61話:二日目の朝
まーた一か月ですね。この調子で大丈夫だろうか……。
コロナは未だに収まりませんね……十分に気を付けて生活してください。
滞在二日目の午前九時。早朝のランニングを終えたミヒロはすぐにログインを済ませていた。
朝方のため人通りは少ないが、装備を整えた者たちがコロシアムへと向かっているようだった。国内を循環する微かな風が頬を撫でる。だが早朝にもかかわらずコロシアムを始めとした各場所から既に熱気が溢れて止まらない。
「ふはー! よしっ、気合入れてくぞー!」
期待に胸躍らせ大きく背伸びをしたミヒロは、一直線にコロシアムへ駆けて行った。
* * *
受付の女性に損傷率と登録情報の確認を行った後、係員に案内され控室へと移動する。
そこにはすでに多くの選手たちが集まっていた。複数のベンチとポートログ以外にめぼしいものは設置されていない。
「おー、強そうな人たちがいっぱいだ……」
控室では各々が大会に向け集中力を高めており、最後の仕上げと言わんばかりにトレーニングに励む者もいる。武器も装いも十人十色、ただ共通して実力に自信のある者たちだけがこの場に集っている。
落ち着ける場所はないか、と少し奥へ進むと壁に背を預けたまま腕を組んで立っているレウルを発見する。〝夜斬り〟の存在感は他の参加者の視線を集めるほどであり、多少なりと目立っていたため発見は容易だった。
ミヒロが発見し駆け寄ると同時に、レウルも足音でミヒロに気付き壁から背を離した。
「来たか」
「レウルおはよー。早いね」
「昨日やることはやっておいたからな。優勝する気しかしない」
「自信満々だねぇ。本番になったら手加減なしでね?」
「当たり前だ」
自分の場所を確保できたことで一息つくと、知り合いがいないか辺りを見回す。
「……エンジュは来てないんだ?」
「みたいだな。あの喧しい奴もまだだ」
「喧しい奴……あ、レイジスか。そういえばいないね」
「いたらいたで絡まれるから構いやしないが」
「あはは、そだね……」
一旦会話が途切れる。大会参加者が続々と控室へ通される。さほど広い部屋ではないため、控室は幾つか用意されている。ミヒロたちがいる部屋には既に三十人ほどが待機していた。
レウルは再び壁に背を預け、瞑目して集中力を高めていた。
だが途中で横の存在が気になりそちらへ目を向ける。そこには自身と同じように背を預けるミヒロがいた。ミヒロは鼻歌を歌いながら、他の参加者の武器を興味深そうに眺めていたが、視線に気づいたのかレウルの方を向く。
「どしたの?」
「……なんでわざわざ隣に陣取る?」
「え? 知り合いと一緒がいいから、かな。……ダメ?」
体格差もあって首を傾げたミヒロは自然と上目遣いになる。男だが女顔負けの容姿を持つため破壊力は抜群。
「っ……。……勝手にしろ」
レウルも例に漏れず動揺するが、悟られないように瞬時に顔を逸らした。
不思議そうにするミヒロだったが、視線を逸らされてから文句を言われないため納得してくれたのだと思った。
「うん、そうするっ。ありがとうね」
礼を言って再び辺りを見回す。その後もミヒロは話題が浮かぶたびにレウルに話しかけていたが、反応は薄く軽い相槌を打つ程度だった。
また、昨日のギルドの一件を聞いた者たちから二人は注目を集めていたのだが、その視線を気にすることは無かった。
* * *
「……皆……イナ、イ……?」
ログインしたヤナはセリアとシマへ挨拶を済ませ治療院を出ていた。昨日のセリアによる治療は無事に終了し、損傷率は0%となっている。
「……何、シヨウ……」
ログインした時間は九時半。ミヒロが来て三十分ほど経過していた。治療院内にミヒロはおらず、セリアからミヒロが闘技場へ向かった旨の話をされたことで動向は掴んでいた。
ミヒロに会えなかったことを残念に思いつつ、これからの行動に悩んでいると、ヤナを呼ぶ声と駆け寄る足音が聞こえてくる。
「ヤナさんっ」
声を掛けたのはスノウだった。その額や頬には汗が伝っている。朝早くから【オーグラン】内でヤナを探し回っていたのだ。
「……! 昨日、会ッタ……」
「はい、スノウです。昨日はザーラさんがすみませんでした」
会って早々スノウは深く頭を下げる。あの一件の際に薬を渡したが謝罪をしていないことを思い出したのだ。
「……大、丈夫」
「……その、怪我の具合はどうです?」
「……平気」
ヤナ自身は既に割り切っており、ザーラの件も気にしていなかった。むしろザーラの強さに驚きと共に感心していたほどだ。
「はぁ……良かったです」
怪我を負わせてるので良くはないんですけど、と心の中で自虐しつつ、一旦落ち着くために深呼吸を挟む。
改めてスノウはヤナの様子を窺う。
怪我もなく、初めて訓練場で出会った時と同様の落ち着いた雰囲気のまま、何かを探すように左右に視線を向けている。視線と一緒に首も動き、より遠くを見ようと小さく背伸びをする。その動きは小動物を連想させた。
『良かったらヤナに付き合ってあげてよ。心配なんでしょ?』
昨日の酒場外でのミヒロの言葉を思い出す。
実際、スノウは心配で仕方がなかった。早朝からヤナを探していたのもそのためだ。また騒ぎに巻き込まれていないか(ザーラに絡まれてないか)。ミヒロと別れてからもその不安は拭えなかった。
「……」
「……?」
スノウの動きが止まっていることにヤナは小さく首を傾げる。その視線にスノウが気づくと、慌てて取り繕うように話題を捻りだす。
「あ、えっと……今日は何をするんですか?」
「……何カ……食ベ、ニ行キタイ……」
(……ミヒロさんの言う通りですね……)
お腹を擦りながらまた周りをキョロキョロし始めるヤナに、スノウは呆れつつも【オーグラン】の地図を出現させる。
「私でよければ、案内しましょうか?」
「……イイ、ノ?」
「はい。……というかむしろ、私が一緒でもいいんですか?」
「……何デ……?」
理解の出来ないヤナは純粋に聞き返す。スノウの問いはザーラと同じギルドに所属する自分と行動を共にするのは嫌なのではないか、という思いによるものだった。
「……いえ、大丈夫ならいいです! じゃあ最初は軽く食べられるものが良いですよね~。えーっとお店は……こっちです」
その答えに少し安心したスノウは、地図を見ながら指を差して歩き始める。日本語が不自由なことを今までの会話で察していたため、ジェスチャーも交えることにしていた。
「……ン」
ヤナもとてとてとスノウの後ろをついていく。
街道は朝早くから大賑わい。大会前という事もあり早朝に比べ人の波は大きくなってきていた。客を引き寄せる宣伝、大会参加者たちの喧嘩や怒号。こうした人々の喧騒によって国に活気が満ちてゆく。
波乱の一日を予感させるには、十分すぎる熱気だった。
* * *
場所は変わりミクモ宅。
「ん……う~……?」
時刻は九時半を過ぎた頃。目が覚めたのはサタマルだ。だが開けた視界に入ったのは天井ではなくテイの寝顔だった。
テーブルに突っ伏したまま寝落ちしていたのだ。二人の肩には毛布が掛けられており、体を動かせば節々に痛みが走る。
「……あれ、朝か……?」
「ん~……ふあぁ~~……サタマル、どうしたの……?」
サタマルの声に気付き、テイも欠伸をしながら目を覚ます。サタマルと同じく寝落ちしたことに驚いていた。
「テイ。寝てる間に朝になったみたいだぞ」
「え……。昨日ご飯食べてない気がするんだけど……」
「それどころか風呂にも入ってねェ気が……」
部屋に電気は点いていないため仄暗い。テーブルには飲みかけのグラスや空の皿。家の中では物音一つしない。二人の記憶はエンジュが訪問し、ミクモを交えた四人で会話をするところまで。その後どうなったかは把握できていない。
「……ま、いいんだ。俺ミクモ先生起こしてくる」
「うん」
テイはテーブル上の食器類の片づけに入り、サタマルは二人分の毛布を手に階段を駆け上がる。
だがその数分後……ドタドタと大きな足音を立てて階段を下りてくる。その際に足を滑らせ一回転しながら転がり壁に激突する。
あまりの物音に食器洗いをしていたテイもサタマルの元へ駆け寄る。
「何やってるの!? 大丈夫!?」
「ってて……ってそれどころじゃねェんだ! せんせーがいねェ!」
「え!?」
「ベッドが空になってたし、いつも持ち歩いてる鞄もなくなってた! 外出するときは俺たちがそばにいなきゃいけねェのに……!」
サタマルが部屋に入った時、ベッドはもぬけの殻で、普段外出する際に携帯する鞄も机の上から消えており一層閑散としていたのだ。
その部屋の様子から、ミクモは病を患った虚弱な状態で外出したと踏んだのだ。
「すぐに探しに行かなきゃ!」
「あぁ!」
二人は片付けのことなど忘れ、急いで家を出る。
行先も外出した時間帯も不明で、当てなどない。だが考える時間が惜しかった。探さずにはいられなかった。
(もし外に出て時間が結構経ってるなら、倒れててもおかしくねェ……!)
(無理したら死んじゃうかもしれないのに……どこに行っちゃったの!?)
家の中ですらまともに行動することが難しいミクモの状態に、長時間の外出は体に大きな負担をかけることになる。外出先で死亡していても不思議ではない。
ミクモの存在は、二人の全て。命を救ってくれた恩人だ。
絶対見つけ出す。絶対助ける。ただその一心で、二人はがむしゃらに駆け出していった。
場面はこの話以降も何度も切り替わるので、何とかついてきてください。よろしくお願いします!
見直しする時間が足りない……。




