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第7話

*7



「とりあえず行くアテもないんでしょう?それなら私について来てみたら?」

村石(むらいし)先生は私に背を向けて横目に言う。

まあ、先生の言う通りだしついて行ってみるか。...この人何か知っているかも知れないしな。

こっちへおいで。というように手招きをしながら先生は瓦礫の大地を進んでいく。その後を私も追う。

にしても先生、ヒール履いてるのにすげぇ軽やかな足どりだな。コケたりしねぇのか......あっ、コケた。

「横田さぁぁん...。」

目もとに涙を浮かべながら私に這い寄ってきた。怖い。


ーーこんな人について行っていいのだろうか...。



「先生...あとどれくらいっすか...?」

絶望を感じさせるほどの瓦礫の荒野は私達を体力面、精神面の両側から攻め込んでくる。疲れた、帰りたい、帰る場所ないけど。

「もうすぐ着くわよ〜」

…はぁ。

その言葉を何度聞いたことだろう。

ーー未開の地の探索を誰かに任せた時に必ず発生する会話だ。

ふと空を見上げると、先ほどまで私たちの真上でこの地を照らしていた太陽も今では橙色に染まり、カラスと共に夕暮れを告げていた。携帯電話はもちろん腕時計さえ機能しないこの状況下では、太陽の位置でその時の大体の時刻を知るしかない。…といってもそんなに細かくはわからないので日没と日出ぐらいしかはっきりとはわからないが。

「はぁ...はぁ...。」

息を切らし、前にいる村石先生の後ろ姿と足取りを見ながら昼の会話を思い出す。


『先生、そんなに軽やかなステップがいつまで続くか見ものっすね。』

『何?横田さん挑発してるの?ふふっ...可愛い。』

『...ところで先生はなぜこんなところに?』

『んー。散歩中?って言えば通じるかしら?あの...都会に。』

やっぱりみんなあそこは都会だと思うらしい。私だけが思っていたことじゃなかったんだ!...にしても、

『あの都会に...なんで散歩なんか行くんすか?人通りも結構多いし、あんまり向いてないと思うんすけど...。』

『そうねぇ…向いてなかったわ。それなら散策って言った方がいいのかしら?少しフィールドワークをしてたのよ。だからあそこにもいたってこと。』

『はぁ...。』

にっこりと微笑む村石先生


その時は気づいていなかった。その嘘に。

先生は昔からあの都会の近くに住んでいると言っていたはず。そんなところ今頃フィールドワークしなくても地形なら頭に入っているだろうし…。

どうして先生はあんな嘘をついたんだ...?

「さて、お待ちかねの目的地よ〜。」

後ろ姿を睨むようにして先生に疑いの眼差しを向けていた私に、先生は振り向き人差し指をたてて自らの頬にあてながら言った。やっぱり綺麗だ。

やっとか。この徒労の末に何が待っているんだろうな。

「ーーって。なにもないじゃないっすか。」

先生は目的地だと言っていた。しかしここは依然変わらぬ瓦礫の荒野のど真ん中。目的もクソもない。まさか散歩のつもりだったのか?だとしたらとんだ骨折り損をしたもんだ。なんてことしやがる。こちとら疲れてんだよ…。

「あっ...。」

口に手を当て、自分の過ちに気づいた。

先生や親しくない生徒の前ではしっかりとした言葉を話す設定も空の彼方へ消え去り、本来の口振りに戻っている...。敬語が「っす」って。ダサい。...そういえば口も悪くなっていた...。気をつけなければ。

「こっちよ。」

しかし先生は私の都合など知らないようにそそくさと足を進める。んだよまた歩くのかよ。

ーー口調は、もういいや。

「こっちに何があるんすか。」

呆れ顔で私が尋ねると、意外な返事...手振りをして見せた。

地獄に落ちろ。

そう言わんばかりに先生は、自ら突き出した右手の親指を立て、「グッド」の手振りをしたかと思うと、ひねり、たたせた親指を下に向けた。

ーー下?

先生の足元を見てもやはり瓦礫がいくつも転がっているだけで何も気になるようなものは無い。

やはり騙されたのか。

しかし先生の目はいつもより鋭く、真剣な眼差しをしていた。「覚悟はあるか」と問うように。

謎の緊張感に包まれる中で先生は突然、この場の空気を振り払うような飛び切りの笑顔をして見せた。

「大丈夫。先生がいるわ。」

先生の言葉に押され、10m近く離れていた距離を詰め、先生の足元を見る。そして、目を。自分の眼を疑った。

「なにも…ない、じゃないすか。先生、これはどういうーーーっ!!」

言いかけたところで、やめた。否、最後まで言い切ることが出来なかった。攻撃を、奇襲を避ける為に。

先生は右手にナイフを持ち、私に向けて突っ込んできていたのだ。反応が遅れていたら完全に殺られていた。

ーーだが、なぜ先生がこんなことを...。

「チッ。殺し損ねたわね。ーーだけど、横田さんのその行動も既に把握済みよッ!!」

村石先生……村石は、着地で体勢の崩れた私の胸ぐらを、ナイフの装備されていない左手でがっしりと掴み、そのまま地面に叩きつけた。

「がはっ...。」

呼吸ができない。ただうっすらと見えるのは村石が私に向かってナイフをーーー

「っ....!!!!!」

振り下ろしてきた。ここで死ぬわけにはいかない。私は咄嗟に横に転がり、すぐに立ち上がって先生の方を向き体制を整えた。

「...チッ。また避けたのね。...でもこんな遊びはもうおしまい。本気で...殺すわッ!!」

右手に持ったナイフをなぎ払い、私の腹部を切り裂こうとする。咄嗟に上体を後方に下げ、ナイフの先端が切り裂いたのは私の私服。

…気に入ってたのに、もう既にボロボロだったけど。

「また…!すばしっこいわね!!さっさと死になさい!!」

すかさず先生はナイフによる連撃を仕掛けてくる。

「なんで...こんなことを...。」

連撃は止まない。

「くっ…!!」

ナイフが頬を掠め、血が垂れる。

「はぁっ…はぁっ…。」

連撃が止み、村石と距離をとった後に再度問いかける

「先生……なぜこんなことを……?」

案外、答えが返ってくるのは早かった。

「うるさいッ!お前を...お前を殺せばッ...。」

うつむいて目を見せることなく、ぎり...と歯ぎしりをしするのが見てとれる。力強く握られた両の拳には血が滲み、指の第二関節のあたりで()まり、落ちていく。

3滴目の血が(したた)り落ちた時、村石は顔をあげて私に言い放った。

「お前を殺せば私の妹が開放されるのッ!!あの、人の命を侮辱するような残虐非道な実験からッ!!」

「!?」

ーーどういうことだ?実験……?

「なっ…。どういうことだよ!?詳しく説明しやがれ!!」

この女はさっきっから何を言っているんだ......。

残虐な実験...?それと私が何の関係があるっていうんだ...?

「白衣を着た!あのメガネが言ったのよ!!ーーお前を殺して私のところへ持ってくればお前の妹を開放してやるって......できなければ殺すって.........だから!私はお前を殺さなきゃならないの!!!」

せっかくの美しい顔をぐしゃぐしゃにしながら私に言ってくる。涙が化粧を溶かし、とてもじゃないが綺麗とは言えないような顔だ。

「妹...。」

「そうよ!今も私の妹は危険にさらされてるの!!あなたの命なんて知らないわ!!妹...未稀(みき)の為だもの!!」

ーーーー未稀?

「あぁ...あなたは私の妹と面識があったかしら?担任...だったわよね?2-Aの。」

「!!」

そうだ、未稀ちゃんは...千里(ちさと)ちゃんの仲良しだった子...。その子が村石の妹?確か未稀ちゃんの名字は堀田...。違う。村石の妹じゃーー

「ーー私が結婚したっていうのは考えられないの?」

そうだ...こんなに綺麗な人が結婚してないわけがない。

それなら辻褄(つじつま)が合う。

「未稀は私の妹。そしてあの子はーーーーー。」

途端に暴風が吹き荒れ、村田の言ったことが聞こえなかった。しかし、唇の動きから言っていたことがなんとか読み取れた。そしてそれを復唱する。


「未稀がーー能力者?」


まさか。能力を持つ者は4人だと康治(こうじ)が言っていたーーーならばあいつは嘘を...?

「あなたも頭が悪いわねぇ。その男はあくまで(うわさ)としてあなたに伝えたんでしょう?噂話なら多少内容が間違っていてもそれをどうこう言う事なんてできないわよねぇ?」

「…っ。」

ということは能力者は5人...?

「あなたは間違っているわ。そもそもなんであの男の言ったことを全て信じているの?あんな能力の欠片もない一般人のただの妄想を。」

「...。」

村石は大きくため息をついた後、さらに続ける。

「それとーーー私は本物の能力者じゃない。」

唐突に放たれた言葉に、私は瞬時に反応する。

「はぁ!?そんなこと信じられるかよ!実際、お前はその能力で私と戦ってたじゃねぇか!」

「そうね...私は他人の心の内が読めると、確かにそう言ったわ。ええ。確かに他人の心は読めるわ。だけど本物の能力じゃないのよ。」

両者大きく距離をとりつつ会話を続ける。

「本物のって......じゃあお前の能力が偽物だって言うのかよ...。」

心が読めるなんて能力以外になんだと言えるのか。

偽物、だと...?じゃあ本物ってなんなんだよ...。

「ーーじゃあ先生として正解を導き出すヒントをあげるわ。」

考えこみ立ち尽くす私を見て村石はそう言った。


「そもそもこの世界に能力は1つしかないのよ。」


「ーーーは?」

一瞬頭がついていけなかった。

この世界に能力が1つしかないなんて...と思ったが、すぐに意図がわかった。そうだ。こいつは嘘をついているんだ。こうして私を迷わせることで隙をつくらせそこを狙うんだろう。

少し考えれば簡単にわかる計画だな...。ははっ、よくそれで私を殺そうとーー


「私は嘘なんてついていないわ。」


「!?」

さっきまでとは打って変わって睨むように私を見つめてくる。 あまりの威圧に後ずさりをしてしまう。

「じゃ、じゃあなんで私や水戸メガネ、水鳥先生があんなこと出来たってんだよ!!!水鳥先生なんて明らかにおかしいだろ!見ろよこの瓦礫の荒野を!!」

私の記憶操作、水戸メガネの空間操作、水鳥先生の崩壊。それに未稀の能力。この4つのトリックが証明されない限りは大丈夫だ...。

「そんなの...知ったことじゃないわ。」

「はぁ!?お前自分で言ったことなんだか覚えてるか?自分から未稀は能力者なんて言ったんじゃねぇかよ!忘れたのか!?」

「うるさいわね!無いと言ったら無いのよ!!」

「っ!?」

村石はそう叫ぶと、またナイフを構えて突進してきた。

ーーだが、それは先程よりも腰が入っていない。

ひらりと(かわ)し、ナイフを持った両手を(つか)みとり足をかけて転ばせる。

「っつ...。まぁ...私の言うことが筋が通っていないのは私でもわかってるわ。でも頭の片隅に、少しでいいからその説を置いておいて。」

大きな音をたてて仰向けに倒れた村石はそのままの体制で冷静に言った。

「...。」

カチ。

スイッチを押すような音。村石はいつの間にか左手にリモコンのようなものを持っていた。

「何をした!?」

「自爆スイッチ。私が死んでもあなたさえ殺せればいい。未稀が助かるのだもの。」

「てめぇ....!!」

「...。」

黙り込む村石に(いきどお)りを感じ、喝を入れる。

「そんなことして未稀が喜ぶと思ってんのかよ!残された未稀は!お前が自分を助けるために死んだと知った未稀は!それでいいと、幸せだと思うのかよ!?なぜそんなことをした!?お前は自分のしたことが正しいとか思ってるのかよ!!」


「ーーー合格点ね。」


「!?」

その瞬間、(まばゆ)い光が視界を包み込んだ。それから1秒もしないうちに轟音を鳴り響かせて爆発が起きた。

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