41話:慌てん坊
投稿遅れました。ストックのデータが入ったUSBが自分の手元から離れて旅を始めたり、京アニの放火事件で意気消沈したりしてました。USBは見つかりました。保護しました。
「……勧誘、失敗したねぇ」
とてとて、と危なっかしい足取りで駆けていくヤナの後ろ姿を見守りながら、最初に口を開いたのはカオンだった。その言葉にからかいは含まれていない。いつもの調子であればフラれたレイジスを盛大にいじるのだが、それをしなかったのは今回の勧誘を彼自身も惜しいと感じていたからだった。
「本気だったのか」
「じゃなきゃ言わねーよ」
「再会したときはまた勧誘するんですか?」
スノウは気になってレイジスに問いかける。レイジスが一人の人物に対してここまで気にかけた様子を見せたのは初めてであったため、というのもあるがスノウ本人もレベルの低さを戦闘能力でカバーしてザーラと戦ったヤナには個人的に興味を抱いていた。
「……知るか。それよりこいつ連れて帰んぞ。いつ目を覚ますかわかったもんじゃねェ」
スノウの問いを適当に流すと、頭が前方に来るように担いでいたザーラの頭を小鼓のように叩いた。
「そうですね……。切り替えましょうか」
「だねぇ。ていうか訓練場飛び出していったから吃驚したんだけど……。もしかしてそんなに心配だった?」
「そんなんじゃねーよタコ! 心当たりを思い出しただけだ。つーかエンジュ! んなとこ立ってる暇があんならてめーは訓練場にでも戻ってろ! 俺はこいつ運ばなきゃなんねーんだ!」
レイジスは耳を劈くような大声でエンジュに命令する。眠ったまま担がれていたはずのザーラも思わず表情を歪めていた。
「はいはい、わかったっつの。……明日は出るんだろ、お前も」
突然怒号を浴びせられたエンジュは動揺の混じった声で了承すると同時に、レイジスへ闘技大会への参加の意思を確かめる。
「ったりめーだろ。きっちり決着つけんぞ」
「おう。そっちも気をつけてな。……そこの狼に」
「あァ!?」
「はい!」
「りょーかい~」
「おいコラどういう意味だ!!」
「ははっ、じゃあな」
エンジュの追及をさらりと躱し、三人に別れを告げたエンジュは訓練場へと向かっていった。
やがて背中が見えなくなると、三人も拠点へと歩き始めた。ザーラは今も穏やかな顔で眠り続けており、起きているかどうかの監視はカオンが担当することになった。
「また会いたいです。……ヤナさんでしたっけ。それから彼女が慕っていた団長さんにも会ってみたいですね」
「確かに気にはなるけど……。どうだろうねぇ」
「そいつらのギルドがこのまま強くなってくんなら、いずれどっかで会うだろ」
白い少女が強いと断言する団長の実力はいかほどなのか。どこにも確証はなかったが、現段階での実力とレベルから強者に埋もれることは無いと考えていた。
レイジスは競い合える相手に出会えたことを喜ぶかのように口角を上げた。
「……目標が俺たちと同じ……『アリア』への到達なんだとしたらな」
まるで無邪気な子供のように、溢れ出る期待の気持ちが収まらない。
いつとも知れぬ相手との戦闘を心待ちにしながら、いつになく上機嫌でレイジスは歩いていく。隣に並ぶ二人は呆れた様子でそれを見つめていた。
* * *
「……確か【オーグラン】ってあそこだよなぁ……」
ミヒロたちが【オーグラン】へ入国してから少々の時間が経過した頃。
平原のど真ん中、遠くから歩いてきた一人の男が外壁に囲まれた国を視界に収めると、歩く足を止めてそう呟いた。少し離れた場所には正規の入り口など見当たらない薄暗い広大な森が存在している。
辺りを見渡せばモンスターたちが獲物を探して右往左往している。単独で行動する種が多いが、中には多種多様のモンスターたちが珍しいことに集団で移動していた。
空は青々と輝き、ざぁっと風が草原の草花たちを揺らす。モンスターがいる点を除けばピクニック等には最適な環境が整っていた。
「まったく、早く会えると思ってたんだけどなぁ……。ミヒロらしいっちゃらしいけども」
頭をがしがしと掻きながらぽつりと呟く。アシンメトリーの黒髪は右目がかかるほど長く、眠たそうな半眼から覗く夜空に似た藍色の双眸は、髪の色と相まって落ち着いた雰囲気を醸し出している。
簡易的な素材の服の上に動きの邪魔にならないよう最低限の鎧を身に着けており、腰の右側には鞘に収められた片手剣を下げ、反対側に小道具を収納するポーチを身に付けていた。またもう一つの主力武器なのか身の丈ほどの釵と呼ばれる武器を背に差している。
柄から金属の棒が三又に分かれており、刀で言う刀身に当たる一メートル以上ある中央部分を物打と呼び、左右の部分は翼と呼ばれこちらは長さが二十センチほどだ。
また青年が装備するこの釵は特注品であり、通常の釵の長さはその半分以下しかない。主に二本一組かつ逆手持ちで使用されるのが一般的であり、こちらもAOの武器として存在している。
「さて、と……。さっさと合流するか」
楽しそうな笑みを浮かべた青年が【オーグラン】に向かおうと一歩踏み出したその時、後ろから腰を小突かれる感覚があった。
「ん?」
気になって振り返ると、四足が通常の倍以上に太くなるほど筋肉が発達し、全てを貫きかねない狂暴な螺旋状の角を持ったヤギ型のモンスターが、青年の腰当たりをつっ突いていた。
「……」
「……」
頬を伝う一筋の汗。全身もじんわりと汗が噴き出て滲む。
気のせいだと思い平静を装いつつ瞬きをするも、目の前の景色に変化はなくモンスターはこちらに目を向けている。
またモンスターの後ろに目をやると、集団だったのか何十体ものモンスターが同じようにこちらを見つめていた。中でも一際体躯の大きい頭に角を生やした鬼のようなモンスターが、金棒を肩に担ぎ低く唸っている。
「あ、あは、あははは、は……」
青年は苦笑を浮かべ頬を引きつらせる。その表情は真っ青だ。逆にこちらを見ているモンスターたちは嬉々とした目をしている。
「……(こういう時は熊と対面した時の対処法で……!)」
決して背は向けず体は正面を向いたまま後退していく。だがこちらが一歩下がる度に向こうは一歩距離を詰めてくる。じり、じり、と何度下がっても距離は変わらない。
「……」
「……」
沈黙がどれだけ続いただろうか。
青年は耐え切れなくなり……背を向けて駆け出した。
「「「「「「オォォォオオオオオオオ!!!」」」」」」
「だぁああああああああああああああ!!!」
その瞬間モンスターたちは雄叫びを上げて逃げた青年を追いかける。声を荒げ必死に平原をかけていく。
一定の距離を保てば敵対状態は解除される。だが相手にする数があまりにも多いためすべてを振り切ることは難しかった。
(俺は【オーグラン】に入りたいだけなんだよぉおおおおおお!!)
全力で駆ける青年……佐波廉也――プレイヤー名【ライド】――は必死に逃げる。ただ只管に真っ直ぐに。
視界を妨げる建造物もない。あるとすれば薄暗く広大で彷徨う確率の高い〝ダスクの森〟である。
だがミヒロとの合流を優先したいことから迷って時間を消費することは避けたかった。
だからこそライドは逃げ続けた。
そしてモンスターを振り切り【オーグラン】に入国する頃には、外壁を見つけてからなんと一時間近くも経過していた。ライドは無事に入国することができたが、しばらく動くことをせず壁にもたれかかって休憩する破目になった。
* * *
時を遡ること少々……。
セリアにミヒロの治療を任せ、治療院を出たイブキは上層部へ向かうためオルニムの運び屋の列に並んでいた。
上層部は下層部に比べて、だが比較的に諍いが少なく治安も悪くない。二日前にザーラが起こした騒動も落ち着きつつあったこともあってか上層部へ向かう人が多く、上層部へ着く頃には十分以上が経過していた。
「さて……。どこから回ればいいんだか」
前日には入国していたとはいえ、上層部に来るのは初めてであり区域ごとにどのような店舗が存在するか把握していないのだ。
辺りを見渡せば人が溢れ返り喧噪が鼓膜を震わす。人々が賑わい闊歩する上層部は、下層部とは違う騒がしさがあった。
「あれが集会所? それとも別にあるのかしら……」
中央に視線を向けると、下へ光を送る巨大な水晶体を護るかのように巨大な建物が建造されていた。敷地面積も高さも他の建物に比べれば桁違いであり、天井のない上層部で唯一壁より高さのある建物であった。
だが集会所はそことは別に存在しており、イブキが視線を向けていた場所は【オーグラン】を統治する王族たちが居住する建物であった。巨大な建物の真ん中をくりぬいたような構造をしており、透明なフィルターに覆われた水晶体がそこに鎮座し、それを王族が代々管理しているのだ。
普段はそのまま日の光を下へ送っているが、雲で覆われるなど、光量の少ない日はそこに住まう者たちが人工的な光を発生させているのだ。
「……結構木とか植えてあるのね。日が差すからかしら……。何にしろ、下と違って空気が良いから過ごしやすいわ」
んーっ、と一度背を伸ばし深呼吸をする。スタイルが良いため背を伸ばしたことで年齢にそぐわない豊かな双丘が外套越しに強調される。容姿の良さも相まって、イブキは老若男女問わず周りの人物の視線を惹きつけていた。
「んー……、いろんなとこに行ってみたいけどあいつの様子も見に行かないとだし、そんな悠長に見てまわってもいらんないか」
ミヒロの目が覚めるまで凡そ一時間弱と見積もっていたセリアの言葉を思い出し、頭の中で予定を組み立てながら舗装された道を歩いていく。
外見で判断できる店も多い。本来なら地図を購入するのが一番手っ取り早いと思ったが、【オーグラン】の滞在期間や所持金の節約を考慮した結果購入しないことに決めた。
(ていうか、説明の時咄嗟だったから敬語使えなかった……。セリアは怒ってなかったみたいだったからその後もそうしちゃったけど、今思い返せば失礼よねあれは……。失礼さで言えば本当ならあの場所で目が覚めるまでずっと待ってるべきなんだろうけど……。あぁもう! なんか調子狂うわ、まったく……)
セリアとの初対面時のことを思い出し、頭を抱えため息を漏らした。
もちろん全く使えないというわけではなく、日常生活においても教師などの目上の相手に対しては問題なく扱えるが、セリアとの初対面時は相手がどのような人物であったか定かではなかったためこのような対応になってしまったのだ。
(まぁ、あいつなら平気で話してそうだけど)
イブキはそこで一旦考えを切ると頭を上げて散策を再開した。
目新しい店はあまりないが、戦いの国であるからか武器店や鍛冶屋、装飾品店などが多く立ち並んでいる印象だ。もちろんそこに通う人も数多くいる。人気店などは特に行列ができるほど繁盛していた。
「とりあえず武器の整備でも頼もうかしら……。でも何があるか分かんない以上予備の武器じゃ心許ないし……」
イブキの武器は現在背中に差す一本の他にも数本ほどアイテム欄に眠っているが、あくまで予備用であるため性能は良くない。二本目を作ろうにも費用も素材も足りていないのだ。
武器は使用するたび刃毀れや罅など戦闘の激しさや武器の扱いによって損傷していき、それを手入れせずに使い続けると壊れてしまうのだ。
ギルドの中で整備士のスキルを持つものが入れば無料で整備が可能だが、いない場合は自費で鍛冶屋に頼み整備をしてもらう必要があるのだ。
服やアクセサリーなどウィンドウショッピングをしながら数分ほど歩いていると……。
「すみませんすみません! こんな人見ませんでしたか!?」
大声で道行く人たちに一枚の紙を見せながら人を探している短いこげ茶色の髪をした男性が目に入った。髪色に似た革の鎧に身を包み腰には一本の剣を下げている。何やら只事ではない様子なのか、表情は真っ青で人に尋ねるときも慌てすぎて上手く話すことができていないようだった。
「あのあの! こ、この人見ませんでしたか……!?」
「見てないねぇ……。他をあたってくれるかい?」
「うぅうぅ……。わわ、わかりました。すみません時間を取ってしまって……!」
互いの顔の距離が数センチほどまで近づき大声で尋ねたあと全力で何度も直角のお辞儀をする男性を見たイブキは、絶対関わりたくない、とうんざりした様子で見つめていた。
世間は大変ですが自分はいつも通り更新していきます。
視点がぐるぐる変わっていってますが読みづらくないですかね…?




