喪失 4
思わず目を見開いて、途端に、じわっと目頭が熱くなった。このままじゃ多分、感情が爆発する。〝特殊生体化に喰われるよ。堪えないとマズいんじゃないの?〟頭の隅で冷静にそう言った自分がいたが、俺はその忠告を無視した。
「親友が――ジンが死んだんです」
口にした瞬間、信じられないくらい身体が震えて、まるで時間が寸断されたような感覚に襲われた。メロヴィスの胸元を、異形と化した手で縋り付くように握り締める。
「俺っ、ワケわかんなくて……! 特殊生体だからって、何で死ななきゃいけなかったんだ!? 何で諦めちまったんだよ! 魂とか心とか、俺にはわかんねぇ!」
溢れ出した涙と声を、メロヴィスの胸に叩き付ける。彼は黙って、背中を撫でてくれた。
「もう会えないなんて、嘘だろ? あいつは俺よりもずっと強いのに! 俺は何も気付かなかった。苦しんでいたことに気付こうともしなかった。最期にあいつは泣いてたんだ! 死を選ぶしかないなんて、そんなことあるわけないのに!」
「クレス……」
「俺は何もできなかった……何もできなかったんだ! ジンはずっと傍にいてくれたのに!」
その先は、自分でも何を言っているのかよくわからなかった。ただひたすら、声を上げて泣いた。メロヴィスはずっとそれに付き合ってくれて、俺が落ち着くまで、優しく抱き締めていてくれた。
これだけ感情を爆発させても、俺の視界は赤くならなかったし、破壊の衝動は俺を駆り立てなかった。……メロヴィスのおかげだろうか。彼の雰囲気は、何となく義父に似ている。素直にそれを伝えると、メロヴィスは「せめて兄にしてくれ」と冗談めかして笑った。
伝い続ける涙と、真っ暗になった思考。メロヴィスに促されるまま、俺は案内された部屋のバスルームで、古びたシャワーを捻った。呆然とした頭のまま、熱い湯で身体を流した。割れた鏡に、ひどい顔の自分が写っている。その頭を乗せているのは、化け物以外の何者でもない異形の体。こんな姿で、よくメロヴィスは抱き締めてくれたものだ。
身体は思いの外冷えていたようで、湯に触れた肌がじんじんと痺れた。
――リィナの苦しみを対価に生まれて、挙句に彼女を殺したのは俺達だ。
そういえばユーグも似たようなことを言っていた。王宮騎士はみんな、リィナの混沌系統魔術から生まれたのだろうか。
……リダとテイルも? だとしたら、リダに〈クリア〉の効果が現れたのはなぜだ? かけられていた魔術を解かれただけなら、魔術による干渉から身を守る〈クリア〉では意味を成さないはずだ。
ミドールが特殊生体駆除協会に作られた国だということを、二人は知っているのだろうか。
「……知らないわけがない」
俺は大きく深呼吸をして、しかし自分で思ったよりもずっと不安気な足取りで、バスルームを出た。脱衣場に俺の着ていた服は無く、代わりに古いシャツとパンツが置いてあった。袖を通すと少し埃っぽいような感じもしたが、血塗れの服よりずっとマシだった。
部屋に戻るなり、ポイッと何かが飛んできた。受け止めると、真っ赤な林檎だった。
「ごめん、それの他には固いパンしかない」
申し訳無さそうに言ったメロヴィスに、俺は首を横に振る。齧り付いて、その甘い果汁を飲み下す。
「……。ライムはどうしてます?」
「部屋で眠ってる。というより、気を失っていると言った方がいいかもしれない」
「テイルとリダは?」
「テイルは一度目を覚ましたけど、水を飲んでまたすぐに眠ってしまった。リダも一緒にいる」
「どこの部屋ですか?」
メロヴィスは「右隣」と答えた。俺は頷いて、ドアへ向かう。
「何する気なんだ?」
苦笑混じりのメロヴィスの横を通り過ぎながら、俺は言った。
「テイルには悪いけど、叩き起こす」
「……私も同席していいかな?」
振り向いた俺に、メロヴィスが澄んだ瞳を鋭く光らせた。