3話 本格的な稽古
「そうそう、バットみたいに手をくっつけないで、右手と左手は離す。右手の親指は鍔につけないようにね。左手は竹刀と違って少し柄頭を余らせて握る」
大亮は先程と打って変わって丁寧に基本を教えてくれている。
刀の握り方一つとっても、俺が全く知らない事だらけだ。
学生時代の剣道の授業とはまた違った事を教えられる。
「あと大事なのは手首の角度ね。柄と直角になるように握ると切っ先が上向きすぎるし、逆に下向き過ぎてもダメ。無駄な力を入れないで自然な角度で」
普段は二刀流の大亮だが、今は俺に見本を見せるために刀一本だけで指導してくれている。
「ちなみに刀は一振りとか一刀とか数えます」
「……ありがとう」
……こいつやっぱり心読めるって。
その後も大亮は一つ一つ丁寧に基本の動作や構えを教えてくれた。
説明は苦手だと言っていたが、実践して見せてくれたりするのでむしろわかりやすいほどだ。
「一真もしかして野球やってた?」
「え? わかる?」
「腰の横回転の仕方とか、最初の刀の持ち方とか色々そうかなって思うところが」
見ただけでそんなことわかるのか……。
「スポーツやってたなら色々教えやすいから楽だよ。ちなみに身体能力が高い選手と、運動神経の良い選手の違いってわかる?」
「は? え、いや……急に言われてもちょっと思いつかないけど……」
言われてみたら、何が違うのか具体的に説明できない。
足が速いとかパワーがあるとか……子供の頃はそれだけで運動神経が良いって言われたけど、何か違う気がする。
「運動神経の良い人っていうのは、普段から自分が身体のどの部分を使って動いてるか理解してる。『こういう動きをするなら、ここを使えばいい』ってわかってるから、大概何をやらせても上手い。身体能力が高いだけの人は、とりあえず力任せに一生懸命やるから、積み重ねたらすごいけど応用力がない場合が多い」
……おぉ。
すごいわかりやすい説明だ。
大亮はやっぱり教えるのが上手いと思う。
苦手なのは人に説明することじゃなく、長いこと話すことなんじゃないだろうか。
「さっきの最後の攻防覚えてる?」
「お前が片手で俺のフルスイング止めたアレ?」
「そうそう、アレ」
素人丸出しの動きとはいえ、俺が渾身の力で振った刀を大亮は右手の刀だけでいとも容易く防いでいた。
こっちが両手なのに、ほとんどビクともしなかった。
「アレもね、ぱっと見だと右手だけで止めたように見えるけど、実際には下半身と体幹も使って全身で止めてるから」
「……そんなに違うもんなのか?」
「そりゃ腕だけの力で止めるのと、背筋や下半身の大きな筋肉も使って止めるのじゃ全然違うよ。細かい事言えば、止める角度や位置も関係してるけど」
その後大亮は.3つの事を心掛けるように俺に指導した。
『自分が動く時、身体のどこを使っているか意識する』
『鍛錬の時、どこを鍛えているか、何の向上の為にやっている鍛錬かしっかり理解して行う』
『自分に最適な身体の使い方を覚える為、基礎練は毎日少しでもいいから行う』
やはり何事も基礎の積み重ねと、イメージしながらの鍛錬は欠かせないらしい。
「……んで、さっきから見学してるタケフツさんからも、何か指導することない?」
「……やはり気付かれていたか」
庭の古木の陰からタケフツさんがぬっと現れた。
……全然気付かなかった。
一体いつからいたんだ。
「最初から見てたよね」
「最後のあの片手受けは見事だったな。一真の反撃も、相手の虚を突く見事な返しだった」
「ああ、あれは良かったね。正直油断した」
第三者からも褒められると流石にちょっと嬉しい。
けど、思い上がっちゃいけない。
何度もそれで痛い目を見てきたのだから。
「しかし、なんでまたこんな面白いことに?」
「一真に戦い方教えてくれって言われたのさー」
「ほう」
……何故だろう、嫌な予感がします。
「じゃあ、俺とも戦って……」
「お断り致します」
我ながらとても綺麗なお辞儀だ。
ってかなんで皆俺みたいな素人と戦いたがるんだよ。
「冗談だ。本気にするな」
「……タケフツさんはどこまで本気かわからないです」
「ところで、あっちは教えないのか大亮?」
……あっち?
あっちって何のことだ?
「教えるも何もそもそも使えないから。ダメ元で色々試してみるけどまずは実戦的な方をね」
「なるほど」
「大亮、何の話だ?」
「ん、魔術魔術」
ああ、魔術のことか。
正直憧れはもちろんあるが、今更使えるなんて思っていなかったからすっかり忘れてた。
「ところでタケフツさんや、何かシュウオウさんに用事じゃないの? 今シュウオウさん留守だけど」
「いや、お前たちに用があった。お前たち、いつここを発つんだ?」
「明後日くらいかなー」
「そうか、ちょうどいい」
俺は大亮ときょとんとした顔で互いを見合った。
タケフツさんはそんな俺らを真っ直ぐに見据えている。
「コクセキに行くなら、俺も同行させてもらっていいか?」
「ん、いいよ」
早いなオイ。
いや、別に反対する理由なんてないんだけども。
「タケフツさんも、もうコクセキに戻るの?」
「ああ、戻るのも時間がかかるしそろそろな」
確か二、三週間歩いてそこから列車でコクセキに向かうんだよな。
考えてみたら結構な長旅だ。
旅が終わる頃にはかなり無駄な肉が落ちてる気がする。
「タケフツさんが同行するならこっちも楽だし、目的地も同じなら断る理由もないよ」
「ありがとう。俺も君と一緒だと道中心強い」
というわけでタケフツさんが旅に同行してくれる事になった。
少なからず大亮の負担も減るだろうし、俺としてもありがたい。
「さ、話も済んだし一真は基礎練の続きだよ」
「了解!」
その後俺は、一人でもできる基礎鍛錬の仕方をみっちり教わった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「あらあら、精が出ますねぇ」
「あら、カンナさん」
「……ど、どうも」
俺が疲労で大の字に横たわっていると、縁側にカンナさんが現れた。
しかし、基礎練とはいえ全身を使う事を心掛けるだけでこんなに疲れるもんなのか……。
いかに今まで、なんとなくで体を動かしていたのかがわかる。
「お茶と羊羹を用意しましたよ。そろそろ休憩になさったらいかがですか?」
「あ、もう一時間くらいやってたのか」
大亮が時計を確認する。
自分では一時間も経ってる感覚はなかったんだが、充実していると時間が経つのも早い。
「一真休憩だよー」
「お、おう……」
俺は悲鳴をあげる体をゆっくりと動かし、縁側に座った。
俺らの稽古をずっと見ていたタケフツさんも奥の部屋に上がってお茶を飲んでいる。
この人ほどの達人が、俺みたいな素人の鍛錬なんか見て楽しいんだろうか。
「はぁー美味しい」
大亮は羊羹を頬張り、目を細めて幸せそうだ。
この数日でよくわかったが、大亮は見かけによらずよく食べる。
多分野球部現役時代の俺と同じくらいは普通に食べてるんじゃないかと思う。
特に甘いものには目がないようだ。
「しかし一真はあれだね、筋いいと思うよ」
「ああ、俺もそう思う 。師匠の指導を素直に受け入れて、忠実に実行する分飲み込みが早い」
「大亮の強さも凄さも目の当たりにしてるし、教え方が上手いから反発する理由がないですよ」
大亮やタケフツさんと会話を交わしつつ、お茶で喉を潤す。
疲弊した体に濃い目の緑茶と羊羹の甘味が染み渡る。
しかし、そうか。いよいよ、明後日には出発するんだよな。
少しだけ緊張する。そしてワクワクもしている。
命懸けの旅で、浮かれるようなもんじゃないのはわかってるが、それでも男子として一種のロマンみたいなものを感じるのは仕方ないだろう。
「あ、そうだ一真。まだ首にあの紐つけてる?」
「ん? ああこれか?」
それは大亮が座敷牢で俺にこっそりとつけた、魔術を無効化する不思議な首紐の事だ。
俺があの蜘蛛女の前に勇気を出して立ちはだかる事が出来たのも、これの存在が大きい。
「それ、三回使ったみたいだから、もう効力ないよ」
「え?」
……回数制限あったのか。
もし知らずに制限越えで蜘蛛女の前に立ってたらと思うとゾッとした。
それにしても三回? レンの魔術を防いだのと、蜘蛛女の魔術を防いだのと……他に使ったっけ?
「若雷の防御障壁ブチ抜いて殴ったでしょ? あれ、その紐が無かったら障壁に弾かれてたよ」
「……そうだったのか」
つくづくあの時上手くいったのは、運が良かっただけなんだなと実感する。
まあ今後は自分の力で戦うって決めたんだ。
これがあったら心のどこかに甘えができただろうし、ちょうどいいと言えばちょうどいい。
俺は首紐を外して大亮に返した。
「あと、明後日は朝八時には出発して、夕方くらいには最寄りの村で宿取る予定だからね。明日は軽く基礎練だけやって明後日に備えるよーに」
「おう了解」
「ちなみに湿原は結構歩くししんどいよー。覚悟しといてね」
「その湿原ってどんなトコなんだ?」
「ナンビラ湿原は丘陵地から至る所に湧き水が染み出してて、色んな動植物を見ることができる観光名所でもあるね。夜には魔獣も出るから、何日もかけてまで突っ切ろうって人はそんなにいないけど」
観光名所と聞くと少し心が弾むが、やはり魔獣も出るのか。
浮かれっぱなしだと命に関わるな。気をつけよう。
「そういえば最近ナンビラ湿原の端に、大型の魔獣が住み着いたとか聞いたが……」
「あ、そうなの?」
「確か弐中級で冒険者組合の討伐対象になってたはずだが」
「へー、でも一真もいるし弐中級程度ならわざわざ寄り道してまで討伐するまでもないかな」
「……弐中級程度、とさらっと言えるあたり流石としか言いようがないな」
なんだか危なっかしい話が飛び交ってるな。
「ちなみにどんな魔獣?」
「確か……巨大な蛙の魔獣だったはず――」
「絶ッッッッッッッ対行かない」
……大亮、意外と蛙ダメなんだね。
友人の意外な一面が垣間見えた。




