05 ずるい
気が付いたら私は元の世界の、あの屋上にいた。
あの日と同じ、夏の制服。
セーラーのリボンがパタパタと夏休み前の風に揺れ、空は澄み切って青く――同じフェンス内では、同じ制服を着た勇者たちが、どなり合っていた。
一人離れて私。
フェンスに向かい、ガシャンと頭を付ける。そのまま上げた手は、赤と泥に染まっていたはずなのに。
あんなに痩せていたアルクラ。私と一緒に食べた料理は彼の栄養にはならなくて。
私を護ろうとして……血が生々しく、したたり落ちていった。
早くしないと! 早くしないと! アルクラが! アルクラが!
ああ……
どうしていつも――私は、アルクラから奪ってばかり。
いえ、本当は、最初は、奪いたいと願っていた。
終業式の朝、あいつらを呼び出して目の前で飛び降りた時、願ったはず。
“今度生まれ変わったら、奪う側になりたい”
ガシャン! ガシャン!!
フェンスを鷲掴み、感情のままに揺らす。
あいつの言う通りあて付けで死んだ。あいつらの人生を別の意味で終わらせてやろうと。それが私に出来る最大の仕返しだと。
奪う方は楽しい。そちら側の方が幸せだと思っていた。
でも、違った。
アルクラに出逢った。
最初こそは世話もしたけれど、今ではアルクラにしてもらうばかり。アルクラに与えられた食事を食べ、アルクラに用意してもらったベッドで寝た。アルクラの温かさに安心し甘えられた。あまりある幸福に、卑屈な心が現れて、彼を試した事もあったけど……いつの間にか、私は同じだけアルクラにしてあげたいと願うようになった。アルクラに必要とされたい。大事にしたいの。してもらった分より、もっともっと。
愛したい。愛したいの。アルクラ! アルクラ!
ねぇ。
もう一度、死に直せば、アルクラの所にいける?
ガシャン。
フェンスに手をかける。上って、もう一度。
私の願いも空しく、生々しい現実が、私の後ろ襟元を掴み、そのままコンクリートの床に打ち付けられた。
ゲホッ
血の塊が、ぬるりと喉の奥から出る。背中が痛くて、起き上がれない。
見上げると、勇者が目を真っ赤にして私を睨んでいた。
更に蹴りをいれようと足をあげたのを、他のメンバーに取り押さえられ、魔法使いが私に向かって呪文を唱える。「ほら、元通りにしてあげたから。感謝してよね」なんて、私に恩を塗り付けて勇者の元へ戻って行った。
血の跡と擦り傷だらけだった私の身体と制服は、あっという間に綺麗になり、背中の痛みもなくなっていた。
――これが、魔法?
「どうして、こっちに戻らせた!! 早く! あの糞野郎の所に、戻れ!! あいつ、畜生のくせに俺に、傷を付けやがった。許さねえ。許さねえ。ミンチになるまで刻んでやる」
勇者は、他のクラスメートや先生には聞かせない乱暴な声で叫び、我を失っていた。
「あのままいたら、確実にお前、死んでたし」
こっちの世界とあっちの世界を行き来するギフトをもった召喚士が呆れたように言った。
「死んだら流石の僕でも治せないからね。流石魔王だよね。傷がつかないとされる勇者に傷をいれるなんて。見直しちゃった。っと、ほら、治しただろ。服もあの時のまんま。流石、僕」
勇者を治した魔法使いは、その可愛い顔を得意満面にして嗤った。
「そういうんじゃねぇよ!!! あ゛あ゛。殺してやる。殺してやる!!! そこのお前も!!! 今度は俺が突き落してやる!」
拘束を振りほどき、今度は勇者がフェンスに向かう。
私がしたよりも力強く鷲掴み、そこに歪な中心線を描いた。
ガチャン! ガチャン! ガチャン! ガチャン! ガチャ―――――ン!!!!!
勇者の怪力で、フェンスは壊れ、まっさかさまに屋上から落ちていく。
「あーあ。怪力の無駄遣い」
魔法使いとその仲間も、呆れたようにつぶやくだけ。
勇者は私の方を睨みつけ、ほんの数歩で私を見下ろす位置を取る。
「俺らの便所でしかねぇ、お前は、俺らがいないと何の存在価値もねぇ!!!! 何も出来ねぇお前に、俺らが役割を与えてやったのを忘れて、目の前で死にやがって! 折角優しくしてやったのに、その恩さえも返さねぇ!! こっちで死んだかと思ったら、あっちの世界で俺らの邪魔をする! こっちでも! あっちでも! お前は俺の邪魔ばかりしやがる。そんな死にてぇなら、殺してやる。さぁ、こい!」
乱暴に飛び出してきた両手に襟元をねじりあげられ、そのままフェンスを失った宙に足を浮かす。
下から、ざわざわと声が聞こえていた。視線だけ落すと、先程落ちたフェンスの残骸に集まった野次馬が今度は、こちらを注目して指差していた。
頭に血が上っている勇者は、それに気付かないが、勇者の仲間は「やばい」と口々に言い、慌てて勇者を止めにはいろうとする。
ぎゅうううぅぅぅ。
私に暴力しか与えない手が! 以前よりも増しすぎた力が! 私を容赦なく締め付けていく。
今度は、命まで奪うの?
ずるい。
どうして、いつもこいつらだけ。
どうして、私は奪われなければならなかった?
例え家では居場所がなくても、友達が居なくても、平穏な高校生活をおくれていた。
いつもは寄らないコンビニで、優等生で有名な貴方の行動をみてしまったから?
それから、数週間後の告白を真に受けて付き合うようになって、楽しかった。本当に、楽しかった。
やっと、私をみてくれる人が出来たと信じていたのに――あの裏切り。
ずるい。
こいつらは、私から奪ってばかり。
私から奪っていいのはこいつらじゃない。
「は……」
返して。
全部。
それがだめなら―――
「離せえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
全部、奪ってあげる。
:
:
:
シトシトと雪が降る。
冷たい。
寒い。
でも、もうじき………
ザクザクザク
ほら、足音が聞こえてきた。
:
:
温かい。
アルクラの作ったスープ。
さっきまで一緒にいて、さっきまでこれを一緒に食べようとしていたのが、ずいぶん昔に感じる。
アルクラを盗み見ると、体中に大きな傷が残って、骨と皮が浮き彫りになっていた。その姿を、私に隠そうとしない。
アルクラは、全て忘れていた。
記憶がないのに、どうしてこんなにも優しい。
背を向ける彼に気付かれない様に涙をぬぐう。
背中からも透けて見える骨と皮になった彼。
私といた時は、人を殺し、街を焼き、魔王として生きていた。
私を忘れている今が、チャンスなのかもしれない。
やっと、私にあげるものが出来た。
汚れた身体だけど、貴方の血や肉となれるのなら。
ねぇ、アルクラ。
私を食べて?
貴方に、アルクラに、食べてもらう為に
帰って来たの。




