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4話 旅の始まり

 ついに出発の日がやってきた。

 予定の時間よりもだいぶ早く目が覚め、準備も前日に済ませていた俺は中庭で真剣の素振りを行なっていた。

 大亮(だいすけ)に言われた通り、体全体をしっかり使っている事、体のどこを使えばいいかを意識して一本一本丁寧に素振りを行う。

 鍛錬を始めたのは一昨日からだが、既に手はマメだらけだ。潰れたマメの上に更にマメができている。

 これは俺の成長の証。

 この痛みは、俺が変わってきている証。

 そう思うと自然と鍛錬にも力が入る。


「……精が出ますなあ」

「おぉ、おはよう大亮」

「ぐーてんもるげん一真(かずま)


 なんでドイツ語よ。

 大亮はまだ眠いのか目をこしこし擦りながら縁側にのそのそと現れた。

 

「今日は八時にここを出るからねー、遅れないように……ZZZ」


 ……ギリギリまで寝てるといいよ。

 よく食べよく眠る。多分だけど、こういうのも強さに繋がってるんだろうなあ……。


--------------------------------------


「ぼんじゅーる一真」

「なんでフランス語よ」


 あれから縁側で猫のように丸まって寝ていた大亮も、起床時間にはきっちり起きて旅立つ準備を終えていた。

 時刻はもうすぐ八時ちょうどになる。


「タケフツさんの挨拶回りが終わって合流したらすぐ出発するけど、一真は挨拶したい人とかいないの?」

「レンのお父さんには昨日挨拶したし、ロウさんも後で見送りに来てくれるって言ってたから特には」

「了解ー」


 そういう大亮は、と言おうとしたが、こいつは未だ村の人たちからいい目で見られていない。

 俺の事はシュウオウさんが誤魔化してくれたが、(やしろ)を壊した事や見張りの人を気絶させたのが大亮である事は、本人が自ら自白してしまっていたので誤魔化しようがなかった。

 旅の準備も思うように進まなかったようで、タケフツさんが代わりに色々買い出してくれたらしい。


「んー?」

「どうした大亮?」

「タケフツさんとロウさんの気配がする。挨拶回り終わってこっちに向かってるね」


 約束の時間きっかりに来るとはなんともタケフツさんらしい。

 久し振りの故郷だし、色々と積もる話もあっただろうに。

 そんな事を考えているとタケフツさんとロウさんが屋敷の門をくぐって姿を現した。


「おう、おはよう二人とも」

「おはよう」

「おはようございますロウさん、タケフツさん」

「はばりざあすぶひ」


 ……もはや何語かわからん。そして天丼にもほどがある。


「もう挨拶回りはいいの?」

「ああ、一通り全て回った」

「あれ、ヒミカさんいなくない?」

「……実はこの間少し喧嘩してしまってな。最近避けられててまともに話せていない」

「……ちゃんと仲直りしてから出発でいいよ?」


 タケフツさんとヒミカが最近ギクシャクしているというのは、ロウさんづてで俺も聞いていた。

 この旅が始まれば、またタケフツさんは長らく村に帰られなくなるだろう。

 ここで何も言わず出てしまうのは、あまりにもヒミカに酷なように思えた。 


「……いや、顔を合わせても、なんて言っていいかわからないんだ」

「ただ『いってきます』って一言だけでも違うと思うよ。伝える言葉がわからないなら、ありきたりな言葉に想いを乗せて伝えたらいい」

「……」

 

 タケフツさんはそのまま押し黙ってしまった。

 しかし大亮はホントに十五歳なんだろうか。一つ一つの言葉の重みと説得力が違う。

 どんな人生を歩んだらこの若さで貫禄みたいなものを纏えるんだろう。


「何じゃ何じゃ辛気臭いのう」

(おさ)


 縁側にシュウオウさんが現れ、暗くなりかけた雰囲気を和ませるかのように明るい声で話しかけてきた。


「ヒミカのことなら心配いらんぞ。あの娘は強い。心置きなく行ってくるがよい」

「長、それではタケフツとヒミカがあまりにも……」

「ロウよ、これは二人の問題じゃ」


 シュウオウさんは有無を言わせぬ迫力でその場を治めてしまった。

 確かに二人の問題だが……このまま兄妹が離れ離れになってしまってもいいのだろうか。

 ……ダメだ。部外者の俺が、どう口を挟んでいいのかわからない。


「……ふーん」

「……どうした大亮」

「いや、何でもないよ」


 思わせぶりにシュウオウさんを見た大亮は、そのまま屋敷の外へと向かっていく。


「じゃ、行こうか。確かに二人の問題だし、それでいいならさっさと行こう」

「お、おい大亮」


 急にそっけなくなった大亮を、俺は慌てて追いかけた。


「タケフツよ……達者でな」

「……はい。長もロウさんも、お元気で」

「うむ」

「おう、また帰って来いよ」


 ちらりと後ろを振り返ると、タケフツさんがシュウオウさんとロウさんに一礼し、こちらへ早足で向かってくる姿が確認できた。

 本当に、これで良かったのだろうか……。

 そんな事を思いながら俺たちは村の入り口の方へ歩を進めていく。


「あ、やっぱりいた」

「え? ……あ」


 村の入り口が見えてきたところで、人が二人立っているのが確認できた。

 栗色の髪の少女はユキ、そして遠くからでもわかる瑠璃色の髪の少女はヒミカだった。


「遅い!」

「……ヒミカ」


 ヒミカの姿を確認して、タケフツさんも少し驚いているようだ。

 対してヒミカは動きやすそうな格好に少し大きめの鞄を持って、ふんすとご立腹のご様子だ。


「八時に出るって行ってたのに、もう八時十二分よ」

「……いや、八時に長の屋敷から出るという意味で――」

「言い訳しない!」

「は、はい……」


 ……ヒガン村って女の人強すぎね?

 一瞬脳裏にカンナさんが浮かんだ。


「カズマさん!」

「あ、ユ……」


 ユキの名前を呼ぼうとしたところで、俺はフリーズしてしまった。

 ユキが急に俺に抱きついて来たからだ。


「ユ、ユキ?」

「……また……また遊びに来てくださいね?」

「……うん、いつか、必ず」

「約束ですよ?」


 俺は「うん」と頷いて、ユキと指切りをした。


「ヒミカ……」

「いいわよ、兄さんが一度決めたらテコでも動かないのは知ってるし」

「……すまない」

「いいってば。その代わり、絶対死んだりしないでよね」

「ああ、約束する」

「うん、よし!」


 そういってヒミカは鞄を肩に担いだ。


「じゃ、行くわよ皆!」

「「……は?」」

 

 俺とタケフツさんの声が見事にハモる。

 大亮だけは「ですよねー」となぜかうんうん頷いている。


「兄さんの言い分聞くんだから、私の言い分も聞いてもらうわよ?」

「いや、ちょっと待てヒミカ! さすがに今回の件ばかりはお前を――」

「うるさいバカ兄貴!」


 まるで骨の髄にまで響くような大声で一喝された。

 タケフツさんはすでに汗ダラダラだ。


「足手まといになんかならないわよ。兄さんがいない今、村で一番の戦士は私なんだから」

「……(あのジジィ)知ってたな……!」


 ……ああ、だからあんな感じだったのかシュウオウさん。

 (さと)い大亮はシュウオウさんの態度で何となくこうなることが分かっていたようだ。

 最近ヒミカがタケフツさんによそよそしかったというのも、こっそり旅支度を整えていたんだろう。


「さ、行くわよ野郎ども!」

「楽しい旅になりそうだなー」

「……はあ、もう仕方ないか」

 

 三者三様に村の入り口から一歩踏み出していく。

 その後ろ姿は、やっぱり頼もしく見えた。


「……ついていくぞ、絶対に」


 俺たちの長い旅が、こうして始まった。 

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