喪失 11
ライムはタオルで首を押さえながら、ボスンッとベッドに腰かけた。
「滅茶苦茶ね、何もかも」
ライムは独り言のように呟き、テイルに笑いかけた。
「テイル、クレスを助けてくれてありがとう。無事に目が覚めてよかった」
「気にしないでください。僕は見た目より頑丈ですから」
冗談めかしたように、テイルは言った。
「それよりライム、首の傷を見せてください。それ、もしかして結構深いんじゃないですか?」
「大丈夫。ちょっとピリピリするくらいだから、大したことないわ。この程度の傷に魔術を使って、特殊生体が生まれるのも嫌だし」
「やっぱりそういうの気にするタイプですよね、ライムって。何の為にリダが僕を残したと思ってるんです? 僕なら、傷を治すのに魔術は使わない」
テイルは笑って、ライムの前に膝を着いた。首元のタオルを外すと、傷口に当たっていた部分が、じっとりと赤く染まっていた。一直線に走る傷口から、未だにゆるゆると血が流れ出している。
「これ……結構深くないですか?」
「刀の切れ味って凄いのね。びっくりしちゃった」
眉を顰めたテイルに、ライムはあくまでも平然としていた。
「こんなの放って置いたら、間違いなく痕になりますよ」
テイルは少し怒ったようにそう言って、ライムの首へと手を伸ばす。その手を、ライムが止めた。
「ライム?」
「テイルだって、さっきまで重症で気絶してたのよ。無理することない。私なら大丈夫だから」
「いーえっ、駄目です。クレスならともかく、ライムの傷を放っておいたなんてリダに知れたら、後でどんな目に遭うか。僕の為にも治療を受けてください」
テイルは指を立てて先生のようにそう言うと、ライムの傷の治療を始めた。
「ねぇ、テイル」
「喋らないで。傷が上手く付かなくなりますよ」
「余計なお世話かもしれないけれど、お願い。リダのところへ行ってあげて。リダ、テイルが色々知っていたことに驚いていた――うぅん、何だかショックだったみたいだった」
「…………」
「ジルバ城へ行ったら、話す時間なんて無いかもしれない。このまま死んじゃう可能性だってゼロじゃない」
テイルは黙って口を引き結ぶと、気を取り直したように小さく微笑んだ。
「自分でもわかってるじゃないですか。それは余計なお世話ですよ、ライム」
食い下がることを許さないようなテイルの口調に、ライムは目を伏せる。
「そうだよね……ごめん」
「いえ、いいんです」
テイルはニッコリと笑うと、「さぁ、終わりましたよ」とライムの傷口から手を離した。タオルで血を拭い取ると、さすがテイルと言うべきか、ほんの僅かの傷痕すら残っていなかった。
「すげぇ。ライム、本当に綺麗に治ってるぞ」
「うん……。ありがとう、テイル」
「どういたしまして。それじゃ、僕は出発の準備を手伝ってきますから、二人はもう少し休んでいてください」
テイルが部屋を出て行くと、ライムは首に触れながら、悲しそうにポツリと言った。
「多分、テイル本当は知らなかったのよ。さっきのリダの話。ある程度聞いて自分の中で話が繋がったところから、さも最初から知っていたかのように振る舞っただけ」
「えっ!?」
「何だかね、そんな気がするの。私には、テイルが必死に何でもない風を装っているように見える。リダだって、テイルが知らないと思っていたから、あんな反応したんでしょ? ……それは正しかったのよ。テイルは何も知らなかった。きっとあの事実は、二人にとって大きな何かに繋がってしまうことだったんじゃないかしら」
俺達は、リダとテイルのことをほとんど知らない。元々は雲の上のような存在の人だったし、出会ってからここまで、互いについて深く語り合うようなことも無かった。
ただ、俺達は一人だけ、二人に関連するであろう男の名を知っている。しかし彼が俺達の考えと一致する人物だとしたら、あまりに酷すぎるのだ。
「……レイグ、だっけ」
ライムが彼の名を呟いた。
「リダの恋人が、テイルを複製した特殊生体だって言いたいのか。テイルはその特殊生体を殺してるんだ。いくらなんでもあんまりじゃないか。妄想も程々にしてくれ」
彼は、確かテイルにこう言ったんだ。『死にたくない』って。
「そこは別人だろ。別人に決まってる」
俺は言って、自分の中に浮かぶ悲惨な想像から逃げるように部屋を出た。
ピューイッ!
すると、階下から指笛の軽やかな音が聞こえた。見ると、メロヴィスが吹き抜けの一階からこちらに手を振った。
「クレス、ライム、二人とも馬には乗れるか?」
「ごめんなさい、メロヴィス。私達二人とも馬は初めて」
「そう思って、三頭しか集めてない」
メロヴィスは笑って、俺達を手招きした。
「二人は誰かの後ろに乗るといいよ」
外に出ると、既にリダとテイルが馬の傍で待機していた。
「リダ、後ろに乗ってもいい?」
ライムは迷わずリダのところへ言ったが、リダは少し首を傾げた後、その申し出を断った。
「ライムはテイルの方へ行け。いくらテイルが細身でも、男を二人も乗せたら、馬が哀れだ」
そう言って、リダは傍らの馬の鬣を撫でながら「なぁ?」と問いかけた。馬はブヒンと鼻を鳴らした。
「それもそうか。じゃぁ……テイル、よろしくね」
「責任重大ですね。了解しました」
テイルは笑って頷いて、馬の背から外套を取り、ライムに羽織らせた。
「冷えますから、ちゃんと着ておいてくださいね」
「ありがとう」
俺はひらりと馬に跨ったリダのところへ行き、彼女の後ろに乗せてもらった。馬上で外套を羽織りながら、俺は寒さに身を竦める。
「何か、凄い冷えてきたな」
「……悪かったな」
「何でリダが謝るんだ」
「触ればわかる。ライムがこっちに乗れない理由も」
リダの言葉に首を傾げながら、動き出した馬の背から落ちないように、俺はリダの身体に掴まろうとした。
「冷たっ!?」
触れた彼女の身体が予想を遥かに上回る冷たさで、俺は思わず声を上げた。
「これって……」