夢と王女
『ねぇ………』
誰かが呼んでいる。
そっと目を開けると、ふにゃりと笑った顔が視界いっぱいに広がる。その人は少年と青年の間くらい、まだ大人になりきれてないそんな歳なのだろう。彼の瞳と髪は青空のように綺麗な色をしている。
『なあに?』
無意識に自分も返事に応えながら、そよ風に靡く桃色の髪を耳にかける。その髪の色を見て、この『自分』が本当の『自分』ではないことに気づく。いや、もっと早くに気づいていたかもしれない。
また、いつもの夢?
毎日、自分ではない、他の誰かの夢を見ている。
彼女はいつも仮面をして素顔を少年には見せていなかったが、どう見ても二人は想い合っていた。
『また』
少年が静かに口を開く。少しだけ桃色の髪の少女が次にくる言葉を拒んでいるのが伝わってきた。けれど、彼女は彼の瞳を真っ直ぐに見詰めていた。少しずつ苦しそうに歪んでいく少年の顔を見て、胸がギュッと締め付けられるような感覚にさらされたのは自分の良心からか。それとも…………
『また、来てね。待ってるから』
*****
「ん、むぅ……」
窓から差し込む日差しで目が覚める。
もう、起きちゃったんだ。
まだ完全に起きていない体を無理矢理動かして上半身を起こす。不機嫌に見えてしまうかもしれないが、朝は強い方ではないし、眩しいのが苦手という理由もある。まあ、他にもいろいろあるのだけれど………。
ベットのから降りて伸びをして、赤レンガの壁をつたって、窓のカーテンを閉めた。
「ふう。これでよし。」
適当にクローゼットからドレスを引っ張り出して、自分の真っ白な髪を適当に束ねる。まあ、ドレスといってもそんな何着も持ってないし、ほとんどが姉達のおさがりだ。まあ、毎日悩むよりはいいのだけれど。
「ラフィリエーネ様。そろそろ」
いつの間にか背後のドアの辺りにメイドが一人立っていた。彼女を見たことがないのできっと新入りなのだろう。赤い目で彼女を見ると、小さな悲鳴とともにビクリと肩を揺らし震え上がった。
そんなに自分、怖いかな?
無言で頷くと、メイドは逃げるようにして戻っていった。一人で来いと言うことなのだろうか。まあ、そんなことには慣れているが。
キィ…………
軋むドアをあけ、部屋を出る。長い螺旋階段をドレスの丈をあげながら、ー段ずつずつ降りていく。
降りていくにつれ、段々あたりが明るくなっていき、視界が白くぼやけていく。
これだから明るいところは嫌なのに……。
階段が終わり、目の前にあった玄関のドアを開ける。
「うっ………」
思わず声が漏れる。
今日は雲一つない晴天で思った以上に太陽の光が眩しくほぼ見てえいない状態になってしまった。
「おはようございます、ラフィリエーネ様」
ぼやける視界でなんとか馬車と深々とお辞儀をしている使用人を確認する。さっきのメイドではなく、白い立派な髭を持ったベテランの方だ。
手を借りながら馬車へ乗り込み、カーテンを締めると視界が大分鮮明になる。ここから王都の中央にある教会へ行くのだ。
「では出発します」
その言葉にコクリと頷く。
自分の家はほかの家族が住む王宮ではなく、離れの薄汚れた塔だ。アルビノだから明るいところが苦手というのもあるのだが…………、
「あ、魔女だ」
「ホントだ。魔女がいる」
ヒソヒソと何処からか数人の声が聞こえる。
『魔女』それは聞き慣れた言葉だった。この国では魔女を嫌い、魔道士や聖女を好む。あんまり境界線は分からないけど、邪悪だと思うものはとことん嫌いらしい。
幼い頃、感情が不安定な時期があり、一度、魔力が暴走してしまった事があった。幸いにもすぐに王宮の魔道士達が駆けつけたので、怪我人や死人を出すことは無かった。
その件で普通に接してくれていた家族も使用人達も自分を避けるようになり、いつからか『魔女』と呼ばれるようになり、あの塔に連れていかれたのだ。
距離的に城下町に出たはずなのだが、賑やかな声は聞こえず、代わりに微かな苦しげな呻き声が聞こえる。
その呻き声に私はこれからしに行くことに決意を固める。
待っててね。
*****
教会に着くとある部屋に誘導される。薄暗いのは自分への配慮だろうか、その部屋には、一人の同い年くらいの少女が待っていた。
「あっ、いらっしゃいませ、ラフィリエーネ様」
美しい少女はふわりと笑う。彼女は聖女であり、友人のジュリアだ。皆から慕われ、自分とは正反対の存在。
「では、来て早々急がせるようで悪いのですが、転送の方を始めてもよろしいですか?」
無言でコクリと頷く。
ジュリアはせっせと動き、強いてあったカーペットを剥がす。
そのにあったのは、床いっぱいに書かれた魔法陣だ。真ん中に誘導され、静かに目を閉じる。
「これから、『最果ての森』の前まで転送します。全ての民衆たちの未来を、どうか」
ジュリアは祈るように手を組み、何かを唱えている。私もそれに倣って同じ呪文を唱えると、急に辺りが静かになる。
瞑っていた目を恐る恐る開けると、目の前には大きな木が生い茂っていた。
「ここに、あの人が……」
戦が栄えていた400年前から生きているとされる魔道士。その人に今から会いに行くのだ。
本当にいる保証はない。だけど、自分はいるような気がしたのだ。
『最果ての森』。世界の果てにあり、その森から帰ってきた者は一人もいない。400年前の戦で、森の精霊たちの怒りを買ったからだと言われている。
そんな森に自分は1歩、足を踏み入れたのだった。
観覧ありがとうございました!