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Survival Project  作者: 真城 成斗
一・外れた鍵
9/138

外れた鍵 8

「ところで、俺がベッド使っていいの?」


「それはすっかり寝る気満々の体勢になる前に聞こうぜ」


 俺は明かりを消して毛布の中に潜り込み、ジンを見上げた。


「なぁ、ジン」


「何?」


「おまえ、いい加減彼女いねーの?」


「彼女?」


「モテるだろ、おまえ」


 するとジンはクスクスと笑って、ベッドから顔を出す。


「否定はしないけど、誰とも付き合ってない」


「否定しないのかよ、嫌味な奴め。でもそれって、好きな奴はいるってことか」


「うん、いるよ」


「へぇ。付き合わないの?」


「俺は彼女には相応しくないからね」


 ジンは淡い笑みを消さないまま、きっぱりと言い切った。俺は驚いて、思わず身を起こした。


「何で? もし俺が女だったら、おまえに告白されたら嬉し過ぎて死ねるぞ?」


「大袈裟だなぁ」


 ジンは苦笑して、寝返りを打って天井を見上げた。


「いいんだ。俺は遠くから彼女を守る。想いを伝えることだけが全てじゃない」


「切ないこと言ってんなよ。……あ、もしかして相手が上流貴族とか?」


「そんなところかな」


 ジンは中等学院卒業後、すぐに協会員となったそうだ。俺達のように特殊生体に特別の恨みがあるわけでもないようだが、彼が協会員になった理由は教えてくれない。少し寂しい気がするが、その話をすると、ジンはいつも悲しい顔をする。だから無理に聞く話でもないだろうと、俺は踏み込んで聞いたことが無かった。


 ジンの腕なら、協会員ではなく軍で十分な出世も臨めるだろうに。軍で名を上げれば、貴族にだって手が届く。


「そう言うクレスはどうなの?」


「は? 俺がモテるわけないだろ」


「そう卑屈になるなよ」


「俺のこと気になるって女に一人でも会ったことあるか? もちろんライム意外に。どうせ〝気になる〟の意味が違う奴しかいねーだろ。捨て子ってだけでイジメられてたんだから」


 口を尖らせて身体を布団の上に倒しながら言うと、ジンはしばらく黙って、苦笑を浮かべた。


「ライムだけじゃ不服なの?」


「いや、むしろ何でライムだよ」


 眉を寄せると、ジンはゴソゴソと身動ぎして、俺の方に少し身を乗り出した。


「クレス。ライムみたいな子、そうそういないよ?」


「ライムみたいなのが何人もいたらドン引きするわ」


「一緒に育ったからって、クレスにとって〝義妹〟じゃないだろ、ライムは」


「だからって女として意識したこともねーよ」


「本当かなぁ」


 ジンはしばらく沈黙し、やがて長い息を吐いた。


「そんな悠長なこと言ってると、とっちゃうよ?」


「……へっ?」


 思わずまた起き上がってしまった俺に、ジンは悪戯っぽく口の端を上げた。


「俺が好きな子って、ライムなんだ」


「えぇ? だってさっき上流貴族って……」


 ポカンとした俺に、ジンはおかしそうに笑い声を立てる。


「冗談だよ」


 ジンは笑いながら、乗り出していた身体をベッドに引っ込めた。


「でも、例え俺にだって嫌なんだろ? ライムを奪われるのは」


「べっ、別に。ライムなんかいくらでもくれてやるよ。あんな生意気な野性児に引き取り手があるなんて驚きだ」


 そう言ってジンを見ると、ジンは既に目を閉じて、俺の言葉は聞かぬ振り。


「何だよ、くそ。もう寝るっ!」


 俺は悪態をついてジンに背を向け、目を閉じた。ライムのことはともかく、今日こそは夢を見ずにぐっすりと眠れるだろうか。ジンがいれば、何かあってもすぐに気付いてくれるだろう。


 目を閉じた先の暗闇に、意識が吸い込まれていく。


 ――そこに、女は立っていた。


「ねぇ」


 女は悲しい声で呼びかけてくる。その女のことを、俺は知らない。


「返事をして。貴方なんでしょう?」


 ザザッ……。


 目の前に走るノイズ。ノイズの奥に誰かがいるような気がするが、それが誰なのかも分からない。だが、おまえは誰だと尋ねようにも、うまく声が出ない。


 あぁ、それにしたって俺ってば寝付くの早過ぎだろ。まだ目を閉じてから三分と経ってない。


 そんなことを頭の片隅に思いながら、なぜか深い悲しみが心に溢れ、じわりと滲んだ涙が、あっと言う間に頬を伝う。そうかと思うと、自分の体が黒い痣に覆われ始めた。


 どうしようもなく胸が苦しい。


「●●●●●」


 彼女は知らない名前で俺を呼んだ。


「――レス、クレス! 大丈夫か!?」


「おぉっ!?」


 気付くとジンに胸倉を掴まれて、ガクガクと前後に揺すられていた。胸が苦しかったのはこのせいか?


「ジン、苦しい」


「あ、あぁ、ごめん。いきなり呻き出してびっくりしたから……泣いてるのか?」


「大丈夫。また夢見ただけだ」


「えっ、寝てたの!?」


 さすがのジンも驚いたらしい。目を丸くして素っ頓狂な声を出した後、「凄いな」と呟いた。俺は手の甲で頬の涙を拭い、小さく息を吐いた。


「まぁ、毎日こんな感じ。知らない女が出てきて、俺は多分、そいつに呼ばれてる。魔術の気配とか、何かあったか?」


 尋ねたが、ジンは首を横に振り、しゅんとしたように眉を下げた。


「ごめん、クレス。全然役に立てなくて」


「いや、気にしないで。多分、ちょっと疲れてるんだよ」


 俺が笑うと、ジンは立ち上がってベッドに戻りかけ、ふと足を止めた。


「どうした?」


 見上げると、ジンはゆっくりと俺に手を翳し、悪戯っぽく微笑んだ。


「一ヶ月もロクに寝てないなんて、倒れちゃうよ。深い眠りに就いていれば、夢だって見ないさ」


「へっ?」


「〈ドーヴ〉」


 途端にふっと意識が遠退いて、その後の記憶は無い。


 気付いたら朝で、ジンが精神系統中位魔術〈ドーヴ〉で俺を強制的に眠らせたことを知ったのは、協会に向かう道中だった。


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