俺の終わりと彼女の始まり
取り扱い説明です
……昔の話だ。
夢を見た。
夢を描く夢だ。
俺は世界の創造主で、世界は俺の思うままに形を変える。
何もかもが想像通りで、何もかもが理想通りの完璧な楽園。
そんな世界で、俺は願った。
理想の世界の、理想の住人。
それは少女の形をしていた。
美しく、儚く、それでいて豪胆で、夢のように朧げな、白雪の少女。
まだ幼さを残したあどけない顔立ちは、彼女の勝気な言動とは対照的に、小さく、それでいて弱々しい危うさを内包している。
白と黒の絹糸で紡がれた着物のような装いが、彼女細かな一挙手一投足にいたるまでを流麗な仕草へと変化させる。
ただ1つ、吸い込まれそうなほど黒く煌めく双眸は、いつもどこかを寂しげに見つめていた。
腰にまでかかる透き通った白い髪が、通り去る風に乗ってふわりと揺れる。
世界の創造主…傍観者である俺が、その美しい髪に触れられることは無い。
だからこそ、忘れてしまわないように、俺は彼女に名前をつけた。
その名をーー
ーーーー
「白雪」
夢を見ているようだった。
「なんだ、忘れてはおらぬではないか、世は嬉しいぞ。とても嬉しい」
幻覚を疑う。
だが、そこにあるものは紛れ間も無く現実で、確かな熱量と質量を持っている。
「どういうことだ…?」
思考を遮る無数の疑問が、そんな言葉になって虚空へと消える。
しかし、それは虚空ではなかった。
「それは私が説明いたしましょう」
どこからとなく、声がした。
「誰だ?」
ふと、背後を振り向く。
突如として現れたのは、スーツに身を包んだ薄ら笑いの男。
中年ほどの年の平均的な背丈、体格、街に出れば1人くらいは見かけるような、ありきたりなサラリーマンのような姿の男。
しかし、男の放つ気配はそんな和やかなものとは全く異質の、まるでこの世のものではないような、そんなざわめいた感覚を感じさせた。
「誰だ…とは、個体名称のことでございますでしょうか?申し訳ございませんが、私に名称というものはございません。なにしろ、そういった文化が存在しないものでして…」
とはいえ、と男は続ける。
「呼ぶ名が無いというのも、なかなか困りものですね…」
チラリと、民家の壁に貼られた自動車広告のポスターを一瞥して、男が頭を下げる。
「それでは、豊田とお呼びください」
「んな適当な…」
「さておき、貴方様の抱えている疑念をご説明させていただきます」
薄ら笑いを浮かべたまま、豊田が説明するように語りかける。
「貴方様にはこれから、《世界》を作って頂きます」
「……は?」
唐突すぎる展開に耳を疑う。
世界を作れだと?
説明になっていない。
それではまるでーー
「神そのものではないか……と、そうお考えですね?」
思考を見透かすかのように、豊田が冷たく笑っている。
「ご明察でございます。貴方様方はこの《世界》の神、いわば《創造主》に選ばれたのです。《世界》とは文字通り、言葉通りの《世界》です。貴方様に与えられた《ソレ》は、《想造力》と呼ばれる、『想いを現実に造り出す力』。そのため、貴方様の一番強く想うものが、現実へと顕現されているのです」
俺の隣に立つ白雪を指差して、淡々と豊田が言葉を並べる。
「つまり!貴方様がこの世界をどうしようが、それは自由!焼こうが、埋めようが、吹き飛ばそうが、ぶち壊そうが、それは全て、貴方様の自由なのです!」
大きく手を広げて語気を強める豊田を慌てて遮る。
「ちょっと待て!いくつか質問させてくれ」
「私に回答可能な範囲であればなんなりと」
「まず、なんで俺なんだ?神様になる権利とか、特別な能力とか、そんなの欲しがってる奴なんて世の中にいくらでもいるだろ?なんでそんな奴らを差し置いて、わざわざ俺にそんな話が来た?」
「ごもっともなご質問です。まず前提として、この世界にいる人間は、この世界自体に干渉することはできません。よって、神の権利を与えられる人物は、この世に既に存在しない人物ということになります。その意味、お分かりですね?」
「あぁ……」
なるほどと膝を打つ。俺は先の自殺で命を、ようは元いた世界を手放したのだ。つまり、俺は死んでからこの《全てを造れる世界》とやらに連れてこられたというわけだ。
確かにそれなら選ばれたのが俺であることにも納得がいく。
「じゃあ、この世界で俺はどういう風に見えてるんだ?」
「単純でございます。誰からも認識されず、誰からも感じ取られない、こちら側の言葉で言うとそうですね……幽霊のようなものかと」
「てことは、誰も俺を見られないのか」
「まぁ、貴方様がこの世界で起こした行動は全て世界に干渉されるので、建物を壊したりなどすればそれはそのまらま世界に痕跡として残るわけですが……それに厳密には誰もいないというわけではございませんがね」
「どういう意味だ?」
「先ほど申し上げました通り、《想造力》を手に入れた人間はこの世に存在しない人物でありますので、あぁ、もちろん死後しばらく経てば魂や人格は《世界》の管轄外に置かれてしまうので……そうですね、いわば貴方様の死んだちょうどあの一瞬、同時に命を落とした人物という表現が望ましいかと」
「……嘘だろ」
何を考えてる?
ふざけてるにもほどがある。
そんなことをすればーー
「潰し合い、でも起こりそうですねぇ」
「そんな生温いもんじゃねぇ、殺し合いになる」
「まぁまぁ、そう怖い顔をなさらずに。それに、案外共存や和解という新たな道もあるかもしれませんよ?」
その直後、豊田の体が陽炎のように揺らいだ。
「それでは、私はこのあたりで失礼させていただきます。」
「ちょっ、待っ」
「願わくば、今がより良い世界になることを祈って」
瞬間、そこにはまるで元々何もなかったかのように、そこにいたはずの男の全ての痕跡が、消滅した。
「マジかよ……」
死んだら神様の力を貰って、世界造っていいよ、だけど他にも神様いるけどなって言われて世界に放り出された。
異世界転生ものの主人公達心情が、俺には全くもって理解できなかった。
もうダメだ……もっかい死ぬか。いや死ぬ前に誰かに殺されるか。
「……しゅさま、……造主様、創造主様よ!」
「ってうぉお!白雪お前、いたのか」
「存在も忘れ去られたのか妾!?創造主様ちょっとあまりにも妾のこと忘れすぎじゃなかろうか!?」
「うっ、なんかすまん」
「まぁ良い。して、これからどうする?創造主様よ」
「これからどうする、か……」
正直何も決まっていない。
なぁ俺、大嫌いでクソみたいな世界とはめでたくおさらばできたぞ。
ここはお前の大好きな、『何かを造れる世界』だ。
それじゃあお前は、一体どうする?
「とりあえず、メシでも食うか」
「了解したぞ創造主様よ!む、なんだか、創造主様という名前は長ったらしくて不便じゃな。のう創造主様、そなたの名前はなんという?」
「加藤……加藤レイだ。レイでいいよ」
「了解したぞレイよ!うむ、なんだかこちらの方がしっくりくる気がするな!」
「そりゃよかった」
1人では果てしなく広大で寒々としたこの世界は、何故だろう、たった1人増えただけなのにどこか、少し暖かくなった気がした。