表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Survival Project  作者: 真城 成斗
七・偽りの温度
79/138

偽りの温度 6

「とにかく、行ってみよう」


 俺達はレイヴンの森に足を踏み入れ、あても無く歩を進めた。


「うおっ、何だこの虫! デカッ!?」


 温暖な気候のミドールにいる虫や植物が珍しいのか、ヴェネスはキョロキョロと辺りを見回しながら歩いている。心なしか楽しそうに見えるのは、気のせいではあるまい。


「おい、俺達、今レイスの中にいるんだぜ? そんな呑気でいいのかよ?」


「んー。まぁ、メロヴィス様のことは心配だけど、ここから出られないとどうにもならないからなぁ。おまえを焦らせても仕方ないだろ?」


 ヴェネスはそう言って、葉の上を這っていた芋虫の後、俺の股間に視線を移した。


「……ぷっ」


「比べんな!」


 声を荒げた時、これまで緑に輝いていた木々の中に、ヒラヒラと風に舞う赤い何かが引っ掛かっているのを見つけた。


「ん、あれって……」


 枝に絡み付いているのは、赤いリボンだった。少しの間それを見つめていると、頭の奥がビリッと痺れたような気がした。


 ――私のリボンが無いの。レイヴンの森に出かけるまではあったのに!


 幼いライムの言葉が蘇る。思わず頭を抱えた俺に、ヴェネスが不思議そうな顔を向けた。


 ――聞いて、ライム。風も強くなってきたし、今夜はひどい天気になるそうだ。今から探しに行くのは危ないよ。残念だけれど、今度代わりに新しいのを買いに行こう?


 続いて蘇ったのは、諭すようなディーナの言葉。脳の奥がチリチリと疼く。まるで、この記憶を思い出すことを拒んでいるかのようだ。


 ――嫌! あのリボンがいいの! あれじゃないと嫌!


「あっ!」


 そうだ。確か義父さんに連れられて、ライムと三人で森に木の実を採りに行ったんだ。家に帰った後で、ライムがお気に入りのリボンを無くしたことに気が付いた。ライムが泣き止まないから、俺は――


「一人で森に入ったんだ。天気が悪くなったらすぐに帰るからって、公園に行くフリをして……」


 あのリボンを探しに来たんだ。


「おいクレス、大丈夫か!?」


 よほどひどい顔をしていたのか、ヴェネスが心配そうに俺を覗き込んだ。


 そのヴェネスの肩越しに、少年の姿を見つけた。――今の俺の姿よりも更に幼い、六歳くらいの頃の俺だ。


「見つけた!」


 少年の俺は嬉しそうにそう言って、リボンへ駆け寄る。手にした木剣を地面に置くと、小さな手で、丁寧に枝からリボンをほどいていく。


「……どうしよう」


 そのリボンを見つめて、少年の俺は途方に暮れたように肩を落とす。リボンはあちこちほつれて、もう使い物になりそうになかった。


 その時、ズキンッと頭の奥が痛みを訴えた。


「ぐっ!?」


 しばらく忘れていたその感覚に、俺は大袈裟なくらいの声を漏らしてしまった。驚いたように俺を見たヴェネスに、俺は思わず込み上げてくる笑みを隠せなかった。その間も、頭はズキズキと痛みを増していく。


「な、何だよクレス……」


「痛いのが嬉しいって、ちょっと変態だよな」


「…………」


「今の姿が本当の姿なら――俺はまだ痛みを忘れたワケじゃない。みんなを傷付けた時に感じた妙な息苦しさとか、胸を引っ掻かれてるような感じとか、本当は全部痛みだったんだ。そういうことだよな?」


 すると、ヴェネスは少し驚いたように目を見開いた後、小さく笑って、俺の頭をポンポンと撫でた。


「何すんだよっ……!?」


 だが、気恥ずかしさに顔を赤くしたのも束の間。突如強烈な雷鳴が天で轟き、途端に大粒の雨が降り出して来た。


「うあっ!? やっべぇ!」


 少年の俺は慌てたように木剣を拾い、走り始めた。俺とヴェネスは、雨でけぶる彼の姿を見失わないように、後を追いかけた。


 しかし森の中を走りながら、ヴェネスは困惑したように眉を寄せていた。少年の俺は、城下町の方とは反対方向に向かっていたのだ。


「おいっ、そっちは逆だ! 森の奥に入っちまうぞ!」


 思わず俺は叫んだが、少年の俺には届かない。少年は不安そうな顔で、赤いリボンと頼り無い木剣を固く握り締めていた。


 ガシャァァアアンッ!


 空がカッと閃光のように瞬き、物凄い音がした。俺達ですら、思わず身を竦めてしまうほどの雷だ。少年の俺は頭を抱えて、その場に蹲っていた。辺りは薄暗く、猛烈な雨のせいでほんの数メートル先すら霞んで見える。雨はあまりに冷たくて、少年の俺は恐怖も相まってか、ガタガタと震え出していた。


「義父さん……義母さん……」


 少年の俺が呟いて、グッと歯を食い縛る。同時に、頭の奥が一際強い痛みを訴えた。しかしそれでもまだ、俺はこの光景の先を思い出せずにいた。


「クレス! やばいぞ!」


「えっ!?」


 痛みに気を取られていた俺の視界に映ったのは、草陰から飛び出してきたレッドウルフだった。気配を感じたのか、少年の俺が勢い良くそちらを振り返る。だが、間に合わない。


「うわああああっ!」


 目前に迫っていた牙を、幼い俺が避け切れるはずもなかった。喉笛に鋭い牙が立ち、衝撃と激痛に、小さな身体が仰け反った。


「えっ……」


 絶句して目を見開いた俺の前で、少年の俺が地面へと倒れ込む。溢れ出す血の量は、恐らく既に致死量に達している。


「クレスーっ!」


 その時、悲鳴のような声と共に、ディーナが飛び込んできた。彼は手にした女王の守護者(セイヴザクイーン)でレッドウルフを討ち取ると、血塗れの俺に両手を翳した。治癒系統高位魔術〈エンジェルキス〉が発動し、首の咬み傷に光が降り注ぐ。


「と……さん。苦しい……」


 少年の俺は、掠れた声で呟いた。ディーナは俺の手を強く握った。


「大丈夫だ! 絶対に助ける!」


「――……」


「おいっ、クレス!?」


 ディーナの顔が大きく歪んだ。グシャグシャになった、俺の見たことの無い義父の表情……。


「クレス、駄目だ! 死ぬな! 死んじゃ駄目だ!」


 ディーナは叫びながら〈エンジェルキス〉を発動し続けるが、幼い俺は、不安と恐怖に目を見開いたまま、ピクリとも動かなかった。


「クレスっ……駄目だ、駄目……」


 ディーナは呻き、動かない俺の体の上に倒れ伏した。光の消えた両手で俺を抱き締め、彼は悲しい獣のような咆哮を上げた。


「…………」


 俺は呆然とその光景を見ていることしかできなかった。だってあそこで俺が死んだなら――ここにいる俺は何なんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ