彼女の夢みた世界
世界が、創り変わる。
それは、終わらない夢のように。
それは、果てしない海のように。
どこまでも続く荒野を、想いのままに創り描いていく。
不可能は、いつしか当たり前の日常へと名前を変えて、新しき物が、新しき物を古き物へと変えていく。無尽蔵の可能性は、人の想いを、思考を、常識を、いとも容易く凌駕する。
1秒ごとに、世界は変わる。
それは人間に与えられた、唯一無二の力…
創造は、人の想像を超えていく。
ーーーー
俺は、ビルの屋上に立っていた。
そんなところで何をするのかといえば、もちろん答えは簡単で、なんの面白みもないほどに単純だ。
自殺。
俺は、自分の人生に絶望していた。
「そうだ」
ふと、思いついて声をあげる。なに、誰がみているわけでもない。どうせ最後だ。人生の回想シーンにでも浸って、ゆっくりと生を諦めることも、悪くはない。
ーーー
何かを創るのが夢だった。
それはなんでも構わない。
ただ、自分にしかできない何かを、創り出してみたかった。漠然としすぎて、自分でも何が何だかよくわからない。だが、そんな子供の思いつきのような夢は、常に俺の心の中に住み着き、少しづつ、されど確実に大きくなっていった。
けれど、世界は俺の矮小な想像なんて、とっくの昔に超えていた。俺の創るものは、どこかの誰かがいとも容易く創っていて、俺がどんなに足掻いても、誰かが常に先にいる。俺の創造の限界は、いつまで立っても、どこかの誰かを超えられない。
そうして、俺は意味を失った。
生きることすべてを、夢のために賭けてきた。
夢を叶えることだけを、生きることすべに賭けていた。
現実が日毎に訴えかけてくる。いつまで無意味なことをしているつもりだ…と。
全くその通りだ。
だから俺はこの世界をリタイアすることにした。当然、俺が消滅したところで、世界はなにも変わらない。なにも変えられないから、俺はここに立っている。
それは仕方のないことで、どうしようもないことなんだと、そういう風に言い聞かせて、無理やり感情を押し殺している。
「かっこわりぃ…」
そう呟いて。
足場を蹴り出した。
ーーーー
落ちる。
凄まじいほどの風圧が、死の予感となって臓腑の隅々を満たしていく。加速度的に近づいてくる、終わりの瞬間。俺がこの世界からいなくなるのに、もう数秒と時間はかからないだろう。死を目前とした人間には走馬灯が見えるなんてよく言うが、俺には見えるほどの思い出すらないらしい。全く、本当に最後まで、俺は下らないモブキャラのままだったみたいだ。
そろそろ終わりだ。
そっと、眼を閉じた。
「ッ!?」
違和感。
肌がザラつくような、体が痺れるような、ほんの少しの不快感。
何かがおかしい。
眼を開く。
嫌にゆっくりと時間が進んでいる。高速で落ちていく視界が、細切れになって一時停止を繰り返す。
刹那。
感じたのは、ありえないほどの浮遊感。体が、一瞬で地面から遠ざかっていく。置き去りになった思考が、想定外のエラーに満たされる。
ただ呆然と、窓に映った間抜けな自分と、それを抱き抱える少女の姿を眺めることしかできない。
…少女?
まとまらない思考が、違和感の元凶に気づいた頃には、俺の体は、無機質なコンクリートの道の上に立っていた。
「どうした、創造主様よ。狐にでも化かされたような顔をして?」
背後から声がする。ひどく、聞き覚えのある声だ。停止していた頭が、ゆっくりと動き始める。
「お前…は…?」
振り返る。
問いかけるまでもない。
知っている。
俺は知っているのだ。
俺の眼前で不敵に笑う、雪のように儚く、美しい少女のことを。
「忘れ去られていたとは悲しいな創造主様よ。やっと余は、そなたと同じ大地に立つことができたと言うのに」
ーーーー
1秒ごとに、世界は変わる。
だからこそ、世界を悲観するべきではない。悲観した世界なんて、ほんの1秒で新世界が塗り替えていくんだから。
それじゃあ、今度こそ語ろう。また回想シーンかよ、と笑えばいい。
ここから先は、俺と少女の、世界を創る物語。
さぁ、コンテニューだ。