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ArteMyth ―アルテミス―  作者: 九石 藜
ハバラギ編
17/67

16話:経緯

更新ペース不安定です。

 二か月ほど前、平和でのどかな村で村人たちは自分たちの生活を送っていた。決して裕福とは言えなかったけれど、楽しく過ごしていた。


 野菜を交換したり、作った装飾品をプレゼントしたり、広場でお昼ご飯を食べたり、そんな毎日だった。


 イーサたちも、変わらずいつものように野菜を作っていた。体が戦闘向きの体ではないので戦うことはできない。よってダンジョンで稼ぐことができないので、こうして農作業をして生活をするしかなかった。


「今日の畑はどうだい?」

「今日も順調に育ってるわい。畑は笑顔じゃよ」


 そんな気ままな会話をする時間があるだけで、ありがたかったのだと思っていた。


 時間にして一か月ほど前から、あるギルドの一団がこの村に滞在するようになった。最初は普通のプレイヤーだと思っていたが、実態は違かった。


 ある日、イーサの元にがっしりとした体躯のギルドのボスらしき男が現れ、協定を持ちかけてきた。


「あなたがイーサで間違いないな?」

「あぁ。何か用かい?」


 普段のギルドの活動から何か悪いことを企むようなギルドではないと思っていたのだが、それが過ちだった。


「俺たちのギルドはここが気に入った。だからここを拠点にしようと思っているんだが、聊か金欠なんだ。そこで、だ。一つ聞くが、モンスターと戦えるNPCはこの村にいるか?」

「いや。見ての通り老いぼればかりだよ」

「ならちょうどいい、というのは失礼にあたるか。話というのは、俺たちが村の襲撃イベントとかがあったらこちらとしても住み心地の良い場所が失われるのは嫌なんだ。だから、俺達がそれを守ってやる。その代わり、イーサや他のNPCの人たちが俺たちに野菜や装飾品を恵んではもらえないだろうか?」


 イーサは少し悩んだ。


 話としては申し分ない。守ってくれるのであれば逃げる必要もないし伸びやかに暮らせる。クエストをクリアしている現状から強さに関しても疑いはしていなかった。


 だが、装飾品はともかく野菜はNPCである自分たちが暮らすために必要な資産だった。代償として成り立つのだろうが不安があった。


「……少し、相談させてくれるかい?」

「もちろん」


 イーサは畑にいたNPCたちを集めた。


「今の話は聞いてたかい?」


 イーサが問いかけると左側にいた髪を団子にまとめた四十代の女性、ハイナがそれに答える。


「そりゃあ、自分たちの村の事を話していたからね、私たちも聞く権利はある」

「わしは別に構わんぞ。助けてもらえるのならありがたい」


 鍬を肩に担ぎ、頭にねじり鉢巻きを結んでいる、腹巻が良く似合う七十代だろうと思われる男性、クレソンは抱負の件について賛成した。が、ハイナがその意見に異を唱える。


「けど、農作物は私たちが生活するのには大事な資産なんだよ? 守ってもらえるのはありがたいけど、襲撃イベントは今まで起こったことはないでしょうに」

「今は、の話じゃろうて。確かに争いは起きてはいないが、それは過去の話。今がそうでも明日がそうとは限らん」

「だとしても、私たちの生活が窮屈になる」


 ハイナとクレソンの言い争いが続くが、イーサがそれを遮る。


「あたしらが争っても意味はないよ。あたし一人で決められるようなことではないから相談してるんだ。無駄なことはしないでおくれ」

「ご、ごめんなさいイーサさん」

「わかればいいよ。それで、どっちがいいんだい?」


 結局、イーサたちで多数決をとることにした。その結果その話に乗ることになった。だが少数意見も聞いたところで慎重に判断したことなので村のNPCたちから反対意見が飛んでくることはなかった。


「わかった。その話には乗らせてもらうよ」

「ありがとう。期間についてなんだが、一週間に一、二度ほど貰いに来ることにした。これに異論は?」

「少し早くはないかい? 野菜ができるのはそう早くはないよ」

「別に野菜は絶対に納めろ、とは言っていない。装飾品でも構わない。村の近くに鉱山があるはずだが?」

「働き手は少ないよ。老いぼれにそこまで求めてどうするつもりだい?」


 イーサは目を鋭くするが、男は軽く受け流してしまう。


「どうもしない。俺は活動するための安定した資金調達もあるが、何よりこの村の安全を目的とした話をあなたたちに持ちかけてる。鉱山での採掘作業なら大した労働でもない。悪い話じゃないと思ってはいるが?」

「それはわかってるさね。……ただこれ以上野菜の種類は増やせないが、それでも構わないかい?」

「あぁ、これで交渉は成立だな。4日後には受け取りに来る。量に関しては俺達に収められるくらいの量を一応用意してほしい」

「わかったよ」


 こうして話は終わり、結果的に抱負を収めることになった。




 それだけで済めばよかったのだが、そう甘くはなかった。彼らが抱負を納めるように言ってから三週間ほど経つと、彼らの悪政が徐々に表れてきたのだ。


「今日は少ないなァ?」


 話を持ちかけてきた男とは違う戦槌を担いだ大柄の男がハイナに詰め寄る。その隣からイーサが口を挿む。


「いつもと同じ量じゃないか」

「少ねェって言ったら少ねェンだよ!」

「わっ!」


 大柄な男は野菜が入った籠を蹴飛ばす。持っていたハイナの手から外れ籠は宙を舞い、野菜は地面を転がる。女性はその場に尻餅をついた。


「な、何するんだいッ!」


 近くにいたイーサが叫ぶように大きな声で大柄の男の隣に立つ交渉の話を持ちかけたギルドのリーダー格の男を睨みつける。


「リエン」

「ちっ」


 リーダー格の男がリエンと呼ばれた大柄の男を窘める。リエンも言われて渋々ではあるが大人しく引き下がった。


「毎日同じ量をきちんと渡しているじゃないかッ!」

「それはこちらの責任だな。連絡を忘れていた。時間が経てばギルドの人数も増えていく。だからその分抱負を多く納めてもらわないと割に合わない」

「……ッ! でも!」

「こんなの横暴だ!」



「なら、死ぬかァ?」



 必死に抵抗するも、その一言で全員が黙ってしまう。彼らに対抗できる人間がこの場に存在しない。望みのない今は従うしかない。


「(イーサさん! 抑えて!)」


 ハイナからそう言われ、イーサも気を静める。


「というわけだ。これからは少し多めに頼む」

「じゃあな」


 そういうと彼らは村の中心地へと消えていく。


 背中が見えなくなったところで、イーサたちは一息つきその場に座り込む。


「はぁ……。ごめんね」

「いえ、イーサさんは悪くないよ」

「……そうかい?」

「でも、いつまで続くんじゃのぅ……?」


 クレソンの発した言葉は、イーサたちの元気をさらに奪う。抵抗すればこの世界から消えるだけ。こうして生活している以上はNPCであれ死を恐れるのだ。


 どうにもできない悲壮感を、彼らが襲っていた。




 そんな状態で一週間過ごし、彼らが村に来てから一ヶ月が経とうとしていたその時だったのだ。ヤナがこの村に現れたのは。




「畑の質が、落ちとる……」


 クレソンの言葉を聞いてイーサたちNPCは焦りを感じる。


「これじゃあ前のような野菜を作るのは難しいかもしれんな……」

「でも、野菜の質はあの人たちは求めていなかった」


 ハイナがそう言うもクレソンは言葉を続ける。


「何を言うか! 野菜のおいしさこそわしらの努力してきたことじゃろう! このまま野菜を作るのはわしの主義に反する。美味しい野菜ができないのなら作らん」


「そんなこと言ってる場合じゃない! 野菜がだめなら装飾品って言ってたけど、それを作るのだって野菜を作ることと同じくらい難しいのよ!」


 ハイナの訴えにクレソンは少し心を落ち着かせ冷静なトーンで返す。


「……そんなことはわかっとる。じゃが、向こうはわしらが納めた野菜を食べるだけじゃなく売りに出してる可能性もある。奴らの目的は資金調達と言っておったじゃろう? 質の悪い野菜じゃあ売り上げが落ちる。そうなればわしらの落ち度じゃろうて」


 野菜の価格はその出来によって変わるのは言うまでもない。現実世界でもそうだ。出来が悪ければ勝ったとしても味が悪く料理に使うには心許ない。


 さらに言えば野菜を収める相手が味の落ちた野菜を受け取ってくれるかが問題で、クレソンはそこを懸念していた。


「でも育てないわけにはいかないでしょう? 装飾品を作れるのはこの村では少ないし、何より手先が器用な女性しか作れないし……」

「どうしたんだい?」


 そこへイーサが訪れた。外で話し声が聞こえてきたので様子を見に来たとのことだった。


「いや、畑の質が落ちとるからどうしたもんかと思っての……。質の悪い野菜を向こうが素直に受け取るとは思えん」

「かといって野菜を作らないとなると装飾品を作るしかなくなるけど、それじゃ生産が間に合わないし……」

「うーん、なるほどねぇ……」


 イーサたち三人で解決策に悩んでいると、東の道から誰かが歩いてきた。足音も鳴らさずにゆっくりと歩いてくる少女の姿は、どこかの姫を連想させた。


 銀色の髪を揺らし、こちらへ近づいてくる。イーサたちは彼らの手先かと疑うも、少女はイーサたちの前を素通りしていく。


「ちょ、ちょっと!」


 剣を下げているほか、その装いはプレイヤーであることは間違いなかった。足取りは覚束ず周りをきょろきょろ見渡している様子からこの村には初めて来たという事が窺えた。つまり少女はここにギルドが滞在していることを知らない。あの風貌では少女もいい待遇ではないだろうと思い注意を促そうとしたのだ。


 だが、声をかけても少女は振り向かない。


「あんただよ。聞いてるのかい?」


 イーサは後ろから追いかけて肩を掴む。その少女は何事かと振り返ると、イーサも含めNPCたちは言葉を失った。


 その少女の容姿は雪に紛れる結晶のように儚くも美しかった。どこまでも白く、透き通る瞳はすべてを見通すかのような深い色をしていた。


「ここが初めてなら、ここに滞在してるギルドには気を付けたほうがいいよ。ゲームオーバーにされちまうよ」


 必ずそうなるとは限らないが、その可能性がないわけではなかったので、それも含めて少女に注意するが、少女は少し首を傾げるのみだった。


「……?」

「だから、あまりここにいないほうがいいってことさ」


 念を押すも少女はまた首を傾げた。


 少女は言葉を理解していないようだったのだ。しかも言葉の意味どころか、イーサたちの発している言語自体を理解していないようにも見えた。


「まさか、日本語が分からないのかい?」


 NPCたちは公用語として日本語が設定されており、NPCたちも個人でそれは理解しているのだ。


「どうしたの、イーサさん」

「この子、私たちの言語が理解できないようだね……」

「えっ、それって……」

「あたしにもよくわからないね……」


 日本語以外は喋ることができないので対応することができない。


「……でも、白すぎないか? 少し気味が悪いんだが」

「しっ!!」


 若い男のNPCが、少女が近くにいるかもしれないにもかかわらず発言したのでイーサはすぐに窘める。


 しかし、白すぎることに関して、嘘を言っていたわけではない。


 肌も髪も、睫毛さえも雪のように白く、瞳はゲームが発売されている日本に住む人間とは思えない透き通る紫色をしていた。端整な顔立ちは幼さを感じさせず、無表情で佇む少女は一番年下で成人すら迎えていないはずなのに、この村の誰よりも大人びていた。


 NPCたちで集まって話をしていると、少女がハイナの持っている野菜の入った籠をじっと見ていることに気付く。


「……食べますか?」


 もちろん伝わらない。


 けれど、野菜を差し出すことで意思表示はしてみた。


 すると、少女はハイナが渡した野菜、トマトを手に取った。その後舐めまわすように角度を変えながら観察した後、齧り付いた。


 そのせいか中から汁が飛び出し、少女は慌てて袖や指で汁を拭い取っていた。その光景にイーサたちは思わず吹き出してしまった。


 拭き終わり落ち着いた少女は、改めて一口食べた後、ふと笑みを零し……。




「……очень вкусный(……美味しい)」




 そう、呟いた。


 その言葉を理解することはできなかったけれど。その言葉を発した時の、心の底からの笑みや心を満たされると言いたそうな優しい表情。その後も夢中になって食べている少女を、イーサたちは静観するしかなかった。


 我が子を見守る親のように。


 その笑顔は、イーサたちの少ない容量の中に確かに記憶され、忘れることはなかった。



お読みいただきありがとうございます!

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