表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Survival Project  作者: 真城 成斗
七・偽りの温度
83/138

偽りの温度 10

「っ!?」


 すると、不意に景色が大きく歪んだ。眩んだ視界に足元がふらついた時、俺は一人、見知った場所にいた。


 自宅のリビング……。


 血の痕を隠す為の絨毯は、まだそこに敷かれていなかった。


「何だ、あれ……」


 そこにはディーナとアルテナ、そして巨大な刃を右腕に持つ漆黒の特殊生体がいた。


 目を見開いた俺の前で、義父が特殊生体へ手を伸ばす。その黒い化け物は、左手で頭を抱えながら、何か苦しんでいるように見えた。


「クレス、おいで。父さんと母さんは強いから、おまえのことを助けられる」


 ディーナの言葉に、クレスと呼ばれた化け物は目を見開き、首を横に振った。


「だって! 駄目だよ、抑えられないんだ! 苦しいよ……俺、このままじゃ義父さん達のことを殺しちゃうよ! 逃げて!」


「安心しろ、クレス。すぐに楽になるよ。大丈夫だから、父さん達を信じるんだ」


 優しい声で〝俺〟を「クレス」と呼ぶディーナ。振り翳された刃が不気味に閃く。しかし二人は逃げようともせずに、手のひらを〝俺〟に向けた。


「やだ……駄目、うわああああぁぁぁぁぁっ!」


「――〈カオス〉!」


 真っ白な光の爆発。思わず目元を手で覆い、その光が止んで恐る恐る顔を上げると、リビングには真っ赤な血が散乱していた。


「クレス!?」


「そこを動くな、クライスさん」


「っ、エルアント! 一体いつから!?」


 リビングには、義父母の他にエルアントとセンジュが立っていた。彼らはそれぞれ、血の付いた得物を手にしている。真っ白な光の爆発に紛れて、化け物を攻撃したようだ。


「そんな……エルアント! おまえ何てことをしたんだ!」


「これ以上、特殊生体に人間のフリをさせるわけにはいかない」


「ふざけないで!」


 墳努の表情で二人を睨み付ける義父母と、血塗れで倒れている俺。姿は人間のものに戻っていたが、仮に人間なら、生きているはずがないほどの傷を負っていた。


「義父さん……寒いよ」


 リビングに広がる血の海。大きく裂かれた腹から臓物が溢れ、胸を貫かれ、額には銃によって開けられた風穴があり――そのどれからも、恐ろしい量の真っ赤な血を流している。


 潰れかけた芋虫のような姿だったが、俺は生きていた。


 そんな俺を見下ろして、エルアントとセンジュが顔を顰める。


「可哀想に。この子は何が起きたかすら理解していないんだ」


「エル。こんな姿になって尚、生きている人間などいない。情をかけるな」


「あぁ、分かってる。俺がとどめを。もう逝かせてやろう」


「義母さん……」


 二人の会話を聞きながら、俺は喘ぐように懇願する。


「助けて……」


 辛うじて動く眼球で、俺は襲撃者達を見上げた。……俺の視線は、いつの間にかそこにあった。


 見上げた視線に返されたのは、憐みの色だった。


「……恐ろしいことを。特殊生体を造り出す研究なんて、どうかしてる」


「実の子のライムが、魔導力に見合わない魔術の使い方をしているのは、彼女が自分達を越えてしまわないようにするためなのか? あの子の魔術は、貴方のような魔導師に教わっているのに、力任せで滅茶苦茶だ。まるで魔術が使えないように育てたかのような……。とにかく貴方達には、駆除協会の裏で行われていること、洗い浚い吐いてもらう」


 エルアントがそう言って、俺に向けて剣を振り上げた。


 カタンッ。


 しかしその時、リビングの入り口から小さな音がした。


 驚いた様子で、四人が音の方を振り返る。そこには真っ青な顔でガタガタと震えているライムがいた。


「クレス……?」


 ライムは血塗れの俺の姿を見つけて、大きく目を見開いた。


「王宮騎士……? クレスに……何をしたの……」


「ライム、来ちゃ駄目! 外に出ていなさい!」


 アルテナが叫ぶが、ライムは小さく、首を横に振った。


「嫌……」


 バタバタとライムの髪や服が大きくはためき、彼女の周囲に物凄い勢いで魔力が集束していく。これまでに見たことも無いような力だった。


「ライム!?」


 玄関の方からジンの声が聞こえた。


「ジン君、ライムを止めて!」


 アルテナが叫ぶように声を上げたが、間に合わなかった。ライムは殺意を込めた瞳で、エルアントとセンジュを睨み付ける。


「〈エクスプロージョン〉!」


 ライムの呪文と共に、強烈な爆音が炸裂した。


 グシャッ!


 ……濡れた音が響いた。


「ディーナさん!? アルテナさん!?」


 絶叫のようなエルアントの声がした。誰が展開したのか分からないが、砕け散った防御系統高位魔術〈イクスティン〉が、薄っすらと光を残して消えていく。その場にいる誰が展開しても、それは類稀なほどに強靭であったはずだ。しかしそれはどういうわけか、ライムの〈エクスプロージョン〉によって呆気なく破られてしまったようだ。


「父さん……母さん……何で……?」


 呆然とするライムの視線の先。


 そこにはエルアントとセンジュを庇い、身体の左半分を失って息絶えたアルテナと、上半身だけになってしまったディーナがいた。ディーナは震える手を俺に向け、治癒系統高位魔術〈エンジェルキス〉を発動させた。


 俺は愕然と目を見開いたまま、その光景を見つめていることしかできない。勢いよく噴き上がる緑色の優しい光が、場違いなくらい美しい輝きを放って、俺の傷を癒していく。


「ディーナさん、どうして!? 貴方は……!」


「エルアント……。悪いがクレスを助けてやってくれ。その子は特別なんだ。魔導力さえ使わなければ、ちゃんと人として生きられる」


「特別って……」


「特殊生体を造り出す研究、調べてみるといい。もし調べる前にクレスを殺したら、絶対後悔するぞ」


 ゴボゴボと血を吐きながら、ディーナは最後の力を振り絞るように、ライムへ顔を向けた。


「ライム……」


 娘の名前を呼んだ唇が、動かなくなった。ライムの双眸が絶望に見開かれる。泣き叫ぶ寸前のライムの身体を、悲痛に満ちた顔のジンが抱き締めた。同時に目の前が真っ白に塗り上げられて、俺の意識はプツリと途絶えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ