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俺なんて異世界来てもこんなもん  作者: 弘前平賀
1章 異世界の始まり
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2話 邂逅

「見ぃつけた」


 血塗れの刀を両手に携えた得体のしれない人物は、そう言って俺に一歩近づいてきた。

 

(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ――)


 全身が危険信号を発しているのに、体は小刻みに震えるばかりで言うことを聞かない。

 

(逃げないと! 動けよ! 動いてくれよ!)


 ――消えたいのに自分で死ぬ勇気もない。


 (結局、誰かに消してもらう度胸もないんじゃないか!)


 本当に中途半端だ。こんな状況でも、いやこんな状況だからこそ自分の性根が浮き彫りになる。

 情けなさと恐怖で泣きそうになる。


(嫌だ! 死にたくない! 動け動けうごけウゴケ……!)


 奴と俺との距離は、もう最初の半分くらいにまで縮まっていた。

 その時――


「グルアアアアァァアアアアァ!」


 腹の底にずんと重く響く、この世のものとは思えない咆哮のような音。


「……は?」


 奴は歩を止め、顔を音のした方へと振り向けた。


(今だ!)


 まるで呪いにでもかかったかのように動かなかった体は、驚くほど素早く、奴が顔を向けた方と逆方向へと駆け出してくれた。


「ん?あ――」


 足場は悪いし、視界も良くないが、そんなことは御構い無しにひたすら全力で走った。

 こう見えて高校まで野球をやっていて、足の速さは部内でも上の方だった。

 全力で走り続ければ、この暗さだしきっと逃げ切れる。


 ずるっ


「うわっ!?」


 不意に足を滑らせ、前方へ転がり落ちた。

 どうやら斜面になっていたようだ。

 そこまで急な斜面ではなかったが、全速力で突っ込んでしまった分、かなり盛大に転がってしまった。


「いっ、て……」


 所々強く打ってしまったが、幸い足をくじいたりはしていないようだ。

 まだ走れる。もっと奴から離れないと……。


「グオァアアアアァァアアアアァァ!」


 さっきと同じ方角から、また咆哮が聞こえてきた。

 それなりに走ったはずなのに、むしろさっきより近くで聞こえた気がする。


「近づいてきてる……?」


 さっきの奴の他にもヤバそうなのが来ているなら、なおのこと早くここを離れないといけない。

 そう思って立ち上がると――


「グルルルルルル……」

「キィ! キィ! キィ!」

「シュアアアアア!」


 先ほどまでの静けさが嘘のように、ありとあらゆる方角から危険な鳴き声が響き渡った。


「なんだよ……! なんなんだよここは!」


 俺は恐怖を振り払うかのように、無我夢中で走り抜けた。

 途中、木の枝で顔や腕などに何度も赤い筋を走らせたが、痛みを感じる余裕もないほど切羽詰まっていた。

 ただ、走る。走り続ける。

 その先に何が待っているのかすらも理解せずに――


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「あー、しんどー」


 先ほどまで一真(かずま)と対峙していたフードの人物は、天を仰いでそう呟いた。

 足元には、つい数分前まで耳障りな咆哮を上げていた三メートルほどの異形の生物(・・・・・)が、血塗れで横たわっていた。


「なんで神域の中に()がいるのさ。びっくりしてあの人逃がしちゃった」


 恨めしそうに鬼の亡骸を睨みつけていると、どこからともなく女性の声が聞こえた。

 

「よく言うのぅ。すぐに追いかけるなり、さっさと全力を出して片付けるなり、いくらでもやりようはあったであろ……。めんどかっただけではないか」


 それは、その場に人がいたら確かに聞こえたであろう声。

 艶やかで美しい、妙齢の女性の声。

 しかし、その場にいるのはフードの人物ただ一人であった。

 

「……だってさあ、村人に気づかれないように森に入るだけでも一苦労だったのに、あげく二時間も魔獣狩りしながら人探ししてたんだよ? そりゃだるくもなるって」


 フードの人物がそう言って肩をすくめると、その真横……の空中(・・)に、この場には到底似つかわしくない金髪の貴婦人が、うっすらと浮かび上がってきた(・・・・・・・・・)


「というかの、大亮(だいすけ)。おんし、あんな殺気だだ漏らしな上に、抜身の刀なんぞチラつかせたら誰だって逃げるに決まっとろうが……。いくら戦闘直後だったとはいえ、あまりに軽率じゃったの」


 この世に重力というものが存在していることを忘れさせるかのように、ふわりと浮いている貴婦人に諫められて、大亮と呼ばれた少年は少し不満げであった。


「うるさいよビーチェ」

「これも愛ゆえよ。しっかり学んで妾好みに育つがよい」


ビーチェと呼ばれた美しい貴婦人は扇で口元を隠しケラケラと笑った。


「……その自慢の縦ロール引きちぎってやろうか(ぼそっ)」

「おんし今なんぞ言うたか」

「イイエナニモ」


 そんな漫才のようなやり取りをしていると、二人に念話が届いた。

 森に入った直後、大亮が斥候に放ったシルフ達のリーダーからであった。


『大亮ー! あのお兄さんヒガン村の方に向かっちゃってるよー!』

「うえ、まじか。色々面倒なことになっちゃうな」

『一応アタシ達で、魔物の声マネしたりして別方向に誘導してるんだけど……お兄さんかなりテンパってるみたいで全然効果ないんだよねー』

「アリエル、あの人が村に着くまであとどれくらい?」

『んーとねぇ、さすがにちょっとバテたみたいでペース落ちたけど……あと二十分もないかも』


 今更ながら、さっさと追いかけなかった事を大亮は後悔した。

 まさか土地勘もない一般人が、ほぼ最短ルートで村の方角へ向かうなど微塵も思わなかったのだ。

 そのあたりの運の悪さは、本人の日頃の行いなのか定かではないが。


「あー……しょうがない。そっち先に行くか」

「大亮、神体(しんたい)ならば妾とロゼッタで破壊してこよう」

「あ、ホントに? ありがたいけど俺いなくても大丈夫?」

「まあ、予定より時間はかかるじゃろうが、問題なかろ。当然、魔力は多めに供給せいよ」


 了解、と大亮が答えると、ビーチェはまたゆっくりと姿を消していった。


「さて、お兄さんを追いかけますか……」

『大変ー! 大変だよ大亮!』


不意にシルフのリーダー、アリエルから大音量の念話が届き、大亮は若干の目眩を覚えた。


「……どうしたのアリエル」

『さっきのお兄さんが走ってる先に――』


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ……なんだ、なんなんだ。

 一体なんなんだよここは!


 血塗れの刀持った危ない奴はいるわ、やかましいほど獣の鳴き声は聞こえるわ。


 挙句の果てに……なんだよこの状況は!


「い、いや……助け……」


 俺の目の前で、まだ幼い女の子が襲われていた。


 ――体長三メートルはあろうかという、昔話にでも出てきそうな、真っ赤な鬼二体に。

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