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Survival Project  作者: 真城 成斗
七・偽りの温度
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偽りの温度 9

*   *   *


 ――そいつはほんの数分前、森の出口へ向かう俺達の前に突如として現れた。


「〈サンダーボルト〉!」


 ピシャァアアアンッ!


 雷鳴轟く嵐の空から、ヴェネスの放った雷系統高位魔術〈サンダーボルト〉が降り注ぐ。黒い影を纏ったその男――十八歳の俺の姿をした何かは、それを全身に浴びて尚、ニヤリと不気味に笑う。


「くそっ、何で効かないんだ!?」


 ヴェネスの銃弾が影を貫き、しかし影は動じた様子もなく、首を傾げた。


『おまえはいいよな、ヴェネス?』


 淀んだ闇に包まれて、彼はくぐもった声で言う。彼の足元には、黒い光が不気味に渦巻いていた。


『強大な力があって、自信もあって、こんな世界で立派な衣装まで纏ってる』


「何言ってんだ……?」


 呟いた俺と目が合うと、そいつは手にした大剣を担ぎ、小馬鹿にするように笑った。


『強がりはやめろよ。本当はヴェネスが羨ましくて仕方ない。自分には無い強さ、自信、誇り……』


「いや、確かにヴェネスは格好良いけども」


『俺は人間じゃない。魂とか命とか、そうやってどんなに理由を付けたとしても、俺はヒトじゃない。特殊生体――傷付けることしかできない存在。本当の命には届かない、偽りの存在だ』


「だったら……何なんだ」


『死んだらみんなに忘れられるんだ。繋がりが全部消えて、俺は独りぼっち。俺なんて最初からいなかったことになる。こんな世界にしがみついて、苦しい思いをしながら生きていく意味はあるのか?』


 昏い目をした〝彼〟は言う。心臓が跳ねたのを感じながら、俺は小さく息を呑む。


『そこから逃げる為に生きるの? 忘れられるのが怖いから?』


「違う。そんなんじゃない」


 取る武器を持たない俺は、拳を構えた。


「死んだ先のことよりも、できることならもっと生きていたいって、それだけだ。てか、せっかく色々わかってきたのに、呑気に死んでられるかよ!」


 雨でぬかるむ大地を蹴り、俺は〝俺〟に殴りかかった。


「クレス! そいつ変だ! 気を付けろ!」


 ヴェネスの警告が飛んでくる。


「わかってる!」


 不気味な黒い影。俺は、嫌な笑いを浮かべるそいつの懐へ潜り込んだが――突き上げた拳は空を切った。


「!?」


 驚いて振り返ると、そこには身体の周りに闇を揺らめかせながら佇む俺の姿があった。


『どうして頑張るんだ? 犠牲に見合う代償が、この先の未来に期待できるわけでもないのに』


「義父さんは俺を生かしてくれた。俺をクレスとして愛してくれた。それに応えないワケにはいかないだろう! 現状を乗り切っても犠牲に見合う代償が無かったら、それはその時考える」


 影が揺れる。彼は憎々しげに顔を歪めた。


『生きる意味、本当にあるの? 俺が生きてる理由って何?』


 黒い影に包まれた俺が、静かに女王の守護者(セイヴザクイーン)を構えた。


『こんな身体、誰も愛してくれないよ? 全部放り出して、楽になっちゃえば?』


「うるさいっての!」


 その時、俺の身体は自然と紅円舞(ガーネット・ワルツ)の構えを取っていた。それに一瞬だけ驚いて、手の中に女王の守護者(セイヴザクイーン)の重みがあることに気付く。俺はそのまま、勢いよく大剣を振るった。


「消えちまえっ!」


 グルンッと大きな弧を描いた大剣に合わせたステップで、俺は彼の脇へと滑り込む。そこから遠心力を殺さずに、返した刃を一気に斬り下ろした。


 途端、ドバァッと音がしそうな勢いで真っ黒な闇が飛び散り、影は消えた。


『俺はおまえだよ? ねぇ、どうして俺がこんな目に? こんな世界で生き抜いてどうするの……おまえは忘れられちゃうんだ。いないのと一緒』


 消える直前、そんな囁きが耳に残った。


 俺は刃を振り払い、小さく息を吐いた。


「クレス、大丈夫か?」


 駆け寄ってきたヴェネスは心配そうにそう言った後、少し項垂れた。


「すまん……俺、いても全然意味無かったな」


「そんなことない。俺一人だったらどうなってたか」


 笑うと、ヴェネスは影が飛び散った場所をじっと見つめた。


「さっきの、一体何だったんだ?」


「『俺だ』って言ってた。……でも、実際俺も少なからず思ってる。あいつと同じこと」


 でもそれは、きっと誰でも思うことだ。他者を羨む心や、自身の存在に疑問を抱く心――それを持っているのは、俺だけに限ったことではないはずだ。


 俺は手の中の女王の守護者(セイヴザクイーン)の重みを感じながら、額に張り付く髪を払った。


「というか、ここはレイスの世界なんだろ? こっちも向こうも、互いに干渉できないはずじゃないのか?」


「俺もよくわからない……レイスに取り込まれたのなんて初めてだし。まぁ、ここがイカレた世界であることには変わりないんじゃないか? その大剣だって、現実だったらガキの細腕で軽々振り回せるような物じゃないだろう?」


「あー……そっか」


 ヴェネスはしばらく思案顔を浮かべていたが、やがて腰に手を当てて溜め息をついた。


「まぁいい。今はさっさとこの世界から抜け出そう」


 俺は頷いて、再び森の出口に向かって歩き出そうとした。


「!?」


 雨に閉ざされた視界の向こうに、悲しそうに笑うジンが立っている。


「ジン!? どうしてここに」


「どうしてだろうね?」


 ゆっくりと雨が去っていく。枝葉から滴る水だけ残して、遠い空が明るくなっていく。


 だが晴れていく空とは裏腹に、俺達の間には張り詰めた空気が漂っていた。


「……クレス、本当に頑張っちゃうつもりなんだ」


「そう、頑張っちゃうの。青春っぽくていいだろ? いつからいたのか知らないけど」


「いつからというより、さっきの影は俺が魔術で作った幻だよ」


「幻にしては、随分演技派だった」


 肩を竦めて見せると、ジンは首を横に振った。


「頼むから、もう諦めてよ。君が素直に死んでくれれば、ライムは助かるんだから」


「リィナがそれを保障してくれる相手だったら、そうしたかもしれない。でもその提案はもう却下だ。負の感情しか持たない憎しみの塊に命乞いして、どうにかなるとは思えない」


「混沌系統魔術を使えば、自分は助かるかもしれない――そんな希望を持っちゃった?」


「持ってない。ヴェネスやライムに、術者が生きるか死ぬかみたいな魔術を展開させる気は無い。ただ、おまえのおかげで特殊生体化は気合いでギリギリまで回避できることがわかった」


「そう。ギリギリまで回避して、どうするの?」


「リィナを何とかする。それがアルベルトとの約束だし、ライムを生かすにはそれしかない。俺が死ぬのは、その後だ」


「笑えるね。ヒーローにでもなったつもり?」


 ジンは呆れたように言って、俺に手のひらを向けた。


「俺が間違ってるなんて言わせないよ、クレス」


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