LJ
一方で、LJはもうかなり長いことリペアとチューンアップをかねて、いまだバックヤードで眠らされていた。この日のために、出来る限りアルカの目からは遠ざけられていた。
◇
身長ほどに伸びた髪を頭の上でまとめながら、アルカは足取り軽くデッキに降りていく。そこはLJと初めて月へ降りた場所。今ではもう何百回となく足を運んだ場所。
並びが違うのにはすぐ気が付いた。機体のひとつに昨日まではなかった、見慣れないのがあった。これだろう、とアルカにはすぐ察しがついた。
というより気が付かない方がおかしい。この星のほかの機械やマシナルとは明らかに違う形。マザー・ジェイと同じ姿であり、そしてそれはそのままアルカと同じ。
マザーからのプレゼントという、長く月で生きて、初めてのことに少々浮かれていたのもつかの間。すぐに落胆へ変わってしまった。
タータータの元で機械について長く多くを学んだ、今のアルカなら知っている。それがいかに宇宙では理にかなわぬ姿であるかを。速く行くに手と足は邪魔である。
マザーは別である。コントロールルームにこもり、どこへ行くこともしないのだから。でもアルカは違う。
「私はもっともっと速く飛びたい」んだ。
「タータ、これ何?」
「LJ」
「そういうことじゃなくって」
「わかってるよ。これがお前の新しい『翼』だ」
「そんなのどこにもないじゃん」
「そいつはまあ『ある種』のだよ。こいつにもちゃんと良いところがあるんだぞ……」
と言いかけてるところに、
「ちょっとスペック見せて――」
アルカは(実は超ウルトラハイスペックなんじゃないの)とわずかながら期待を抱いて、タータータのデバイスを強引に取り上げてチェックし始めた。
「遅っ」
もうさんざん乗りつくしたスペースシップ「月のスタースクッド」が航行に特化してるとはいえ、比べれば理論値上、推力は3分の2。
「武装もなし」
腰部に隠しブレード。以上。火器など実際は近づく隕石を落とすぐらいしか使うことなどない。それでもこんなのはないに等しい。
「ひ弱そう」
大気圏なんか突入したら、すぐ燃えつきてしまいそうだ。と言いながら、他の星になど行ったことがない。だがこれについてはオプションがあるらしい。
「白っ」
なにも白が問題だったではない。
つい欠点ばかりを探し連ねてしまうのは、つまりアルカが新機体に不満だったからで、嫌だと思えばなんでも目についてしまう。
しかも不満だったのはアルカでもないらしい。マザーがヒトにだけ与えた機体――。マシナルにも不満を抱いたものがいる。たとえそれが旧時代の遺物であっても、だ。
「そんな未熟な腕で期待に応えられるとは、おれには到底思えんがな」
それでも一応は試しに、LJの膝に足をかけて乗り込みかけたアルカへ、R3BEから厳しい言葉が飛んだ。
「そんなの知らないよ。ジェイにとっては、私が特別だから乗せてくれたんでしょ」
彼女は負けずに言い返す。
「お前のどこが特別なものか。大体型落ちじゃないか。どうせ何かやらかしたから、お古に乗せられるんだろ」
「お古だろうが何だろうが、ティコにはたった一機しかない特別なんだ。私のためのね。悔しかったら自分でジェイにお願いしてみたら?自分に乗せてくださいってね」
「お前、昔はもっと人間らしい、弱っちい奴だったのになあ」
「昔の私を知ってるからって偉そうに。あんたみたいなマシナルのおかげだね、こんな風に育ったのも。とにかく。彼女には私が乗る」
機械だらけの星で、彼女にとって幸運だったのは文句は直接、言葉か形になって現れたから、要は簡単だった。苦手なマシナルとは距離を取り、自分の直したいところだけは直せばいい。彼らの繕うところのない率直さがアルカは嫌いではなかったし、おかげでいじけることもなく、自分だけが人間であるということを忘れずにいられた。
「でもまあ……特別……か。フフ」
乗せられるようにシートに座りこんだ彼女だったが、基地の中で自分と同じフォルムをしているのは、このLJとマザー・ジェイだけだと思うと少し嬉しくなった。それも軽く飛び出してみるまでの間だったが。
基地の外周をぎこちなく回ってきたアルカの第一声は、
「タータ。シートが硬い。なんとかならない?」
第二声が、
「やっぱりパワーが足りないのかな。ぴゅうとは行ってくれないし」
スクッドとはやはり一味違うな、とはとても思えなかった。
「死角が多い…」
「色変えようか、これじゃ地味だよ……」
「それより彼女ちっとも話さないんだけど。いや、そこはこのままがいいか――」
上から無限にこぼれ落ちてくる愚痴を聞きながら、
「簡単にはいかない――」
期待をさせすぎたな、とタータータは後悔した。
「そうは言ってもお前だけの乗機なんだから、せめて名前をつけてやったらどうだ?」
「そうだねえ。それもそうだ」
タータータの提案を聞いたアルカに、悩むまでもなく思い浮かんだ名があった。