喪失 2
「あのコ」
「っ!」
「クレスの〝存在〟を外側から切り崩すなら、ライムは適役でしょうね。貴方をこの世で一番強く認識して、貴方自身、彼女を心の支えにしている――心の弱い貴方は、もう何度彼女に助けられたの?」
「やめろ……やめてくれ! あいつにはもう手を出すな!」
懇願した俺に、リィナは「クスクス」と愉しそうな笑いを漏らす。ひんやりとした白い指先が二本、俺の唇に触れた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。あのコは殺さないわ。殺すならもっと早くに殺してる」
間近に迫ったリィナの容貌は美しく、その妖艶な笑みに、俺は息を呑んだ。肌がザワザワと粟立ち、恐怖に身が竦む。
「彼女にはね、クレスを救う良い方法を教えてあるの」
「!?」
「抜け殻の貴方なら、消すのは容易いわ」
「おいっ、どういうことだ!?」
声を荒げると、リィナは一層笑みを深めて、スゥッと姿を消した。
「――くそっ!」
ガンッ!
握り締めた拳で壁を殴り付けるも、悲しみも憤りも苛立ちも、ひたすらに募るばかりだった。
「俺はクレスだ! アルベルトなんてもういないんだよ!」
頭を抱えて小さく被りを振ると、なぜか視界が歪んだ。過去の記憶が戻ってくる。もう何度目になるか分からない感覚に目眩を起こし、俺は床に膝をついた。
「うぁっ……?」
――アルテナ、俺達は二度、神に逆らった。
縦横無尽に走るコード。濁った緑色のカプセル。点滅する小さな光。
――私達の行いを赦さないのは、神だけじゃないわ。でもね、代償を怖いとは思わないの。報復が来るなら戦うまでよ。
――はっ、おまえらしい。
口の端を上げて笑ったディーナ。傍らに寄り添うアルテナ。
――ねぇ……ディーナ。成功したんでしょう?
――あぁ。あとはこいつが暴走しないことを願うばかりだ。
――仮にそうなったとしても、策はあるわ。大丈夫よ。
――上手くいく保証は無い。
――上手くいったわ。少なくともここまではね。きっと大丈夫。
――どっからその自信が湧いてくるんだか。
――だって、愛は無敵でしょう? 貴方は私を信じてくれたじゃない。
ニコッと笑ったアルテナに、ディーナは少し驚いたような顔をした。
――誰かをこんな風に愛する自分なんて、想像もしなかった。
――うぅん、きっと今の貴方が本当の貴方よ。そもそも私、協会の為に好きでもない男の子どもを産もうなんて、これっぽっちも思ってなかった。
――えっ……。
――この話が持ち上がった時、私は断れば殺される立場だった。でも、自分で死を選ぶこともできたの。
――俺の目が覚めなかったら、どうする気だったんだ?
――賭けには勝つって確信してたから。……でもね、どんなに貴方との関係を正当化しようとしても、私達がやっているのは呪われた所業。それに変わりは無いわ。
――それでも今は、何よりもおまえやこの子達を守りたいんだ。
――そうね、私もよ……。
開かれたカプセル。横たわっている血塗れの少年。しかしよく見ると傷は一つも無い。血で汚れているだけだ。
――さぁ、クレス。家に帰ろう。
ディーナの腕に抱かれた俺。
そうか……これは、あの森での出来事と繋がるのか。
でも、特殊生体駆除協会にこんな施設があっただろうか。
……わからないことだらけだ。
「ライムのところへ……ライムを助けないと」
戻ってきた薄暗い視界に、俺はフラフラと立ち上がった。ヴェネスを探して、彼がいた場所に顔を向ける。
「ヴェネス!?」
声が聞こえないと思ったら――ヴェネスが倒れていた場所には影一つなく、慌てて辺りを見回してみても、姿はどこにも無い。
「あいつ……!」
あんな身体でどこ行きやがった!?