発音の注意点
久矢君が海外を目指すという連絡を受けてから、私は気持ちが揺れ動く日々を送りました。
そんな中で、私は両親や久矢君自身の気持ちを色々と聞きました。
さらに私は弥富さんにもメールを送り、彼女の意見も聞きました。
彼女が言うには、立派な目標を持っている人と付き合っているのは素晴らしいことで、うらやましいと言われました。
そんな皆さんの意見を色々聞くうちに、少しずつ立ち直ることができました。
その後、弥富さんはメールで連絡を取るだけでなく、スケジュールの合間をぬってわざわざ私に会いに来てくれることになりました。
私は彼女が自分のためにそこまでしてくれることがうれしかったですし、ますます良い親友になれそうな気がしました。
久矢君が出国していく前日、私は彼とレッスンを行う前に、教室で弥富さんに会うことができました。
「先生、もうすっかり立ち直ったようですね。」
「それもこれも、弥富さんをはじめ、皆さんのおかげです。多分、誰一人が欠けていたとしても、今の前向きな自分はいなかったと思うから、みんなに感謝していますよ。弥富さん、本当にありがとう。」
「そんな…。私はただ先生に立ち直ってほしかっただけで、大したことなんか言ってないです。」
「いいえ。私にとってはとてもうれしい言葉でしたよ。今日はそのお礼に、この後久矢君に見せようとしている資料を弥富さんにも渡そうと思っていますが、よろしいですか?」
「いいですけれど、どんな内容ですか?」
「久矢君の英語の発音で、私が気になっていた点をまとめたものです。多分、弥富さんにも共通する点があると思うので、役に立つと思いますよ。」
「では、ぜひ見せてください。」
私はその依頼を受けると、早速コピー機でその資料をコピーしました。
彼女に渡した(そしてこの後、久矢君に渡す)資料には、次のようなことを書きました。
久矢君へ
以前、私は「間違えやすい発音」の回で、caの発音について指摘をしました。
(※英語のcaはほとんどの場合、「キャ」と発音します。)
その後、その発音についてはほとんどOKになりました。
でも、他の発音でまだ間違えたり、もうちょっとネイティヴスピーカーに近い発音をしてほしいと思った点があるので、それらをここで伝えることにしました。
1)ti、tuの発音
英語でtiやtuのつづりを含む単語はたくさんあります。
その中には、日本語のカタカナ語として定着し、広く使われているものもあります。
例
・Plastic:プラスチック
・Platinum:プラチナ
・Tube:チューブ
・Tulip:チューリップ
これらの単語はtiを「チ」、tuを「チュー」と発音しています。
久矢君は日本語だけでなく、英語で話している時にもこのような発音をするクセが見受けられます。
私はレッスン時にそれを聞いて、指摘しようと思ったことは何度もありますが、時間の都合上、そのまま先に進めていったことが多かったです。
でも、英語では上記の場合、tiは「ティ」や「タイ」と発音されますし、tuは「テュー」と発音され、「チ」や「チュー」と発音されることはまずありません。
日本に長期間住んでいる外国人と会話をする時なら日本語のカタカナ語と同じ発音をしても通じることが多いでしょう。
でも海外でこのような発音をしてしまうと、通じずに「あれ?」と思ってしまうことがきっと出てくると思います。
ですから私としては、ぜひともti、tuを正しく英語で発音できるようになってほしいです。
2)diの発音
日本語のダ行はあいうえお順に発音すると「ダ、ヂ(ジと同じ)、ズ(ヅと同じ)、デ、ド」となります。
久矢君は大抵正しく発音できているのですが、たまにdiの発音を間違えることがありました。
私の経験では次のような例がありました。
例
・Dilemma:ジレンマ
・Scandinavia:スカンジナビア(半島)
これらのdiは「ディ」と発音されており、jiすなわち「ジ」と発音することはまずありません。
(※dilemmaは「ディレンマ」の他に「ダイレンマ」と発音されることもあります。)
また、生徒さんによっては英語でもRadioを「ラジオ」と言ってしまう人がいました。
なお、私の経験ではWould youの場合は「ウッジュー」と、dの部分でjの発音をしているケースを聞いたことがあるので、まれに例外もあると解釈することもできそうです。
3)子音と母音の連音化
英語では前の単語の最後の子音と、次の単語の最初の母音がつながって発音されることが非常に多いです。
これはルールというわけではないのですが、ネイティヴスピーカーはあたかもルールであるかのように発音してくるため、英語を外国語として勉強している人にとっては頭の痛いことの一つです。
例
・Thank you.:kとyouがつながり、「サンキュー」と発音されます。
・Run out of.:nとoがつながり、さらにはtとoがつながるため「ラナウトブ」と言っているように聞こえます。
一方、私がかつて勉強していたフランス語では前の単語の最後の子音と、次の単語の最初の母音は必ずつなげなければならないという決まりになっています。
例
・Il est:lとeがつながるため、「イレ」と発音されます。「イル エ」と発音してはいけません。
(※意味はHe isです。)
・Vingt-cinq ans:qとaがつながるため、「ヴァンサンカン」と発音されます。
(※vingtは「20」、cinqは「5」、ansは「歳」という意味で、すべて合わせると「25歳」という意味になります。)
一方、英語ではゆっくり発音すればネイティヴスピーカーもつなげてはこないため、この点ではフランス語と比べてまだ勉強しやすいです。
でも通常のスピードで発音するとかなりの確率でつなげてきます。
久矢君はどうもこの連音化が苦手なようですが、私としては何とかこれに慣れてほしいと思っています。
4)hを挟んだ連音化
ただでさえ連音化が苦手な久矢君に言うのもなんですが、英語では子音で終わる単語の次にhで始まる単語が続いた場合、あたかもhを無視しているかのように発音をすることがあります。
例
・Come here.:「カム ヒア」でもOKですが、実際の会話では「カミア」と聞こえます。
・Click here.:実際の会話では「クリッキア」と聞こえます。
これに関してはレベルが高いので、私はhをしっかりと発音するように心がけていましたが、海外では無視して発音してくることが多いと思います。
久矢君にとっては難易度の高いことですが、フランス語など、hを全く発音しない言語もありますし、韓国語では発音はしているけれど、聞き手の立場では場合によって無視しているように聞こえます。
日本語はhを必ず発音する言語ですが、英語のhは韓国語に近い立場と考えられます。
このように、それぞれの言語には色々な特徴があります。
とにかく海外では私がレッスンで話してきた英語と、多少なりとも違う点があるかもしれませんが、久矢君にはそれをいい経験と考え、少しでも早くスムーズに会話できるようになってほしいと思っています。
それでは久矢君、Good luck.
「ふうん、先生は久矢さんの話す特徴をしっかりと把握しているんですね。」
「まあね。生徒さん達には一人一人の英語にクセや特徴があるし、人によって得意な点や苦手な点があるから、講師である私としては、それに合わせてレッスンをしてきたつもりよ。」
「すごーい。そこまで考えることができるなんて。」
「それもこれも、お父さんが私の監督となって、メールを通じて色々と教えてくれるおかげよ。」
「そうなんですね。では、先生は私の英会話での特徴についても、何か言いたいことありますか?」
「そうねえ。弥富さんはlとr、bとv、sとthの発音をはじめとして、まだまだ改善の余地があるわね。今回挙げた項にもいくつか当てはまっているし…。特に…、ええっと…。」
「んっ?先生、どうかしたんですか?」
「な、何でもないです。」
(※ 2)diの発音の項で書いた、「生徒さんによっては英語でもRadioを「ラジオ」と言ってしまう人がいました。」の「生徒さん」とは、ずばり、弥富さんのことです。本人はその時のことを覚えていないようですが、私は思わずあせりました。)
「まあ、私もまだまだ改善の余地があることは自分で分かっていますし、勉強頑張ります。そして久矢さんのレベルに私も近づきたいです。」
「そう。じゃあ、頑張ってね。」
私が弥富さんと会話していると、教室に久矢君がやってきました。
その時、弥富さんは一度久矢君の会話レベルを知りたいと言ってきたため、レッスン料は取らない代わりに会話には参加しないという条件で、教室に入ることを許可しました。
いよいよ彼の出発前の最後のレッスンが始まりますが、笑顔でやろうと思っています。
それでは私は教室に入りますので、読者の皆さんにはここで失礼しようと思います。
それでは皆さん、See you.