旅の終わり。新たな始まり
ヒトの外宇宙への旅を可能にしたマシナ鉱。それを掘りつくし、移民船は、人類は去った。「今」月ではロボット<マシナル>が永遠に思える時間を生きている。だがマザーは知っている。そう遠からぬ未来にマシナルにも眠りがくることを。
ティコ基地へLJが流れ着いたのは、ちょうどそんな頃の話だった。
◇
横たえた姿では思わなかったことだが、ハンガーに吊り上げると、大きさとディテールこそだいぶ違うもののその立ち姿は、やはりマザーと同型であることを思わせる。マザー・ジェイが彼らの残した最後の遺物であることを思えば「あれ」はどれほどの年月を旅をしてきたのだろう。
TT-Tは自らと「それ」をケーブルでつなぎ、情報の転送を始めた。
〈機種別LJ。マシナ製。2315年生産、月〉
つまりは我らと変わらない。マシナル。とすると違うのは運用だけ、ということになる。TTは技術開発・整備を担当し、そして彼の場合それらを統括する立場にある。
機構はシンプル。計4本の手と足、頭部があり、その中心にボディーがある。中は空洞。月の彼らのユニットにはもっと多くの肢が使いこなすのもいるから、この時代の彼らに比べれば、はるかにロウテクノロジーだ。ボディーが空洞であることもさほど珍しくもない。例えばスペースシップには乗り込むR型マシナルが不可欠だ。
不可思議なのは、LJにはブレインユニットが頭部と胴にそれぞれ2つあることだった。普通マシナルに二つの意識体は存在しない。彼らとは違う、このことこそ、タイプLJの設計目的であるとTT-Tは予想をつけた。
ともかく次の工程へ移る。
「ようこそティコへ。そしておかえり」
立たせたまま、大アームで一回転させて損害状況を視認する。
傷多数。腕部損傷は外側に集中。背部にも多い。右手の指は5本とも失われていた。左は2本がない。足部、右大腿部は大きく抉れ、かろうじてつながっているようなものだ。左足部は無事とは言えないまでも比較的軽微。
おそらくは相当数の隕石の衝突を繰り返してきたと想像されるが、それを知る術はない。
ボディーも放射線焼けで白くはなっているものの、大きな損傷はないようである。
マザーはいつのまにか指令室から降りて、TT-Tの隣で作業を見つめていた。彼女だけではない。気づけば、月にいるマシナルのほとんどが集まっている。
皆が見守る中、次は内部スキャンを開始。
機体内温度は現在マイナス1020℃。かなり低い。再び稼働することがあるだろうか――。爆発および放射能など有害情報なし。他には――。
空洞内に、設計上にはない「何か」を発見した。それもとてもとても小さな。TTはマシナルの中でも総じて小型だが、それよりも一回りも小さい。
マザーに顔を向けると、かすかにうなずいた。「開放せよ」との合図だ。
スキャンを終え、腹部へTT-Tが迫ると、LJの目がきらりと一瞬の明かりを放った気がした。どうやら内部から多少音がしているようだ。
<A-R-C-A……>
不安定で弱弱しい。しかも周りがやかましくて、基地内の音とは聞き分けづらい。
「静かに!マシナルども!」
TT-Tの指示はかき消されてしまっている。
<アルカ、着いたみたいだよ>
「どこへ?」
<わからない。ただ私がこうして導かれた以上、彼女が生きていけるどこか>
「なんだかまぶしい……」
<これが新世界。きみと、そしてあなたたちの>
「LJは?」
<心配には及ばない。これが私の役目だから>
「……」
〈やっていけそうかい?〉
「大丈夫。今度こそ上手くやってみせるよ」
<その意気だ。いつでもあなたのそばにいる。あなたは私になるのだから>
「ありがとう。LJ。じゃあ、いつかまた」
<さあバトンを渡そう。イブをよろしく>
月のマシナルの処置を待つことなく、LJは内部の温度を徐々に上げていく。ゆっくり、ゆっくりと。
こうなれば余計な手出しは無用。急かせば全てが無駄になる。だから、そこからもさらに時間が掛った。
腹部ハッチがいつからともなくせり出してきて、開いたのはそれから約26時間後。中には持ち場へ戻っていくマシナルもいたが、大部分はまだそこに残っていた。もちろんマザー・ジェイも。
覗き込んだハッチの中彼らがに見たのは、1メートルほどの物質で、それをマザーがアームで取り上げると、それもまたLJというか、小型のマザーと同じ形をしていて、彼女はどこか懐かしそうに眺めている。
「懐かしい」その言葉が適切かはともかく、彼女の熱量は明らかな変化を示していた。
それが落ち着くのを待ってから、彼女は一言だけ漏らした。
「これがヒトです」
始終を見守っていたマシナルはその言葉に大きく沸いた。ただ、それは「ヒト」というワードよりも「何万年目かの訪問者」という意味合いかもしれない。
◇
TT-Tはこのとき、もうひとつの異常を確認している。「ヒト」が取り出されたあと、ハッチの天井に淡い熱源があり、それは触れようとすると、まるで隠れるように消えたのだった。