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俺なんて異世界来てもこんなもん  作者: 弘前平賀
1章 異世界の始まり
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1話 知識として知ってても、実践できるかどうかは別問題

「やべぇ、ここどこだ……」


 俺は割れるように痛む頭を抑えながら、なんとかその言葉を絞り出した。

 どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。

 泥酔した挙句、千鳥足でふらふらと歩き回って眠りこけるなんて漫画みたいな事を自分がするとは夢にも思わなかった。


 ――しかも、こんな森の中で。


 一真(かずま)よ。なあ、秋沢(あきさわ)一真(かずま)よ。

 酔っ払ってたのはわかる。たいして強くもないのに有り金全部酒に変えて飲んで、そりゃもうベロベロだった。

 にしてもよぅ、迷い込む場所を考えろよ。

 どんだけ酔ってても真夜中の、月明かりしかないような森になんか入るのがどれだけ危険だかわかるだろうよ。


 つか、マジでどこだよここ。

 冷たい空気から仄かに香る木と土の匂い。

 風が吹くたびに、音楽のように鳴る葉擦れの音。

 申し訳程度の月光しか差し込まず、限られた視界でもなんとかここが森だと推測はできた。


 しかしあまりにも暗い。街灯も建物の光も全く見当たらない。それだけで自分がこの森のかなり奥深くにいることが理解できた。

 確かに結構歩いた気はするけど、ウチから歩いて行ける範囲にこんな広い森あったか?

 ダメだ、思い出そうとすると頭痛がひどくなる。後にしよう。

 

 とりあえずあれだ。こういう時は無闇に動かない。夜の森を歩くなんて危険すぎるし、そもそも歩き回れるような状態じゃない。

 明るくなるまで休んで、行動するのはそれからだ。常識だよね。

 携帯? シラネ。多分部屋に置いてきた。



 よし、歩こう。たぶん三十分も経ってないけど。

 寒いんだよ! 夜中の森がこんなに寒いとは思わなかったわ! このままここにいた方が体力を奪われそうだ。それにじっとしていると、思い出したくもないことまで思い出して余計にしんどい。

 

幸い目も暗闇に慣れてきたし、自分の足元くらいはなんとか見えるようになってきた。

 動物やら崖やら危険がいっぱいの山じゃあるまいし——さすがにウチから歩いて行ける距離に山などなかった……はず——ゆっくり慎重に進んでいけば、命に関わるような事態にはならないだろう。

 体はだるいし、頭痛も治まっちゃいないが、灯りの見えるあたりまで歩いてみよう。

 

 ゆっくり、ゆっくりと、一歩ずつ前へ進んでいく。多少目が慣れたとはいえ、暗闇の中を移動するというのは思っていた以上に集中力を要した。

 視界が限定されているせいか、やけに足裏の感覚が鋭敏で、今自分が歩いている場所が土の上なのか草の上なのかすぐに判別できた。


 どうやら多少なり人の通りはあるようで、土と草の境界がはっきり分かれて道のようになっているらしい。ほんの僅かな視界と足裏に伝わる土の感覚を頼りに進んでいく。

 道があるということは、このまま進んでいけばゴールがあるということだろう。そう思うと不安も薄れ、気持ち足取りも軽くなった気がする。


 しかし、こういう時は自分にホラー耐性があってよかったと思うな。

 夜の森なんていかにもな状況でも、霊的な恐怖は感じていない。

 お先真っ暗でも案外前に進めるもんだな! あっはっはっは。

 ……やめよう自分を傷つけるのは。

 

 しかし本当にここはどこなんだろう。

 バイトが休みの日によくポタリングしたもんだが、こんな大きな森を見た覚えなどない。


 ……あれ、そもそも今何時だ? 確か夜中の三時近くまで家で飲んでて……そのあと酒が尽きて結構歩いて……しばらく眠って気づいたらここにいて、休んで歩いて。

 ……とっくに明るくなってる頃じゃないか?


 夜風のおかげか少し歩き回ったおかげか、徐々に頭が回るようにはなってきた。

 普通に考えたらおかしい。

 酔っぱらいの足で、自転車でも行けなかったような場所にある森の、それも奥深くまで歩けるか?

 なぜこれだけ時間が経っているのに一向に陽が射さない。

 なぜ


 ――さっきから生き物の気配を何も感じない。


 急にぞくり、と背中を蛇のような悪寒が走り抜けた

 鳴き声も、羽音も、足音も何もない。葉擦れの音だけがただただ響いている。

 まるで自分以外の生き物が、この世からすべて消えてしまったような錯覚に陥った。

 

 恐怖心が堰を切ったように流れ込み、体中を支配した。

 金縛りにでもあったかのように指一本動かせない。

 全身の血が冷たくなって、鼓動は荒ぶっている。


 夢なのか? 幻覚でも見ているのか。

 それとも、狂ったのか――。

 

 最初から、薄々勘付いてはいた。

 もしかしたら俺は恐怖を感じていなかったのではなく、無意識に気づいていないふりをしていたのかもしれない。

 このあまりにも非現実的な状況に。

 このあまりにも不気味な空気に。

 ただ森に迷い込んだだけではないと本能で感じてしまうような、不思議な感覚。


 ざぁっ……と、ひと際大きな葉擦れの音が鳴り、月の光が濃く差し込んできた。

 そして――、見た。


 俺の二十メートルほど前方に、音もなく人が立っている。

 顔は……ボリュームネックの服でフードを被っていて、よく見えない。

 遠目だから断定はできないが、おそらく身長はそこまで高くないように見える。


 そして、両手に持っている異様なそれ(・・)に、嫌でも目がいく。


 ぽつん……ぽつん……。


 赤い液体がそれ(・・)から滴り落ちている。

 ああ、もう誰でもわかるだろう。

 血だ。誰がどう見ても血にしか見えない。それしか連想しない。


 だって、奴が両手に持っているのは、月光に照らされて妖しく光る、刀だったのだから。


 冷たくなって全身を駆け巡っていた血流が、すべて心臓に逆流してきたようだ。

 呼吸すらまともにできず、金縛り状態だった体は小刻みに震えだした。


 そんな俺を嘲るかのように、奴は笑った。

 この薄暗い中フードを被っていても、何故か奴が笑ったのがわかった。

 そして、男のようにも女のようにも、子供のようにも大人のようにも聞こえる声で、奴は言った。


「見ぃつけた」



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