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リサ視点。残酷描写あり。

 この世界に落ちたのは、私が高校生の頃だった。


 夏休み前の終業式。

 あっと言う間に落された。

 落ちた場所は、植物が何重にも積み重ねられたクッションの上。その横にはザラザラ丸い卵がひとつ。


 思考回路が正常に動き出す前に、ぴゅーーーと風が吹き、体中の毛穴がぶつぶつと己の存在を主張しだした。

 着崩れている半そでセーラーから覗いている腕は見事な鳥肌を描く。両手をひろげ目の前の温かいモノに抱き着いた。

 この卵は――肌寒い場所に丁度良いカイロ。


 ああ、もう

 ――何も考えたくない。


 コレはとても温かいし、耳をあてると、トクトクと可愛らしい音色を奏でていて安心する。

 私は学校にある6段重ねた跳び箱くらいの大きさの卵を抱きしめ、そのまま眠る事にした。


 どれくらい時間がたったのだろう。

 べろりべろりと私の頬をなめる感触に起こされ「ひゃっ」っと、声が出てしまった。

 すると、私を包み込んでいたものが、飛びのけたので慌てて掴んで引き戻す。離れてはだめ。君は私のカイロなの。……? あれ?


 この感触はおかしい。でも、触るのが楽しい。家のぬいぐるみと違うが柔らかな皮と鱗の感触。確かめなきゃ。あったかい。目をあけなきゃ。あったかい。


 ぎゅーーーっと、抱きしめると苦しそうな声を出して、その声に切なくなる。仕方がなく手の力をゆるめた。そして、現実逃避をしていた目をひらくと、視界いっぱいの黒色の鱗が光る。


 目の前に黒い竜が、丸い可愛い瞳で私をみていた。




 私が落ちてきたのは竜の巣だったのか。どうやら、私は竜の卵で暖をとっていたらしい。

 ……これは、やばくない? 

 母親竜にみられたら、私は食べられてしまうのではないか。


 とりあえず、この場から離れようとするが制服のスカートを鋭い爪で押さえられていて、身動きができない。

 ……しょうがない。スカートは諦めた。ファスナーをおろして、そろり、そろり、と巣からはい出た。


 50メートル程、抜き足差し足ですすんでいくと、はい。出ました大きな動物。

 やったね! キバが大きくて素敵。瞳なんか血走っていて、私を熱く見つめてくる。歯と歯の間からよだれがものすごい勢いで流れ溢れていて、ヴォオオオオオ!!!! と、唸りながら私に向かって一直線に走って来た。そんなに、私を好きなの? この物凄いアプローチ力ってば…………


 はは……詰んだ。


 せめてスカートをはいて死にたかった。セーラー服の下はパンツに靴下とかって、どんなプレイなの。いや、食われるのだから関係ない? だとしたら跡形もなく食べてくれないと困る。いや、今更、何がどう困るというわけでもないけれど。私の十八番の現実逃避がどんどんおかしな方向にいっていると


 ――ドン!!!!!

 

 視界が黒く、いや、赤一色に染まった。


 ゴリュリュリュゴリュリュリュ…………


 聞いた事のない擬音が、森に鳴り響いている。

 目の前で血なまぐさい食事風景をみせられ、「ふぁあああ」と声にならない空気音だけが私の口から洩れでていた。


 現れたのは、さっきの黒竜。


 残酷な食事風景を黒竜に見せつけられ、身体が動かない。黒竜は、固まった私を見るなり目を細め、ドッジボールくらいの頭を私のお腹にごすごす擦り付けた。喉元をゴリュンゴリュンと鳴らしながら口元についた血が私の制服を汚していく。その様子にまた違う空気音が出そうになる。

 が、私の内臓を抉るような擦りつけと重みと強さに、次第にイライラが増してきたのだ。

 思わずキツイ口調で漏れ出た「やめて!」という言葉に、黒竜は動きをやめ、ペタンと首を地面に落し、上目遣いでこちらの様子をうかがう。さっきまで左右に元気よく振られていた太い尻尾も根元から地面について全身で縮こまって、私の次の行動に脅え、様子をうかがっているのだ。


 「…………」


 その時


 もう「かわいい」と思ってしまった。



 ちょっとだけ。

 この子の母親が戻ってくるまで。


 普通の神経の持ち主なら、着の身着のまま変な世界に落された事に混乱し、涙を流すのだろう。



 でも、私は


 目の前の黒竜が、必死に追い求める姿に



 今朝、学校の屋上から飛び降りて(・・・・・・・・)よかったな。



 と、思ったのだ。




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