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ArteMyth ―アルテミス―  作者: 九石 藜
オーグラン編
62/67

58話:食べようよ

遅れてすみませんでした。あつ森と海賊無双4が楽しすぎるのがいけないんです。


世間はコロナのニュースでいっぱいです。皆さんも感染には十分に気を付けてお過ごしください。また、感染した方は一日でも早く治り退院できることを心からお祈りしています。


というわけで本編です。


「さて、こいつはほっといてどうしよっか?」



 トリバを捕まえた二人はザーラのいた酒場の向かいの家の屋根の上にいた。

 ミヒロは気絶したままのトリバの背中を踏む。トリバの顔周りはキラキラが広がっており、時折刺激臭が鼻を襲う。吐瀉物の処理をトリバに全て任せたが、それが終わった途端に気絶し、同時に再び腹の中の物をぶちまけてしまったことでトリバの周りだけ汚物塗れとなっていた。


 ミヒロがザーラに尋ねるが口を噤んだまま答えない。しかしお腹は正直で、くぅと可愛らしく鳴った。



「なんだ、ザーラもお腹空いてんじゃんか」

「っるせーよ」



 ミヒロが揶揄うとザーラは顔を少し赤く染めそっぽを向いた。先程までの張りつめた空気から、一転して和やかな雰囲気となっていた。



「どっか適当なお店で一緒にご飯食べようよ。さっきゲロ吐いちゃったから胃の中空っぽだしさ~」



 ミヒロはザーラに背を向け辺りを見渡し始める。



「……別に一緒に食べる必要ねェだろ」

「私は一緒が良いけどな。せっかくなんだし」

「あたしの話聞いてたのかぁ? あたしの食事には酒が要る。酒が入れば周りに絡んで暴れ出す。どう考えても、楽しくもねェし飯だって不味くなるだろ」



 引き下がらないミヒロに苛立ったザーラは、眼つきを鋭くして語気を強めた。


 一度泥酔状態になれば、抑えが利かない止められない。


 彼女自身、断酒を何度も試みた。飲酒と断酒の狭間に揺れ、幾度となく苦しんだ。しかし一日でも酒類を断つと、次の日は苛立ちが収まらなくなる。指や腕が痙攣することもあったほどだ。

 断つにしろ断たないにしろ、良い方向に転がることは無い。それを知っているからこそ、ザーラは意図的に距離を取ってきた。……()()()()()()()()()




 だが、ミヒロはそれでも離れない。離れようとしない。


 ザーラの言葉に、ミヒロは振り返って笑顔を向けた。





「別に? 私は誰かと食べられるだけでも楽しいよ。きっとザーラともねっ」





 屈託のない笑顔にザーラは固まった。今しがた戦闘を繰り広げた相手に、なぜ楽しそうな笑顔を向けられるのか。自らを殺そうとした相手を、なぜ食事に誘うことができるのか。



「……」

「みんなの話で危ない人だって聞いてたんだけど……。こうして話してると案外違うね。きちんと話が通じる人で良かったよ~」



 混乱するザーラを余所にそう話すミヒロだったが、それはあくまで今のザーラを相手にした感想だ。泥酔状態のザーラではない。



「……今は酔ってないからなぁ」



 暴走しても止められるのか。そういった意味を込めた言葉だったが、ミヒロは一向に怯まない。



「じゃあ、実際にベロンベロンになってみる? とことん付き合うよっ!」

「……」



 ザーラの沈黙は、驚きか、呆れか。


 暫く無言の時間が流れたが、その静寂を破る声が下の道路から飛んできた。





「ザーラさん? そんなところで何やってるんですか?」





「ん、誰だろ?」

「……ちッ」



 ミヒロが道路側へ近づき下を向くと、二人の男女と視線がぶつかる。酒場を出て戻らないザーラの様子を見に出てきたスノウとカオンだった。

 視線が合った瞬間にミヒロは身を強張らせるが、相手の視線や表情に敵意がないとわかると、手招きをして元いた位置へ戻る。

 二人はジャンプして屋根へ到達すると、ミヒロとザーラの他に、吐瀉物塗れで倒れる男性を見つけ眉間に皺を寄せる。



「ねぇ、なんでその人の周り汚物塗れなの?」

「あ、あはは……。こいつのせいかなー……」

「ほっとけぇ。殺さなかった分マシだと思って寝かせりゃあいい」



 ミヒロは苦笑いしながら冷たい瞳で男性を睨み、ザーラが吐瀉物のない場所に立ち横っ腹をげしげしと蹴った。



「はぁ……何があったかわかりませんがやめてあげてください……」

「やめてあげてって言われてもねぇ……。でもほんとにこいつどうしようかな。さすがにこのままほっとくのは家の人に迷惑だし……」

「その辺のごみ箱にでも突っ込んどきゃいい。ったく、気絶後にもゲロりやがって……」

「ねぇ? 結局私たちが掃除しなきゃ……。ザーラも手伝ってね」

「嫌に決まってんだろ。一人でやれ」

「ザーラも当事者でしょうがっ。私だって嫌なんだから我慢して」



 二人は会話を続け、その内容にスノウは呆れてため息を吐く中で、カオンは一人違うことを考えていた。



(……へぇ、あのザーラさんが……)



 ギルド内の者ですら打ち解けることのなかったザーラが、隣にいるミヒロと仲が良さそうな空気だったからだ。現に今も二人して会話しながらトリバをぐりぐりと踏みつけている。カオンはそれを興味深そうに眺めていた。



「ほんとに何があったんですか……」

「いろいろねぇ。それよりあなたたちは? もしかしてザーラのお仲間さん?」

「……そうだ」

「初めまして。私はスノウで、こっちはカオンと言います」

「どうもどうも。名前はヤナから聞いてるよー。私はミヒロ。以後よろしくっ!」



 ヤナから、という言葉に二人揃って反応する。呼び方からヤナと親しい存在であると瞬時に察せられたからだ。



「ヤナさんから? お知り合いなんです?」

「うん。ギルドの仲間だよ。私が団長やってんの」

(! この人が、ヤナさんの言っていた……!)

(団長さん、ね……。全然強そうには見えないけど)



 団長、という言葉で二人はさらに反応を示す。ヤナが凄いと絶賛していた人物が、あどけない()()だと知り、スノウは目を丸くし、カオンは逆に目を細めた。


 二人の反応を余所に、ミヒロはポンポンと話を進める。



「それで、昼間に訓練所で会ったって話だったけど合ってるよね?」

「はい、私の方もヤナさんがあの後どうなったのか気になっていたので……無事ならよかったです。……あ、うちのザーラさんが何かしませんでしたか? 酒場を出て行ったっきり戻ってこなかったので……」

「そうだったんだ。えーっとね、ここ通りかかったら止められて、戦えって言われたから戦ったくらいかな。それも今終わったとこ」

「ふーん……。結果は? 勝ったの?」

「引き分け、って言っていいのかな……。なんか有耶無耶な感じになっちゃって。一応どっちも負けは認めてない」



 ミヒロはザーラをちらと見やる。ザーラは体ごと視線を逸らす。だがむくれた表情や腕を組み一切ミヒロを見ない態度から、不満げな様子が隠しきれていなかった。



「……あたしは負けてねェ」

「ね?」

「あ、あははは……」

「戦ったって言うわりには、どっちもあまり怪我してないみたいだけど……」

「あぁ~……」

「このバカの薬で治ったんだ。感謝する気も起きねェけどなぁ」



 ザーラは再びトリバの横っ腹をげしげしと蹴る。トリバの意識は未だに回復しない。

 だがそれは不幸中の幸いだった。ミヒロとザーラの、トリバに向ける視線が何一つ変化していないため、起きていればまた悲惨な目に遭うことになっていたからである。



「治してもらったなら感謝するべきでは……」

「そういうわけにもいかないのよ。あ、二人はどっか美味しいご飯食べられるとこ知らない? 私もザーラもお腹空いちゃって」



 お腹に手を当てながら苦笑いで二人に尋ねる。戦闘後に嘔吐したことで胃の中が空っぽになり戦闘前より空腹感が増していた。



「なら、迷惑かけたお詫びも兼ねて、俺たちがいる酒場に来てよ。すぐそこだから」

「そうですね。ミヒロさんさえよろしければ、ご一緒にどうですか?」

「いいの!? やったぁ! よーしさっそく入ろうっ!! あ、テーブルはどこに座ればいいのかな?」

「水色の髪のレイジスという人と、茶髪のヨウロという人の所に座ってください」

「水色と茶色ね、りょーかいっ! ……でもまずはこいつを適当に別の場所に置いてこようかな」



 二人の提案にミヒロは大いに喜ぶと、寝転がるトリバを担いで軽快な動きで屋根を下りる。スノウは行動の速さに驚きつつも手伝うために後を追った。


 カオンもそれに続こうとしたが、微動だにしないザーラが気になりふと振り返った。



「……」

「ザーラさん? どうしたん?」

「……ちっ。……おい、布っ切れあるかぁ?」



 ザーラが頭をガシガシと掻きながら注文すると、それがおかしくてカオンは思わず吹き出してしまう。



「……何笑ってんだぁ」

「いやいや、何でもないよあはははは! じゃ、じゃあ俺は酒場から雑巾か何か適当なの持ってくるんで!」



 睨むザーラから逃げるようにして、カオンは酒場へと入っていった。





   * * *





 酒場は賑やかさを取り戻し、各々のテーブルで乾杯の音頭がとられている。椅子もテーブルも倒れている場所もあったが、多少の騒ぎは店側も了承済み。疲れを癒すため、みな好き放題飲み食いしている。


 リアルにはない祭りのような酒場の風景。ミヒロはその光景に目を輝かせながら、スノウの言われた特徴を持つ二人のテーブルへ近づいていく。一緒に行動していたスノウは外の二人と合流して一緒に吐瀉物処理をしているため、ミヒロ一人で入店していた。



「水色と茶色、水色と茶色……っと、ここかな」

「……あァ?」

「どうも。隣座るよ」



 ミヒロは軽く挨拶して席に着き、メニューを広げる。レイジスは不機嫌さ全開で睨み、ヨウロはきょとんとした様子で見つめていた。



「誰だてめェ」

「私はミヒロ。ヤナの仲間ね。外でいろいろあって相席することになったから。そっちの人もよろしくね~」

「……え、え……あ、こちらこそ、よろしくです」



 流れでミヒロに挨拶され、ヨウロは慌てながら頭を下げる。レイジスは変わらず不機嫌な様子だったが、追い出すほどではなかったのか再び卓上の料理に手を付ける。


 遅れること数分、カオン、スノウ、ザーラの三人が店内に入り元のテーブルに近づくと、最初からそこにいたような雰囲気となっており、ミヒロとヨウロが会話し、たまにレイジスが混ざる、といった状況になっていた。



「……混ざって数分ほどで馴染んでる人、初めて見ますよ私……」

「俺も。あのミヒロって子、躊躇いないねぇ」

「……」

「スノウとカオンって人に食べてって、って言ってもらってね~。……って三人ともいるじゃん! おーい、こっちこっちー!」



 驚く二人と無言で不機嫌なザーラを手招く。他の二人も気づいたようで三人に視線を向けていた。

 三人が合流し全員がテーブルに着く。ミヒロはテーブル上の料理を確認しつつ、改めてメニューを広げていた。



「ていうか結構注文してるんだね。まぁ追加注文はしちゃうだろうけど」

「少しは遠慮しろよてめェ」

「気に入らないならきちんと食べた分は支払うよ。お腹が限界でさ……」

「俺たちが誘ったんだしいいんだよ。ミヒロちゃん、この駄犬は気にしなくていいから」

「誰が駄犬だてめェ!」

「あ、あはは……」



 にこやかなカオンにレイジスが食って掛かる。テーブルもガタッと揺れ卓上のグラスは倒れて中身が零れる始末。ヨウロとスノウが必死にカバーに入り、ザーラは我関せずと無視を決め込む。


 これが日常なのかなぁ、とミヒロは苦笑いを零すしかなかった。



「まぁ、その件はお会計の時にまた話そ。ほら、ザーラも食べようよ」

「……あぁ」



 ミヒロがメニューを見せたり皿を寄せるなどしてザーラに食事を勧める。ぐいぐいと押し付けるように迫るミヒロを鬱陶しく思う一方で、食欲に抗えないのか皿やグラスに何度もちらちらと視線を向け、口元からも涎をだらだらと垂れ流しにしていた。


 普段見られないザーラにギルドの面々が驚く中で、二人のやり取りに割り込んだのはレイジスだった。



「おい、せっかく大人しいんだ。そんままにしとけ」

「えぇ? いいじゃんか。酔った時は怖いんだろうけど、普通にお腹空いてるみたいだし。その状態じゃますますイライラしちゃうし迷惑かけちゃうよ。絶対にそう」



 ミヒロは言いながらうんうん、と深く頷く。普段食事量を控えるせいで昼食までによく空腹状態になるミヒロだから言えることだった。



「ですです。その、お酒はその、量を控えてほしいですけど……食べる分には、問題ないですから!」



 ヨウロも若干震え交じりに両手の拳をグッと握って主張する。ザーラは二人を尻目に、少し躊躇いながらも皿と小樽ジョッキを自分の元に引き寄せ、食器を手に取った。



「いっちょ前に気ィ遣ってくれてんじゃねェ……。……覚悟できてんだなぁ?」

「おうよ!」



 ミヒロは笑顔で力強く拳を突き出す。



「……そうかよ」



 それを受けたザーラは喧嘩を買った時のように激しく楽しそうに、けれどどこか安心したような、微かに緩んだ表情で、皿の上の料理をかき込み……



 ジョッキに注がれた酒で流し込んだ。


ミヒロがあまりうざくならないように頑張ってるつもりですが……皆さん的にはどうなんでしょうか。


そして地の文のレベルアップほんとに頑張りたい……。三人称におけるミヒロの表現、これで定着させようかな?

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