は先程から絶えずシモンに対し質問を投げかけている。

 本来あまり他人と話したがらない彼の性分を知っている者ならば、すぐに異様な光景だと思う事だろう。


「ねぇシモンさん」

「今度はなんだい?」

「お前何者だよ? 何の目的で俺たちに近づいた?」


 大亮の右手にはとても小さな短刀が握られており、その切っ先はシモンの喉元を捉えていた。


「っ!……な、何だ君はいきなり……」

「とぼけるなよ、あんたは意図的に甲冑蛙を連れて俺たちに近づいた。俺たちを殺したかったのか? あと、冒険者だってのも嘘だろ」

「な、何を……」

「この辺りは休憩小屋や小さい村々はあるけど、防具を新調できるような設備はない。どっかで冒険者風の格好に着替えたんだろ? 冒険者の装備がそんな綺麗なわけあるか」


 大亮は一目見た瞬間から、この人物が普通の冒険者ではないと見抜いていた。

 防具は別に新品というわけでもないのに、古い傷があまりついておらず、ほんの数回の戦闘でできたばかりのような傷しかない。

 貴族や商人のボンボン息子が、身の程知らずの討伐にでも来たかとも思ったが、周りに付き人らしき者もおらず、何よりシモンのさりげない身のこなしは明らかに素人ではない。

 大亮が一真の傍を離れなかったのは、甲冑蛙以上にこのシモンという得体の知れない存在が危険だと判断したからだ。


「……はあ、降参です。刀を納めてくれませんか。私はあなたと敵対するつもりはありません」


 シモンは小さく両手を上げて降参のポーズを取る。

 しかし大亮は一向に警戒を緩めない。


「……その若さでその危機意識、流石としか言いようがありませんね。だからこそ、貴方にお願いをしたいのですが……」

「……どういう意味?」

「正直に申し上げまして、私の目的は貴方一人です。

他の方々には用も危害を加えるつもりもありません。試すような真似をしたのも、謝罪致します」


 そう言ってシモンは胸元から小さなエンブレムのような物を取り出した。


「……あんた……そうか」

「はい。私は『中津解放軍(なかつかいほうぐん)』の者です」


 シモンはすっと大亮に近づく。

 大亮は少しだけ警戒を解いたようで、その接近を許した。


「ソウエンにて、そのお力をお貸し頂きたい。『紅眼(あかめ)』殿……!」

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