表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Survival Project  作者: 真城 成斗
八・喪失
93/138

喪失 8

 呟いて、確信した。ライムが呼んでる。


「メロヴィス様、ライムはどこ!?」


「ライムなら隣の部屋だけど――」


 聞くなり、俺は勢いよく部屋を飛び出した。後ろからメロヴィスの驚いたような声が聞こえたが、構わず隣の部屋のドアを開け放つ。


「ライム!」


 だが、部屋のどこにもライムの姿は無い。


 ザァァァ……


 微かに水の流れる音がした。シャワールームだ。


「おいっ!」


 俺は躊躇なくシャワールームのドアを開いた。脱衣場の籠に入っているのは、若い女の衣服だった。恐らくライムのものだ。


「ライム、開けるぞ!」


 俺は磨り硝子の内ドアを威勢良く開けて、思わず言葉を失った。


「なっ……ライ……ム……」


 白い首筋に押し当てられた刃と、壁から生え出た二本の腕に捕らわれた、濡れた裸体。流れたままのシャワーから立ち上る湯気の向こうで、怯えた蒼い瞳から涙が零れている。


「クレス……」


 それを目にした途端、カッと頭に血が上った。


「てめ……っ!」


「痛っ!」


 しかし、俺が自分の背から剣を引き抜こうとした刹那に、ライムが苦痛に顔を歪めた。首筋の刃が彼女の皮膚を破ったのだ。湯と混じって薄くなった血液が、白い身体の上を伝い流れていく。何だか非現実的で、異様な光景のように感じた。


 すると壁の中から、ずるりと男の上半身が生え出してきた。


「!」


 右手に握った刀をライムの首に押し当てているその男は、センジュだった。


「遅かったね。こうなるまで誰も気付かなかったのか?」


「おまえっ!」


「動くなとは言わない。だが動くなら、その時は彼女を殺す」


「動かなかったら?」


「君を嬲り殺した後、君の死体の隣で彼女を犯し殺すというのはどうだろう」


「……っ!」


 センジュの顔に、薄っすらと不気味な笑いが浮かぶ。彼の左手がライムの白い乳房の上を這い、口唇が歪んだ弧を描く。赤い舌がライムの首筋をゆっくりと舐め上げた。


「ふざけんな! やめろっ!」


 自分で思った以上に悲痛な声が出て、それを聞いたセンジュは、おかしそうに笑った。


「冗談だよ。面白いとは思うけどね」


 ライムの首から刀が外され、センジュは壁の中へと戻ろうとする。


「待てっ!」


 俺はセンジュの顔面目掛けて拳を振り下ろしたが、壁に激突した俺の手が血を噴いただけだった。


「あぁ、そうそう。ヴェネスのことだけど。早く行かないと、彼……消されちゃうかもね?」


 そして声だけが辺りに残った。俺はギリリと唇を噛む。


「くっそ……」


 ライムのすぐ傍らに落ちた拳。途端にガクンッとライムの身体から力が抜け、彼女はその場に崩れ落ちた。両腕で自分の体を掻き抱いている彼女は、余程の恐怖だったのか、ガチガチと歯を鳴らして震えている。


「お、おい、大丈夫か?」


 俺は急いでシャワーを止めて、ライムの肩を掴んだ。


「ごめん、なさい……ごめんなさい」


 か細い声で、ライムはなぜか謝罪の言葉を口にする。しかし俯いたまま、俺と目を合わせようとはしない。


「大丈夫、もう大丈夫だから。な?」


 努めて穏やかに語りかけ、俺は辺りに視線を走らせる。脱衣場にバスタオルを見つけて、ライムの身体を覆った。


「大丈夫だ、あいつはもういない。安心して」


 ライムは青白い顔で、ガタガタと身を震わせている。いつだって強気な彼女なのに、一体どんな恐ろしい目に遭ったのだろうか。俯いた双眸からボロボロと零れる涙も、色を失った唇も、まるでいつもと違う。


 振り返ると、部屋の入り口のところにメロヴィス達がいた。彼らが部屋に入ろうとしたところを目で訴えて制すと、彼らは静かに部屋のドアを閉めてくれた。


「ほら、立てるか? ひとまず出よう」


 俺はライムの身体を支え、彼女をシャワールームから連れ出した。湯を浴びていたはずなのに、肌がすっかり冷え切っている。


「あいつに何かされたのか?」


「違う……」


 俺は籠に入っているタオルをもう一枚出して、ライムの濡れた髪を拭ってやった。彼女の髪は、ほんのりと甘い香りを纏っていた。


「ごめんなさい……」


 繰り返される「ごめんなさい」に、俺はライムの頬にそっと触れ、できるだけ優しく微笑んだ。


「ほら、ライム。俺を見て。もう大丈夫だから」


 しかし、ライムはフルフルと首を横に振った。


「私……私は」


 か細い声が、今にも消え入りそうだ。


「私、クレスにどう償えばいい……?」


 溢れて来たのは、予想もしなかった言葉だった。


「償う?」


 一体、何を?


 思い当たる節が無い。俺を童貞だのゴキブリだのと罵ったことを謝るつもりなら、こんなに泣くことはないだろう。


「クレスの大切な人を奪ったのは、私……。そうでしょう?」


「えっ?」


 咄嗟に反応できず、絶句してしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ