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俺なんて異世界来てもこんなもん  作者: 弘前平賀
1章 異世界の始まり
27/57

25話 俺なんて

「ちょっと! (おさ)まで何言ってるのよ!」


 ヒミカが声を荒げる。

 他の男衆は皆呆然としていた。


「ほっほ。久しぶりに滾る滾る」

「気をつけてくださいよ長、殺されるならまだしも興奮し過ぎて死んだなんて笑えませんから」

「こやつ生意気な事を」


 シュウオウとタケフツはそんな周りのことなど御構い無しに、はっはっはと笑い合っていた。


「イチャついてる場合かこのバカ共ー!!」


 あまりに二人が話を聞かず、ついにヒミカがキレてしまった。

 その顔は怒りで真っ赤だ。

 むしろヒミカの頭の血管が切れるんじゃないだろうかとタケフツは少し心配した。


「なんで二人がそこまでするの!? もしかしたら、あいつのせいでこんな事になってるかもしれないのよ? 放っておけばいいじゃない!」


 ヒミカの声は悲痛で、その顔はもはや泣きそうだ。

 二年ぶりに大好きな兄が帰って来て、皆と一緒に楽しく過ごすはずだった日に、何故こんな想いをしなきゃいけないのか。

 何故、大好きな兄を失うかもしれない状況になっているのか。

 ヒミカは気丈に振る舞っていたが、もう頭の中がぐちゃぐちゃでわけがわからなくなってしまった。


「……ヒミカ、心配いらない。長もいるし、彼を助けたらすぐに戻ってくる。無理はしない」


 タケフツはそう言って、ヒミカの瑠璃色の髪を撫でる。

 ヒミカはついに堪えきれず、ぽろぽろと涙を流し始めた。


「……必ず、皆で無事に帰ってくるよ」

「……行かないでよ」

「決めたら聞かないのは知ってるだろ?」

「……知ってる」

「俺がお前に嘘ついたことがないのも」

「……うん」


 ヒミカは、もう二人を止める事が出来ないと悟った。

 この二人は昔から頑固だ。

 だからヒミカにできる事は、もう——


「じゃあ私も行くからね」

「……はいぃ?」


 バカな男二人を、しっかりと見張る事ぐらいだ。

 ヒミカがそう宣言すると、タケフツはあまりに間抜けな声を出してしまった。


「行くわよ、私も」

「いや、あの、ヒミカ」

「行・く・わ・よ」


 タケフツは知っている。

 自分を始め、この村の人間は大概頑固者が多いが、一番の頑固者がこのヒミカだという事を。

 あんな危険な場所に、可愛い妹を連れて行けるわけなどない。

 しかし、こうなったヒミカを止められるのはもはやババ様ことカンナだけだ。

 タケフツは内心躊躇ったが、自身も自分勝手な言い分を呑んでもらってる以上、もはや何も言えなかった。


「……俺の後ろにいて離れるなよ?」

「言われなくても」

「話はまとまったかの」


 シュウオウが兄妹に問いかけると、二人はこくりと頷いた。


「ロウ、そういう事じゃ。ここは任せるぞ」

「はい、あと一時間もせずに皆で出立できるかと思います。……ご武運を」


 シュウオウ、タケフツ、ヒミカが早速社へ向かおうとした時、ユキが駆け寄って来た。


「ユキ、まだ走ったら危ないよ?」

「どうしたんだユキ」


 ユキはついさっき屋敷から、村人たちと共に広場へとやって来たばかりだ。

 カンナはまだ屋敷周辺にいる村人たちを誘導しており、こちらへは来ていない。


「カズマさんは?」

「え?」

「カズマさんが、さっき屋敷(うち)から出て行ったっきり見当たらないの」

「!?」


 一真は少し前に屋敷を離れ、一人で行動していた。

 てっきりもう広場に来ているのだとユキは思っていたのだ。


「ユキ、一真殿は何か言っておられたか?」

「ううん、何も……けど、何か真剣な顔してた」


(村の要所は、うちの者たちが避難指示に向かっているはず……他に目が届かない所……一真殿が行きそうな場所は……)


 シュウオウは思考を巡らせ、一真の行動を推測し、やがて一つの答えに至った。


「まさか……!」


 そう、そこには今誰もいない。

 真っ先に一真が向かっただろう座敷牢とその周辺。

 そして先程までタケフツたちが防衛し、今は引き上げている森への入り口には、今誰もいない。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 やっと、人の気配が無くなった。

 先程まで鬼気迫る怒号と悲鳴が聞こえてきた森の入り口には俺以外誰もいなくなったようだ。

 

 屋敷を出たはいいものの、考えてみたらこの村の地理を全く知らない俺は大亮がいそうな場所の心当たりなどあるわけもなく、とりあえず来た道を戻って座敷牢へと向かった。


 しかし、座敷牢に戻ってみても大亮はいなかった。

 格子が明らかに刃物で斬り裂かれたように開けられ、人の気配など全く感じなかった。


 しばらく辺りを探したが大亮の姿はなく、俺はもう一つの知っている場所へ、そう、この森の入り口へと足を運んでいた。


 明らかに何事か争いが起きている状況で、俺ができた事は情けないが身を隠す事だった。

 しばらくすると、大きな歓声の後でタケフツさんやヒミカたちが洞窟からぞろぞろと出てきたが、その中に大亮の姿はなかった。


 ……あいつが、この騒ぎの渦中にいないっていうのは考えられない。

 きっと、あいつはこの先にいる。

 なんでかはわからないけど確信めいたものを感じた。


 正直、怖い。

 昨晩あれだけの目に遭って、また同じような危険に巻き込まれるかもしれないんだ。

 怖くないわけがない。

 

 けど、どうせ俺にはもう失うもんなんてない。

 あるのはこの体と命一つ。

 だったらせめて俺を助けてくれたあいつの、何かの役に立てたら、それで俺の空っぽな人生にも少しは意味ができるかもしれない。


 いや、俺なんかのことはどうでもいい。

 あいつだけは死なせない。

 死んでほしくない。

 きっとただそれだけだ。


 二十二年も生きて子供のままで。

 異世界にまで来ても俺は役立たずで。

 周りに迷惑ばかりかけて。


 俺なんて異世界来てもこんなもん。

 

 けど、特別じゃなくたっていい。

 誰かを助けたいって気持ちを。

 このありきたりな感情を。

 失ってしまったら俺はきっと普通ですらなくなる。


 見せてやるよ。

 他の誰でもない俺自身に。

 凡人の意地ってやつを。

 凡人のプライドってやつを。


「健康筋トレ青年をナメんなよ……やってやるよ!」


 俺は、俺にとっての始まりの場所。

 あの森の中へと入っていった。

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