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Survival Project  作者: 真城 成斗
八・喪失
90/138

喪失 5

*   *   *


 ノックもせずにドアを開くと、テイルがベッドで起き上がっていた。ベッドの傍らの椅子にはリダが座っていたが、彼女は身体を半分に折り曲げて、テイルの足に頭を乗せて眠っていた。


 血の色にも見える彼女の髪を撫でていたテイルは、俺を見て困ったように笑った。


「残念。イイトコロだったのに」


「テイル……」


 テイルは深い漆黒の瞳で俺を見つめた。何もかも見透かされているような気分になるのは、きっと俺自身が動揺しているからだろう。


「こんな無防備なリダ、何年振りかな。きっと、余程疲れていたんでしょう。……僕が言えることでもありませんが、クレス、どうかリダを責めないであげてくださいね」


 小さく微笑んでから静かに目を伏せた彼は、自分の右頬の傷をそっとなぞった。彼の表情はとても悲しそうだった。


 するとリダが僅かに声を漏らし、ゆっくりと身を起こした。彼女は、俺達が部屋にいることに驚いたように眉を動かした。


「どうしてクレスがここにいるんだ?」


 尋ねられて、俺は肩を竦めた。


「ヴェネスに聞いてくれ」


「ヴェネスは?」


「ジルバ城にいる」


「……そうか」


 リダは大した反応もせずに頷くと、もう一人の姿を探したようだった。


「ライムは?」


「あいつには聞かせられない」


 俺は歩を進め、二人へ詰め寄った。


「……フィラルディン・フレイヤが死んだ」


 リダは眉間に皺を寄せて目を閉じ、テイルは驚いたように目を見開いた。この反応を見る限り、どうやらこの二人の間にも、多少なり温度差があるらしい。


 俺はヴェネスから聞いた話や、ジルバ城で見たもの聞いたもの全てを三人に話した。


 俺が一度死んでいる事も、アルベルトのことも、エルアントとセンジュに襲われたことも、ライムが両親を殺したことも、混沌系統魔術のことも、ジンが話していたことも、全部。


「俺はリィナを止めないといけない。俺達がここへ集まったのは、王女の力だってリィナが言ってた。ヴェネスのところに生き残りを集めたってどういう意味だ? ミドールは一体何をやってたんだ? 王宮騎士って何なんだ? 駆除協会って何なんだ?」


 連ねた疑問に、リダは黙っていた。テイルはリダの様子を窺っているようだった。メロヴィスは何も言わずに俺達を見守っていた。


 沈黙は長く、リダの顔はいつの間にか苦しそうに歪み、俯いていた。こんなに感情を表に出しているリダは、見たことが無かった。しかし俺は構わず、声を荒げた。


「黙ってないで答えろよ!」


 俺の出した大声に、リダが唇を引き結ぶ。パキッと小さな音がして、それが俺のものかリダのものか、それともメロヴィスのものかを思い至る前に、テイルが口を開いた。


「言ったでしょう、クレス。リダを責めないで」


 テイルは静かにそう言うと、リダにそっと笑いかけた。


「リダ、僕は自分が王宮騎士である理由を知っています。だから、大丈夫」


 テイルの言葉に、リダが今までになく驚いた様子で、大きく目を見開いた。小さく息を呑んだ音すら聞こえた。


「テイル……そんな……それじゃぁ……」


 首を横に振るリダに、テイルは頷く。


「僕は団長の命令で協会を調べていたんですよ? リダ、話してあげて。きっと僕よりも、貴女の方がずっと詳しいのでしょう? これだけのことがあって、クレスは諦めていないんです。戦っているのは、リダだけじゃない」


 リダは唇を噛んで沈黙し、それから長い息を吐いた。


「もしテイルが何も知らなくても、もう話さないわけにはいかないか。まず……ヴェネスの推測は、一言で言うなら大正解だ。特殊生体は魔術を使うことで発生する。そして混沌系統魔術は、その法則を捻じ曲げる規格外の魔術だ。混沌系統魔術に関連した特殊生体化には、私の知る限り四つのパターンがある」


 リダの指が、一本だけ立てられた。蒼い硝子のような指だった。


「一つ、混沌系統低位魔術〈クロス〉。魔術を用いることで発生する――ヴェネス風に言えば、本来外界へ流れるはずの魔力のカスを体内に留めさせ、肉体から魂を引き剥がす効果を持つ。これにより、人間が特殊生体になってしまう。魔術の使用を控えれば、特殊生体化はある程度抑えることができる。だが、魔力は魔導力を通じて常に肉体を循環しているものだから、進行を止めることはできない。元々人間である者を対象にする為、何らかの方法で解くことが可能なようだ。しかしリィナの発動させた〈クロス〉を完全に解くとなると、綿密なイメージか、かなりの魔力が必要だろう」


 リダの指がもう一本立てられた。黒い痣に覆われた指だった。


「二つ、混沌系統中位魔術〈カーズ〉。特殊生体として人間を複製する。これは元となる人間と〈カーズ〉の相性が良ければ良い程、人として精度の高い心を持つようになる。複製に対する記憶の擦り込みも可能のようだ。複製された人間の魂は本物の魂とは異なる為、魔術を使っても魔力のカスによる影響を受けない。つまり〈カーズ〉による複製体は、魔導力を最大限に活用し、消耗することなく無限に魔力を紡ぐことが可能だ。だが、偽物の魂は時を経て徐々に劣化していき、やがて特殊生体となって自我を失う」


 リダはそこで一度、口を噤んだ。大きく息を吐き、三本目の指を立てた。この指も、黒い痣で塗り潰されていた。


「三つ、混沌系統高位魔術〈カオス〉。死者を特殊生体として蘇らせる。どうやら死後の世界から使者の魂を呼び戻すわけではなく、術者が持つ対象のイメージが魂となるようだ。この魂は本物に近く劣化もしないが、肉体との繋がりが脆く、魔力のカスを体外へ処理することができない。本来であればこれにより魂が肉体から剥がれて特殊生体化するが、〈カオス〉で蘇った者は基本的に魔導力が封じられた状態を保つ為、日常での特殊生体化の進行はほとんど起こらない。クレスの話から推測すると、仮に魔導力を行使して特殊生体化の進行が始まっても、術をかけ直して特殊生体化をリセットすることもできるようだな」


 リダの視線が俺に向けられた。俺は震える唇を、ギュッと引き結ぶ。


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