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Survival Project  作者: 真城 成斗
七・偽りの温度
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偽りの温度 7

 頭、割れそうに痛い……。


「クレス!?」


 地面に膝をついた俺を、ヴェネスの腕が支えてくれる。


「大丈夫だ、クレス。おまえはちゃんとここにいる!」


 力強いヴェネスの言葉に、俺は小さく頷く。


 するとその時、動かないはずの少年の俺の唇が、動いた。


「ディーナ……」


 名前を呼んだだけなのに、その響きはひどく不自然で、妙に大人びていた。俺を抱いていたディーナが驚いた様子で身を起こし、目を見開く。少年の俺は、光の無い眼をしたまま、口元だけを動かして続けた。


「おまえが望むなら、力を貸す。この子を助けてやれ」


「なっ……!?」


「おまえの力なら、できると思う。俺はこの子の記憶を知ってる。魔術で創ったこの子の存在が消えてしまう前に修復すれば、きっと上手くいく」


「おまえは……誰なんだ。クレスじゃない、よな?」


 ディーナが尋ねると、声は揶揄するように言った。


「この子を創る為に、おまえらがぶっ殺した男がいただろう?」


 ディーナは小さく息を呑み「まさか」と呟く。声は笑った。


「覚えていてもらえたなんて光栄だ。そう、俺はおまえらに殺されたアルベルトだよ」


「アルベルト……どうして。死んだんじゃなかったのか?」


 ディーナは愕然とした様子で、首を横に振った。


「あぁ、アルベルトは死んだ。俺はアルベルトが展開した魔術に焼き付いた、彼の感情みたいなものだよ。ずっと、この子の意識の底にいたんだ」


「魔術に焼き付いた感情? そんなこと有り得るのか?」


「〈アダム〉は偽物とはいえ命を生み出す魔術だから、死にたくないっていう思いとか、そういうのが術のイメージとして一緒に展開されてしまったのかもしれない。俺も本当のアルベルトとは、大分違うよ。この子が感じていたみたいな、嬉しいとか楽しいとか、全然わからない。多分本当のアルベルトなら、そういう感情も持ち合わせていたんだろうけど」


 アルベルトは淡々と言った。その声を発している少年の俺は、相変わらずぐったりとして動かず、目を見開いたままだ。


「それで、どうする? 助けたいなら力を貸すけど……まぁ、あんたにとっては助けない選択もアリか。〈アダム〉の死体なら、研究価値もあるだろうから」


「…………」


 ディーナは黙り込み、唇を噛んだ。アルベルトが笑う。


「生体か死体か、悩むよなぁ。生体に関しては、リィナの魔術で創った王妃の成功例もあるわけだし。王妃は十六年間無事に育って、妊娠して王女まで誕生。特殊生体が人間との子を産むなんて、誰も想像したことが無かっただろうよ」


「どうしておまえがそんなこと――」


「知ってるさ。あんたにこそ劣ったが、大魔導師アルベルトを舐めるなよ? ……リィナを殺して十六年間も俺を生かしたまま使い続けたのは、俺の他に混沌系統魔術を使える力の持ち主を探していたんだろう? それで、混沌系統属性ではないとはいえ、強大な魔導力を持つ女が産まれたから、俺は〈アダム〉の実験台で殺された。その女――おまえとアルテナの子どもが素質として最適なのはわかるけど、アルテナもよく特殊生体駆除協会の命令なんかで、殺されるってわかってる子を産めるよな。確か、ライムだっけ?」


「あ……」


 ディーナは再度口を閉ざし、俯いた。


「すまない、本当に。謝っても許してはもらえないだろうが」


 ディーナは絞り出すようにそう言うと、激しい雨が叩き付ける地面に手を付いて、額がそこへ付きそうなくらいに深く頭を下げた。


「頼む、クレスを助けてくれ。この子を失うなんて、考えられないんだ……!」


「は……そんなに惜しいなら、どうしてさっき即答しなかったんだ? 言っておくけど、あんたの命を賭ける程度には惜しまないと、この子は助けられないよ」


「あぁ、俺は死んでも構わない。だからお願いだ。クレスを助けてくれ。この子は研究対象でも何でもない。俺の息子だ」


「…………」


 今度はアルベルトが口を閉ざし、しばらくの間、雨が地を穿つ音だけが辺りに響いた。


「息子ねぇ」


 やがてアルベルトは呟き、おかしそうに笑う。


「もう一度訊くよ。さっき、どうして迷った?」


「それは――……。アルテナと、ライムのことを考えたから」


「はぁ?」


「この六年で、愛してしまった。アルテナもクレスもライムも。だが、俺達は元々仮面夫婦だ。もしアルテナにとってクレスやライムが研究対象でしかなかったらと思ったら、不安になった。〈アダム〉を用いた時、おまえは命を落とした。それはつまりクレスを助けたら、俺も死ぬということだろう。アルテナがクレスを〝物〟としか見ていなかったら、ライムとクレスを彼女のところに残しては逝けない。――どうしたらいいか考えて、頭が真っ白になった」


「あぁ……」


 アルベルトは納得したように呟いて、小さく溜め息をついた。


「その続きって、やっぱりクレスを助けたいから、自分が愛した女を信じてみようって?」


 ディーナは頷いて、必死の形相で顔を上げた。アルベルトは言った。


「まぁ、そういうことなら教えてやるよ。展開してみてわかったんだけど、〈アダム〉で創った偽物の命は、死んだら終わりだ。生命として限りなく本物に近い代わりに、死んだ場合、時間が経ったら存在ごと消え去って、おまえはこの子のことを忘れてしまう。つまり、この子に死体としての研究価値は無い。みんな忘れちゃうんだから」


「死んだら、存在が消える……!?」


「あぁ。だからもう一度、おまえがクレスの命を――魂を創り直せ」


「俺が〈アダム〉を使うってことか? だが〈アダム〉で生まれた命はまっさらのはずだ。クレスじゃない……」


「おまえはクレスのことを忘れていないんだから、まだ俺の展開した〈アダム〉は有効だ。〈アダム〉より下位の〈カオス〉で何とかできるだろう」


「〈カオス〉って、死者蘇生の……」


「そう。ただ〈カオス〉は〈アダム〉と違って肉体と魂の繋がりが弱くなるから、この子の場合、魔導力は一切使えなくなると思った方がいい。魔導力を行使できないようにして、魔術を使えた記憶なんかは、消してしまうのが賢明だろうな。もし魔導力を使おうものなら、たちまち特殊生体化すると思え。それでよければ、力を貸すよ。俺はクレスの一部だから、おまえがクレスの人格だったり人間そのものだったりをイメージできなくても、俺がクレスを全部知ってる。これなら、おまえくらいの魔導力があれば死なずに済むかもしれない」


「それは……本当にクレスなのか?」


「混沌系統魔術に哲学を求めたらキリが無い。そういう部分をゼロからイメージできないから、術を展開すると魔力頼りになって死ぬハメになるんだ。おまえにとって生き返ったクレスがクレスじゃないなら、そいつはクレスじゃないんだろ」


 アルベルトが言うと、ディーナはぎゅっと拳を握り締めた。彼の表情は、縋るような色を浮かべながら、ひどく引き攣っていた。


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