表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/57

2話 心構え

「俺と()ろうか」


 初めての大亮(だいすけ)との稽古。

 もちろん生半可な気持ちで頼んでいたわけじゃない。

 俺だって相応の覚悟を持って臨んでいた。

 しかしそれでも、大亮の口から放たれた言葉はあまりに予想外で、俺は口をぽかんと開けた間抜け面でフリーズしていた。


「ほら、早く刀を抜いて抜いて」

「い……」

「胃?」

「いやいやいやいやいや! いきなり過ぎるだろ! お前と闘うとかタケフツさんやシュウオウさんならともかく、俺なんて瞬さ――」

「だったら俺から行くよ?」


 そう言って大亮は、一瞬で俺との間合いを詰める。


「ちょっ――!」

「はい、首ちょんぱー」


 大亮の右手の刀が、俺の首筋目掛けて横薙ぎに振るわれた。

 避けなければ確実に致命傷だ。


「うわぁっ!」


 俺は必死に上体を反らし、皮一枚でその一閃を避けた。

 無理な体勢で避けたせいで、バランスを崩してそのまま後ろへ転がるような形になった。


(こいつ、今本気で斬ろうと……?)


「はい次ー」


 今度は左手の刀を真っ直ぐに振り下ろしてきた。

 俗に言う唐竹割りの軌道だ。

 俺はしゃがみ込んだ体勢から横へ再度転がってそれを避ける。


 ビッ


()っ……!」


 剣先が足首の辺りにかすったらしく、熱いと錯覚するような痛みが走った。

 

「くっ……! いい加減に……!」

「いいからさっさと抜けよ。そろそろ本気で斬るよこっちも」


 ゾッとした。

 今まで見た中で1番冷たい表情。

 俺を、人を斬る事に何の躊躇いも感じていないような冷酷なその表情に、全身が総毛立ったような感覚に陥った。


「くそ……やってやるよ!」


 俺は刀を抜くのに若干手間取ったが、大亮は律儀に待っている。

 俺を斬る事自体は本気だが、全力で闘うつもりはないらしい。

 当然だ。そもそも大亮が本気なら俺は初撃でとうに死んでる。


「うん、刀の持ち方もメチャクチャだし腰引けてるし、見れたもんじゃないね」

「っ!……あ、当たり前だろ! 真剣なんて持った事ねーし! てかそれを教えてくれるんじゃないのかよ!」

「それはもちろん教えるけど、一番最初に一番大事な事を教えないと今後何教えたって実戦じゃ無意味なんだ……よっと」


 大亮はまた一瞬で俺との間合いを詰め、斬りかかってきた。

 咄嗟に刀で防御し、その攻撃をなんとか受ける。

 ……というより、大亮があえて刀に攻撃していたという感じだが。

 ガチガチになって強く握りしめていたおかげか、刀を弾き飛ばされる事はなかったが、手に尋常じゃない痺れが走る。


「ぐっ……!」

独楽斬(こまぎ)り」


 大亮は急にその場で高速回転し、その勢いのまま襲いかかってきた。

 いくつかの斬撃は刀に当たって防がれたが、俺の体中に赤い筋が刻まれていく。


 熱い、痛い。

 痛い、怖い。

 怖い、熱い。


 自分に対する明確な敵意。

 自分に対する明確な攻撃。

 それらが、これほど恐ろしいものだなんて思わなかった。

 いや、これは実際に経験しなければ絶対にわからない恐怖。

 少しずつ、しかし確実に死が近づくような、じわじわと迫ってくる根源的な恐怖だ。


 ——けど。


 ここでまた逃げるのか?

 特別にはなれないとふてくされるのか?

 やっぱり大亮にだけ戦わせて、守ってもらって元の世界に戻るのか?


 もう、情けなく逃げるのだけはごめんだ。

 ましてや仮にもこれは稽古。

 逃げなければ命の危険に関わるというならともかく、ここで逃げていたら俺は結局何も変わらないままだ!


「オラァァァッ!」

「!」


 大亮の連撃で刀をまともに動かせない俺は、刀は防御に費やしたまま肩から体当たりを仕掛けた。

 どうやら流石の大亮も予想外だったらしく、咄嗟にかわしたもののバランスを大きく崩した。


「らあっ!」


 刀の振り方なんてわからないが、バットを振る要領で思い切りフルスイングする。

 ガキィィンと、刀と刀がぶつかり合う甲高い音が響いた。


(……マジかよ)


 俺の渾身のフルスイングを、大亮はいつの間にか逆手に持ち替えていた右手の刀1本で完全に受け止めていた。

 なんとか押し切ろうとするが、こっちが両手なのに対し、大亮は片手だというのにビクともしない。


「……その体のどこにそんなパワーがあるんだよ……! それも魔術か?」

「いや、間合い詰める時には使ったけど、今は身体強化使ってないよ。パワーっていうより体の使い方だね」


 不意に、大亮は手首をくいっと動かし、刃先をズラしてするりと鍔迫り合いから抜け出した。

 俺は力一杯押し込んでいた事もあり、大きくバランスを崩して倒れこむ。


(やっ……べ!)


 この隙に斬られる、そう思った瞬間——


「合格合格。いや、大したもんだよホント」


 大亮は二刀をあっさりと鞘に納めてしまった。

 呑気に俺に拍手まで送ってくれている。


「……は?」

「一度叩きのめして体感してもらった後で、改めて決めてもらおうと思ったんだけど……想像以上だったねー、まさかやり合ってる最中に持ち直すとは思わなかったよ」

「ど、どういう事?」


 流れについていけずあたふたしていると、大亮が俺に手を差し出してくれた。


「俺は戦いで一番大事なのは、覚悟や気概。つまり心だと思ってる。どれだけ鍛錬しようと、気圧されたり心が折れたり、恐怖に支配されたら戦いに限らず何事もやる前から結果は見えてるからね」


 ……確かに、そうだ。

 野球でもバンドでも、どれだけいい練習を積んできても、当日その場の空気や雰囲気に呑まれて実力を発揮できないなんてのは何度も見てきたし、俺自身も何度か経験がある。

 特にこれから先の旅や戦いは、そういった事態が即命に関わってくる。


「一度実戦に近い形で恐怖を体感してもらって、それでも戦いたいのか改めて聞こうと思ったんだけど……少し野暮だったかもね」


 確かに、怖かった。

 けどあの瞬間、このままだと自分はずっと変われないと思った時、また体が勝手に動いた。

 大亮に斬りかかられるより、一生このまま情けない奴で終わる事の方が、とてつもなく怖く感じたんだ。


「精神論じゃなく経験談として言うと、どれだけ実力があっても心が弱かったら話にならない。逆に言えば、気持ちで負けてなきゃ実力差があっても勝機はあるから。それだけは忘れないで」


 そうだ。戦いを怖がってる場合じゃない。

 いや、怖がってもいいんだ。本当に危なかったら逃げるべきだ。

 けど、自分から戦う道を選んだ以上、覚悟しなければいけない。

 傷つけられる事、傷つける事。

 殺されるかもしれない事……殺すかもしれない事。

 全てを受け止める覚悟は正直まだないが、それでも、俺が進む道にはそういう事が頻繁に起こる。

 それを理解できているだけで、きっと実戦では大きく変わるんだろう。


「約束通り、俺でよかったら教えられる事は教えるよ。基本からこつこつと」

「……ああ!」


 ……俺も、少しは変われているのかな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ