喪失 10
* * *
――クレスが好き。
俺だって、ライムのことを義妹だと思っていたわけではない。でも俺がそう思わなかったのは、俺がまだ彼女に小さな嫉妬を抱いていた頃に、彼女の家族になりきれなかったからだ。日々の生活から、俺とライムには、別々の血が流れているのだと思い知らされたような気になっていたからだ。俺はライムの家族じゃない、ただの居候のようなものだと。だから……きっとそうに違いないのだ。
それに今、俺は特殊生体で、彼女は人間だ。
俺の中にあるものがどんな思いだとしても、応えるわけにはいかない。俺は俯いた顔を上げることができなかった。そうして沈黙のまま止まった時間を破ったのは、ライムだった。
「……ねぇ」
ライムの声に、思わずピクリと肩が震える。
「ちょっと、出て行ってもらってもいい?」
「えっ……」
突き放されたような気分になって顔を歪めかけると、ライムが苦笑した。
「違う、着替えたいの。それともこんな格好で――その気になった?」
ライムはタオルで覆った胸元を、少し前かがみになって俺へと見せつける。その誘惑的な谷間に思わず喉を鳴らしそうになり、俺は慌てていつもの調子を取り繕った。
「バッカ! 誰がおまえなんかに欲情するか! ホルスタインと見間違えたわ!」
「ホルッ……!? 何よ、失礼ね! あんたの胸板なんかゴリラじゃない!」
「ゴリラはおまえの腕だろう! その猛々しい上腕二頭筋で抱き締められたら、男だって肋骨が折れる!」
「じゃぁ自慢の腕力で半分に折り畳んであげるから、あんたは自分で自分のナニを銜えて慰めてればいいわ!」
「んなっ!?」
あまりの言い草に絶句したのも束の間、俺は蹴飛ばされて脱衣場から追い出された。
バタンッと勢い良くドアが閉まり、俺は首を竦めた。反対に後ろからドアが開く音がして振り返ると、心配そうな顔をしているメロヴィス達がこちらを伺っていた。
「大丈夫か?」
尋ねたメロヴィスに、俺は答えた。
「……ライムがセンジュに襲われた」
「センジュに!?」
テイルが目を見開き、俺は頷く。
「それにヴェネスがヤバイみたいだ。……急がないとあいつ、リィナに殺されるかもしれない」
途端にメロヴィスの表情が険しくなり、彼は不安を抑えるかのように、右手で自分の左腕を掴み、握り締めた。
「それで、何があったんだ? センジュは?」
それでも口調はゆっくりと、メロヴィスは尋ねた。
「センジュはもう退いた。怪我も大したことない。さっきの俺達の話を、全部ライムに聞かせたらしい。ライムはかなり動揺したみたいだったけど――リィナの策だとしたら冴えてない。あいつはこんなんじゃ折れない」
その言葉には、自信なんて一欠片も混ざっていなかった。案の定、リダが小さく溜め息をつく。
「折れないと思っていないから、おまえは黙っているつもりだったんだろう?」
リダの指摘に、頷くしかなかった。
「テイル、残ってライムの怪我を見てやれ。私は少し外を見てくる。恐らくセンジュは、リィナがライムに吹き込んだ何かを実行させる為に、彼女の動揺を誘おうとしたんだろうが――まだ辺りにいないとも限らない」
「それなら、私も一緒に行くよ。一人で動くのは危ない」
申し出たメロヴィスに、リダは首を横に振った。
「大丈夫。それよりメロヴィスは、足の準備をしてくれ。さっきの戦闘からは、何頭か馬が逃れたようだった。自慢の馬なんだろう? 何とか集めてくれ。できるだけ早く出発しよう」
「そうか……。わかった」
部屋を出て行く二人を見送ると、不意にテイルが身体の力を抜き、深い溜め息を吐きながら壁へ背を預けた。そのまま項垂れた彼に、俺は驚いて尋ねた。
「大丈夫か、テイル? まだ身体よくないんじゃ……」
「いえ……あはは。大丈夫です」
テイルは曖昧に笑った。そこから俺が何か彼に尋ねる前に、ライムがシャワールームから出てきた。