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Survival Project  作者: 真城 成斗
八・喪失
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喪失 9

「クレスがみんなと話しているところ、全部見てたの……」


「見てたって……何の事だよ」


「ジンのこと、父さんと母さんのこと、記憶のこと――クレスが私に、それを黙っていようとしたことも、全部」


「そんな……」


 ライムが俺達のことを覗き見ていたなんて、俺だけならともかく、リダ達まで気付かないものだろうか。


「おまえ、夢か何か見てたんだよ。センジュに変な魔術でもかけられたとか」


「……馬鹿クレス。私だって、そう思ってたんだよ」


 ライムは泣きながら、困ったように笑った。


「突然センジュが現れて、私の頭に触って……そうしたら、クレスがみんなと話している光景が、まるで目の前で起こっていることみたいに頭の中へ流れ込んで来たの。幻覚だと思ってた。でもクレスの反応見てたら、夢だなんて思えなくなっちゃった」


「…………」


 顔に出やすい自分の性質を、今ほど呪ったことは無い。ライムは再び俯き、膝の上でギュッと拳を握り締めた。


「クレス、私が憎い?」


「えっ?」


「殺してもいいんだよ」


「殺すって……何言ってるんだよ」


「私は憎かった。殺したいほど憎かった。父さんと母さんを私から奪った特殊生体を、絶対に殺してやるって!」


「ライム、落ち着いてくれ。俺はおまえが憎いなんて思ってないよ。俺はおまえが生きていてくれたら、それでいいんだ。大体、おまえは俺がライムの両親を殺したかもしれないって時だって、俺を赦してくれたじゃないか」


「そんなの、もしもあの時クレスが殺したって確証があったら、私だってどうしたか分からない。ねぇ、私はクレスのお父さんとお母さんを奪ったんだよ? 夢も、未来も、全部!」


「違うんだ、ライム。おまえはあの時のことを思い出したわけじゃないからわからないだろうけど、あれは事故だったんだよ。おまえは俺を助けてくれたんだ」


「ねぇ、クレスは私に付き合って協会員を続けてくれてたんでしょう? 本当は特殊生体退治なんかより、料理をしている方がよっぽど楽しかったはずなのに」


 会話が噛み合わない。使えない俺の頭は、ライムを落ち着かせることができないまま空回りするばかり。ライムは続けた。


「特殊生体に復讐だなんて、馬鹿みたい! 父さんと母さんを殺したのは私なのに」


「ライム!」


 言葉では無理と判断した俺は、ライムの両肩を掴み、半ば強引に彼女の思考を止めた。


「ライム、待てって。ちょっと落ち着け。俺の話を聞くんだ」

じっとライムの目を見つめると、ライムは涙を一杯に溜めた目を、俺から逸らした。


「駄目だ、ライム。目を逸らさないで、俺を見て」


 低い声で言うと、ライムは少し迷いながら、視線を俺に向けた。その目が俺を捉えて、大きく見開かれる。


「俺は、どんな顔してる?」


 憎んでいない。怒っていない。できることなら、ライムを傷付けたくない。


 それが俺の本心なら、多分、そのまま顔に出ている。


「おまえは、今にも殺されようとしていた俺を守ろうとして、エルアント様達に〈エクスプロージョン〉をぶつけたんだ。それを義父さんと義母さんが庇った。ライムのせいじゃない」


「違う……殺したのは私」


 震える呟きに、胸の奥がギュッと締め付けられた。


「ライム……」


 吸い寄せられるように、ライムの白い頬に手を伸ばす。俺を見上げた蒼い双眸は優しくも遠く儚げに見えて、俺は思わず、彼女を閉じ込めるように、両腕の中に抱き締めた。


「クレス?」


 ライムは驚いたような声を上げたが、俺を突き離そうとはしなかった。甘い匂いのする彼女の肩に顔を埋め、身体が震えそうになるのを、必死に堪える。


「義父さんがおまえを魔術が使えないように育てたのは、特殊生体駆除協会からおまえを守る為――おまえのことが、本当に大切だったからなんだ。それに、魔術を使うとどこかで特殊生体が生まれる。おまえみたいな強い魔導力で大量の魔力を使ったら、その分強い特殊生体が増えていくことになる」


「…………」


「なぁ、ライム。……俺、これからはもう、おまえを傷付けることしかできなくなっていくんだ。俺の中にいる特殊生体は、俺が大事に想っている人達に容易く牙を剥く。特殊生体化した俺がおまえの両親を襲ったから、あんなことになったんだ。……俺は人のフリをしてきた、ただの化け物なんだよ。だからどうか、自分を責めないで」


「そんなの、クレスを責める理由にならない。それに、クレスはクレスよ。クレスはいつだって、私の大好きなクレスだよ」


「…………」


 自分が怖くて仕方ない身体と心で、大切な人を抱き締めている。自分で自分を受け入れる事のできないまま、本当はライムに突き離されることに怯えている。最低だと分かってはいるが、冷えた素肌の奥にある温もりから、どうしても手を離せない。


「ライム、俺はただ、おまえの傍にいたいんだ」


 自然と、その言葉が出てきた。言った後、猛烈に後悔した。俺はなんて卑怯なんだろう。


 すると、不意にライムの手が俺の両頬に添えられ、気付いた時には、俺の唇の上に柔らかなものが重なっていた。


 ……えっ?


 目の前が、甘い匂いで一杯だ。


 間近に迫ったライムの顔がゆっくりと離れ、俺は呆然として、自分の唇に触れる。


「ライム、今の、何……?」


 動揺しながら尋ねると、ライムはなぜか寂しそうに笑った。


「私の〝好き〟は、こういう意味。言ったでしょ、クレスのこと、お兄ちゃんなんて思ったこと無いって」


「ちょっ――待て、冗談だろ!? 俺は特殊生体なんだぞ!?」


「それが理由なら、関係無い。例え誰もがクレスを死すべき存在だと言っても、私だけはそれを許さない。世界中が敵になっても、私はクレスの傍にいる。例えその時クレスが、私を私と気付かなくてもいいの」


 ライムは青ざめた唇を、再度俺の唇に重ねた。心臓が破裂しそうな程の勢いで脈打ち、鈍い痛みのようなものさえ訴えている。血液は灼熱の温度で体中を駆け巡り、ライムの放つ甘い香りに、頭がおかしくなりそうだった。


 冷たい糸を引いて、ゆっくりと俺から離れていく唇。赤いピアスが揺れて、チカチカと光る。思わず追いかけそうになったが、ここで追いかけたらもう止まれなくなる気がして、俺は俯いた。


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