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6話 ナンビラ湿原

 ナンビラ湿原。

 南大陸東部を流れるナンビラ川とその支流を抱く、高天ヶ原(たかまがはら)最大の湿原である。

 野生の動植物に溢れ、有名な観光名所としても知られている。

 奥地には魔獣もいる為、危険なエリアもあるが南方警備軍の兵士や冒険者が絶えず監視しているので、大きな事件・事故はほとんど起きていない。

 その土地は非常に広大で、最短距離で歩いたとしても二、三日はかかる。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「というわけでナンビラ湿原でーす」

「おー」


 三日前ヒガン村を出発し、歩き続けた俺たちは近くの村で一泊し、今ナンビラ湿原の入り口へと辿り着いた。

 湿原というとなんとなく蒸し蒸しするイメージがあったが、そこまで不快な感じはしない。むしろひんやりとしている。


「今日の夕方には湿原の中心、中継地の小屋に着きたいな。そこで休んで明日の夜に湿原を抜けて村に泊まる」

「 いいんじゃないかな? ちょっと急ぎめだけど行けなくもないでしょ」


 小屋なんかあるのか。

 横断する人がいないわけじゃないし、そういう場所を設けないと危険なんだろう。


「ちなみにここ、マイマイ天国だからアンタよろしくね」

「うへぇ……マジかよ」


 この三日マイマイと幾度も死闘(?)を繰り広げ、すっかりマイマイ駆除担当みたいな位置付けになってしまった。

 まあ、確かにあれはいい訓練相手になるからちょうどいいのだが、あればかり相手にするのは結構疲れる。

 斬りづらいとかより、あのデカさのカタツムリが何匹も自分に襲いかかってくるのはメンタル的に結構クるものがある。


 しかしおかげで斬撃の精度や攻撃の引き出し、訓練の効果は飛躍的に上がった。

 実戦を経験した事で、訓練時により強く本番をイメージして動けるようになった。

 訓練も大事だが、やはり実戦というのは百の訓練に勝る。


「ここには結構ノロい魔獣多いし、別の魔物もそろそろ経験してみようか」

「お、マジか。どんなのがいるんだ?」

「単体で動く狼型の魔獣とか、スライム型の魔獣とかなら今の一真(かずま)ならいけるんじゃないかな?」

「おお……ちょっとレベル上がった感じするな」

「あとはそうだな……カエル型とか、フロッグとか、蝦蟇(がま)の魔獣は優先的に倒してもらおうか」


 ……どんだけカエル嫌いなんだお前。

 ってかここにいるカエル型の魔獣って確か討伐対象? だかに指定されたヤバい奴じゃないのか。

 そんなもんこっちだって御免じゃ。


「魔獣がいるのは中央部くらいだし、しばらくは歩くのに集中するけどね」


 そういって大亮は俺に手のひら大の綺麗な石を渡してきた。


「これは?」

「街道と違って魔獣もしばらく出てこないし、せっかくだからダメ元で魔術の方も練習をね」

「!」


 ついに来たか。

 俺自身も半ば無理だろうと理解しつつも、万が一使えるようになったらと胸が高鳴った。

 俺のような葦原中津国(あしはらのなかつくに)の人間は、魔力を生成・循環させる経絡(けいらく)が退化している為、滅多に使えないらしいが……。


「それ、俺の魔力を詰めてみたから。手のひらからその魔力が流れ込んで、血管から全身に廻るようなイメージで歩いてみて」

「ん、わかった」

「退化したとはいえ経絡が無くなったわけじゃないから、魔力や地脈に満ちた高天ヶ原で刺激してやればもしかしたら……程度なんだけどね」

「可能性があるならそれに賭けるさ。悪い事はないだろうし」


 貰った石をギュッと握りしめた。

 さっそく言われた通りのイメージを浮かべてみる。

 ……正直まだよくわからない。

 今まで一度も使った事のない体の器官を目覚めさせようとしているのだから、当たり前と言ってしまえばそれまでなんだが。


「それじゃあ早速行こうか、昼になったら休憩して飯にするから、それまでは歩くぞ」

「わかったわ」


 兄妹が先陣を切って歩いていく。

 俺はその後をついていき、最後方に大亮。

 この旅の中で、自然とこの隊列が形成されていた。


「一真大丈夫? 慣れない旅で疲れてない?」

「……疲れてないって言ったら嘘になるけど、気力は全然あるぜ」


 大亮はこの旅の中で何度もこうして俺を気にかけてくれる。

 旅に不慣れな俺にはその心遣いがありがたかった。


「そっか、気分悪かったりしたら遠慮なく言ってね」

「ああ、ありがとう」


 現在時刻は七時四十分、ここから昼まで何度か小休止を挟みながら歩き続ける事になる。

 万が一体調が悪くなったら、下手に我慢して迷惑をかけるより遠慮なく言うように、今朝方タケフツさんにも言われていた。


「って言っても少しは根性見せないとな……うっし行くぞ!」

「いいね、その意気その意気」


 背中を大亮に見守られながら、俺はナンビラ湿原へ一歩足を踏み入れた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


風切(かざきり)!」


 ヒミカの魔術で、風の刃が嵐のようにスライム型の魔獣に襲いかかり、その体を切り裂いていく。

 十体はいたスライムは、瞬く間に半分くらいに減っていた。


「やっぱりヒミカさんは対多数に長けてるね。おっとぉ」


 襲いかかってきたスライムを避けつつ、大亮も一体を返り討ちにする。

 背骨が直角に曲がったんじゃないかと思うほどのスウェーバックから、電光石火のカウンターでスライムを真っ二つに切断した。

 本当に大亮の動きはセオリー無視というか天才的というか、本人が「実戦の俺の動きは真似しない方がいい」と言うのもわかる。

 真似ようと思って真似できるものでもないのだが。


「ふっ!」


 対して、大亮が「よく見て参考にするといい」と語ったタケフツさんの剣撃はとても綺麗で無駄がない。

 基本をとことん積み重ねた合理の極致とも言える型は、素人の俺でも惚れ惚れとするほどだ。

 流れるように二体のスライムを仕留めていた。


「はい一真、一体行ったよー」

「うぉうっ」


 俺は慌てて、向かってきたスライムを見据えて構える。

 このスライム、スライムのくせしてスサササッと素早く動いてきやがる。

 にゃろう、スライムはスライムらしくプニプニのそのそスローリーに来いよ。

 すばしっこいスライムとか厄介な事この上ない。

 こいつもマイマイ並に斬りづらいのだ。


「うらあっ!」


 だからこそ、俺は突きを選択した。

 マイマイと初めて戦った時、マグレで仕留めた突き。

 斬りづらい相手にはこれも有効だと思い、タケフツさんの動きを見様見真似で再現してみた。


 ビッ!


 しかし気合も虚しく、俺の突きはスライムの体をかすめただけに留まる。

 そのままスライムの体当たりを食らうと思い、目を瞑ってしまったが、一向に体へ衝撃は訪れなかった。


「……?」


 恐る恐る目を開けると、大亮が後ろからスライムを串刺しにしていた。


「ピギィッ……!」

「切断しにくい相手に突きっていう選択肢は悪くないけど、ただでさえ命中率が低い上に鍛錬してない技でスピードのある相手を迎え撃つのは難しかったかな」


 そう言って大亮はスライムに突き刺した刀を引き抜く。

 

「でも、自分で考えて戦うってのはいい事だよ。この辺りには、まだ命の危険があるような魔獣はいないし、今のうちに実戦での判断力や思考力を磨くといい」

「そっちも終わったの? ならさっさと行くわよー」


 気付けばあれだけいたスライムも、既に全滅していた。

 この辺りの魔獣はさほど強くないとは聞いていたが、それにしてもこの三人がいると倒すスピードが半端なく早い。


「それにしても、ジメッとしてるわよね相変わらず」

「ヒミカは昔からここがあまり好きじゃないよな」

「湿気があると髪に変なクセがついたりするから嫌なのよ」


 入り口の辺りはひんやりとしていたこの湿原も、ある程度歩けば至る所に湧き水が溢れ、少なからずジトっとした空気が流れていた。

 確かにカエルやスライムといったタイプの魔獣が多そうな雰囲気だ。

 ……カエル型の魔獣を見つけるたびに、大亮が超遠距離から魔術で焼き払うから今のところ一度もカエルとは戦っていないが。

 こいつは一体カエルと昔何があったんだ。


「昔さぁ、田舎の夜の真っ暗闇の中でパッと灯りを点けたらね、もう何十匹というカエルが囲むようにこっちを見てたわけ……しかもこっちの光に反射して、目が光ってこっちを見てるんだよ……トラウマもんだよアレは」


 とは後の大亮の談である。


「でもなんだか、魔獣少なくないかな? 俺、逆から来た時もう少し魔獣いたような気がするんだけど」

「多分、ここに住み着いた大型の魔獣のせいじゃないか? 噂だと他の魔獣を喰らうらしいからな」

「うわー、何それきっしょ」


 タケフツさんの返答に、普段無表情な大亮の顔が露骨に歪む。

 しかしマイマイやさっきのスライムはそれなりに大きかったが、あれを食べるくらいのカエルってかなりデカいんじゃないだろうか。

 そんなデカいカエルなら大亮じゃなくとも気持ち悪いと思うだろう。


「まあ、そいつの縄張りは湿原の北部らしいし、そこに近づかなければ俺たちには関係ない。むしろ余計な魔獣が減ってありがたいくらいだ」

「んー、そうかなあ」

「どうかしたか?」

「湿原北部にいる魔獣の影響が、たった数日でこの辺りまで出るかなあ? もしかして移動してるんじゃないの?」

「ふむ……」


 タケフツさんは大亮の疑問に考え込んだ。

 俺は魔獣の習性なんか知らないからわからないが、二人には引っかかるところがあったらしい。


「ま、気にしないでさっさと進めばいいじゃない。この広い湿原でたまたま遭う確率も低いし、考えたって時間の無駄よ」

「確かにそうだな、先を急ごう」


 そう言って前を向いた瞬間——


「た、助けてっ! 誰かっ!」


 遠くの密林から悲鳴と共に若い男性が走ってくるのが見えた。格好を見るに冒険者か何かのようだが、どうやらかなりまずい状況らしい。


「何かに追われてるみたいね」

「ああ、一体何に——」


 タケフツさんが言い終えるより早く、バキバキバキッという音を立てながら密林から現れたのは、遠目からでもわかる巨体を大きく揺らしながら迫ってくるカエルのような魔獣だった。


「……」

「……」

「……見てしまった以上、無視するわけにもいかないだろうな」

「俺、不参加でいーい?」

「却下だ」

「……あんた、厄介ごとを引き寄せる呪いにでもかかってるんじゃないの?」


 こうして俺たちは見事なまでにフラグを回収する羽目になったようだ。

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