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ArteMyth ―アルテミス―  作者: 九石 藜
オーグラン編
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46話:下層部に降りるために

最近は少し忙しくなってますが、必死こいて頑張ります。倒れようとも頑張ります。


 二人が足を止めた場所は、国を囲う壁にくっついたように建てられた石造りの小屋の前だ。小屋の中を出入りする人々とすれ違いつつ、二人は小屋の中に入る。


 中にあったのは……下へと続く階段だった。



「……これって」

「えとえと、見ての通り階段です。下層部まで壁沿いに作られてます。何百段とあるので疲れる分、上から降りるときは下層部を一望できるので良い景色を眺められますよ。一応柵があるので落ちる心配もあまりありません!」

「んな苦労してまで見たくないわよ……」



 二人はある程度階段を下りていくと、床を抜けて壁の反対側が柵になっていた。ヨウロの話した通りに景色を一望でき、下から上ってきた国民たちがたまに足を止めて景色を眺めている。


 イブキも一度柵に手を置き、【オーグラン】の全体を把握しようと視線を向けていた。



「どうですどうです? 良い景色ですよねこれ!」

「降りるのは大変だけどね……。けどこっちの方が早そうだし、こっちでいいわ」

「……」



 景色に視線を向けながらそう返答すると、ヨウロはきょとんとした顔で目を瞬かせる。


 返事がないことに違和感を覚えたイブキは、数段ほど先に下りていたヨウロの方を向く。



「何よ」

「……いえいえ、……イブキさんなら絶対『疲れるし面倒だから絶対嫌!』とか言いそうだったので……」

「そりゃ面倒事とか疲れることは極力避けたいけど……。すぐ終わるならその後に思う存分楽をすればいいだけよ」



 なるほど、と相槌を打ち先へ進もうとヨウロは階段を下りていくが、少し歩いたところで後ろから足音がしない事に気付き、後ろを振り返る。


 視線の先にいたイブキは、先程いた場所からほとんど動いていなかった。


 そのことが気になりヨウロはイブキの元へ駆け寄る。



「……あのあの、何してるんです?」

「ん? 下に何もないところを探してんの。うわ、たっか……」



 言われてヨウロも柵に手を置いて下方を覗き込む。壁沿いに建物はほとんどなく道となっていた。


 何段か降りながら下方を確かめるイブキの様子をしばらく観察していると、やがて条件の合う箇所を見つけたのか足を止めた。



「……よし、ここがいいかしらね。ヨウロ、早く降りたいなら私についてきなさい」

「え、え? 何するんです?」



 ヨウロが戸惑っている間に、イブキは背中の両手斧を右手に持つと、柵に左足をかける。



「見たらわかるわ。……ふぅ……。……初めてやるけど、ね!」



 一度大きく深呼吸をした後、左足に力を込めて何もない空中へ跳び出した。壁の中の空間であるため、風に煽られることなく垂直に落下していく。



「え、え!? ちょっと何してるんですか! あぁもう!」



 ヨウロもヤケクソになり、イブキの後を追って自身の体を宙へ投げ出す。これほどの高さから落下することは初めてであったため、顔が恐怖で歪んでいた。



「あのあのぉおおお! このあとどうするんですかこれぇええええ!!?」

「私の近くにいなさい! じゃないと地面に激突するわよ!」

「は、はいはいぃいい!!」



 言われた通りにヨウロは接近しようと必死に空中で平泳ぎをした。その結果、何故かイブキとの距離を一メートルほどに縮めることができていた。


 それを確認したイブキは持っていた両手斧を両手で空に掲げる。





「《撃技テクノアーツ》……!」




 言葉に呼応するように両手斧が黄色い光を帯び、イブキはそれを確認すると空中で前転し、そのまま縦に回転し続けた。黄色い光の軌跡はやがて円となって垂直に落ちていく。






「〝波刃爆擲はじんばってき〟!」






 技名を言い放ち、イブキは回転の勢いを乗せて、着地点に向かって両手斧を投擲した。重力と膂力と遠心力により、凄まじいスピードとなった両手斧は数秒と経たずに地面へ到達する。


 刃が地面へ突き刺さった瞬間、爆発的な衝撃波が球状に展開されていく。事前に確認した通り、辺りに人や建物等がなかったことで衝撃による被害は最小限に抑えられた。



「わっと!」

「わわわわ!!」



 展開された衝撃波と共に発生した爆風が、二人を下から押し上げる。


 そのため急に落下が止まりバランスを崩す二人だったが、どうにか持ち直しゆっくりと地面へ落ちていく。


 突き刺さった両手斧の周辺はクレーターとなっていた。イブキは服のしわを手で払うと両手斧の回収にかかる。



「ふぅ~……。上手くいってよかったけど、さすがにドキドキしたわ……!」

「いやいや! ドキドキしたのはこっちですからッ!!」



 イブキは興奮冷めやらぬ顔で胸をなでおろすが、ヨウロはそれどころではなかったらしく、鬼の形相でイブキに詰め寄る。目が涙で滲み、全身汗でびっしょりだった。



「あのあの! 怖くないんですか!? すっごい高かったですよ!!?」

「いや、すごい勇気振り絞ったわよ? ドキドキしたって言ったじゃない」

「いやいや、全然そう見えませんよ!! ……イブキさんって鉄か何かで出来てるような気がしてきました」

「失礼ね! ……でも早く下りられてよかったでしょ?」

「いやいや、そういう問題じゃないです!! 確かによかったかもですけど心臓に悪すぎますよッ!!」



 ヨウロはぜーぜーと息を切らしながら必死に訴えるも、イブキは涼しい顔をしたままだった。



「あんたはレベル高いんだから、着地時の負担軽減率は私より上でしょ? さ、下層部にも着いたしお互いの目的を果たすわよ」

「うぅうぅ……。は、はい……」



 平然とした様子でイブキが歩き始めたため、何を言っても無駄だと諦めたヨウロは、大人しく後ろをついて歩くことにした。





   * * *





 コロシアムのある中央部へ向かって歩いていくこと数分。すれ違う人物も多くなり、喧噪も賑やかになってきていた。


 酒屋の看板娘は声を張り上げ客を呼び込み、主婦たちが談笑する。鎧を着こんだ男性たちは武器について何やら相談をしている。


 イブキとヨウロは上層部との違いを改めて感じつつ、ヨウロは辺りを見回しザーラを探しながら、イブキは治療院を目指しながら進んでいく。


 イブキの場合は探し人ではなく、目的地への移動であったため自然とそのようなルートとなっていたが、ヨウロは気にしていないのか何も言わずに後ろをついてきていた。



「見つけられそう?」

「いえいえ、全くです。どこにいるか見当つかないですよ……。騒ぎも起きてなさそうですし」

「じゃあ周りの人に聞いてみれば? 例えば、このあたりで騒ぎとか何かなかったですか、とか。今起きてなくても私たちが上にいた時に起こった可能性もあるんだから」

「ですねですね! 聞いてみます!!」



 イブキは初対面の頃の強引さを思い出してそう提案し、ヨウロもはっとした様子で近くにいた露店の店主に声を掛けた。


 やがて何度か言葉を交わしたのち、何か聞き出せたのか嬉々とした様子でイブキの元へ駆け寄った。



「あのあの、あっちの方向で女性同士が戦ってたって話でした!」



 指を差した方向は治療院へのルートに近い位置だった。



「ならほぼビンゴかもしれないわね。行ってみるわよ」

「はいはい!」



 ヨウロはようやく見つけられると希望を胸にウキウキ気分で足取りが軽くなっていた。


 その一方でイブキは何か思い出したかのようにアイテム欄を開くが、数秒ほど見た後すぐにアイテム欄を閉じた。



「……そういえばここに来てから『あれ』食べてないわ。どっかに売ってないかしら……」



 アイテム欄を開いたのはイブキの言う『あれ』を探していたからだった。閉じた後は店を探して辺りに視線を巡らせている。



「えとえと、あれって何です?」



 イブキの独り言を聞いていたヨウロは後ろを振り返って『あれ』について問うた。





「グミ」





「……え、え?」



 イブキの二文字の返答に、ヨウロはぽかーんとした様子でイブキを見つめていた。自分の耳を疑い、もう一度聞き直す。



「だからグミよ。好きなの」



 改めて聞いても答えは同じであり、それを聞いたヨウロは後ろを振り返って顔の下半分を手で覆い隠す。その下には笑みが隠れていた。



「……何よ」

「いやいや、何でもないですよ! でも随分子供みたいな――」



 ヨウロが言葉を発したその時、顔の右横を何かが猛スピードで通り過ぎた。拳が頬を掠めたのか摩擦で煙が上がっている。


 恐る恐る右方向を確認するとそこには人の腕があり、それがイブキの物であると瞬時に理解した。やがて腕が引っ込められると同時に、ぎぎぎ、と錆びた錻力のようにゆっくり首を動かす。



「……サンドバッグって、どれだけ打ち込めば壊れるのかしらねぇ……!!」



 目の前にいたのはダンジョンの階層ボスですら怯えて逃げ出しそうなほどに、冷酷で凶暴な瞳をしたイブキだった。



「怖いです怖いです! ごめんなさいごめんなさいぃ!!」



 指を鳴らして低い声で呟くイブキを見たヨウロは、俊敏さを活かした素早い動作でジャンピング土下座をする。最早命乞いである。



「……ふん」



 イブキの声色に変化はなかったが誠意だけは伝わったのか、それ以上何も言葉を発しなかった。


 ヨウロは様子を窺いながらゆっくり立ち上がる。イブキは一瞥することもなく歩き出したため早足で後ろについた。



「でもでも、グミくらいなら普通にお店で売ってると思いますよ。そんなに好きなんです?」

「だってぷにぷによ? ふよふよでぷにぷに! それに味のレパートリーも豊富だし手軽に食べられるし……。まさに至高の食べ物だと思うわ……!」



 先ほどの怒りはどこへやら。グミの事を語るイブキは、年齢相応の明るい表情を浮かべ目を輝かせた。


 許してもらえたのか、とヨウロはおっかなびっくり話を続けた。



「ほうほう……。まぁ自分はあまり食べないのでよくわかりませんが」

「なら食べてみなさいよ。今なら口の中から耳の中までいっぱいに詰め込んであげるから……♪」

「嫌です嫌です! 普通に食べさせてくださいそんなニッコリ笑顔を向けないで下さいぃ!!」



 怒りが収まっているのかいないのか判断することができないまま、会話を弾ませつつ歩いていくこと数分。



「……ん?」



 イブキは唐突に足を止め、目を凝らして一点を眺め続ける。視線の方向は建物の間の横道を抜けた向こう側で、その先にいたのは一風変わった四人の集団だ。


 男女二名ずつのその集団は横並びに歩いているが、実際に歩いているのは三名のみ。残り一人の女性は、水色の髪をした男性に担ぎ上げられていた。


 担がれた女性は顔をトマトのように真っ赤にし、意識がないのか動く気配もない。


 傍から見れば酔い潰れただけのように見えるが、イブキはその女性を注視し続けている。



 その理由は、ヨウロの持つ写真に写っていた暗い赤髪に露出の少ない服装が特徴の女性と、男性に担がれた顔の赤い女性の容姿や服装が、偶然にも一致していたからだった。



ぷにぷに!


イブキという人物が何となくでもわかっていただける回になればと思います。

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